三十六話目 互いの認識

 斜陽の森はオランズを含めプライムの国全体に良質な木材を提供している。

 木を伐採する際にその護衛を務めるのもここオランズの中級冒険者の仕事の一つだ。

この仕事には魔物にまったく出会わない当たり日と、魔物の集団にぶち当たる外れ日がある。

魔物の討伐はギルドが常時依頼として出しているので、もし集団に出会って無事に乗り切ることができれば、通常の護衛依頼と併せて、多くの収入を得ることができる。つまり、余裕をもって集団を捌く実力さえつけることができれば、当たり外れの観念は逆転することになる。


 ハルカ達は中級の依頼にも慣れてきて、危なげなくこなせる様になってきていた。一番最初にタイラントボアを討伐している一行にとって、斜陽の森は油断さえしなければそれほど危険な場所ではなかった。


 しばらく一緒に依頼をこなしてきて分かったことがある。それは、ハルカを含めこのパーティが中々優秀であるということだ。

 本来アルベルトの等級であれば斜陽の森に出てくる魔物と言うのは、命を懸けて倒すような相手であるのに、彼は鼻歌交じりにそれを討伐することができる。見た目はそこまで筋肉質なわけでもないのに、振り下ろされる剣の威力は、一撃で野生の生き物の首を切り落とす。

またコリンの弓術は正確で、ほとんど外すことがない。魔物に接近されたときも、体術でそれを捌くだけの技術があるので、フォローし続ける必要がないのも強みだ。

 モンタナの動きはとても素早く無駄がない。なにより、いつだって最初に魔物の接近に気づくのはモンタナだ。不意打ちをできるというのは、どんなときだって圧倒的なアドバンテージになる。


 ハルカは仲間達のそれぞれの技術を見て、そういった技術のない自分を情けないと思っていた。

 しかし日本で生まれ育っているのだから、戦闘技術がないなんていうのは当然のことだ。

 それでもハルカの感覚で言えば、パーティの仲間たちは皆子供みたいなものだ。同年代の人間の子供くらいの年の子の足を引っ張りながら仕事をするというのは、なかなか心に来るものがあった。


 本人としてはそんな感覚であったが、他の仲間達からのハルカへの評価はとてもよかった。

 ハルカの魔法はとにかく強力なのだ。当たれば一撃で魔物を葬る。いままで一度もハルカが【魔素酔い】と呼ばれる頭痛に襲われているところを見たこともなかったし、その上戦闘においてはもっと重要なことがあった。それはハルカが異様に頑丈であるということだ。

 魔法使いというのは魔法を放出することには長けていても、身体強化が苦手なものが多い。同じ魔素を扱うと言っても、その方向性が異なってくるためだろう。しかしハルカのその体の丈夫さや怪力を見る限り、ハルカが身体強化もまた、高度な次元で行使しているように思える。

 こうなると魔法使いがパーティにいることの弱点がなくなる。本来、魔法使いがいるパーティは高威力の遠距離攻撃を手にする代わりに、それを守ることに労力を割く必要が出てくる。

ハルカの場合その労力がまるまる必要なくなり、火力アップというメリットだけが残るのだ。


 初めのうちこそ、全員がはらはらしながらハルカの安全を気にかけていたものだった。しかし転んでも、攻撃をよけそこなって動物にぶつかられても、本人が申し訳なさそうな顔をするくらいで、体には傷ひとつついていない。

 不思議に思い実験的に軽くたたくところからスタートし、物をぶつけてみても、挙句剣で切り付けてみても、目をつぶるくらいで痛くもかゆくもないと来たものだ。心配するのも馬鹿らしくなるような丈夫さだった。

 ハルカの身の安全について、あまり気にする必要がないことがわかってからは、パーティとしての動きが格段に良くなった。

 最近ではハルカも片手で魔法を撃ちながら、もう片方の手で魔物を捕まえていたりすることもあるくらいだ。魔物であるホーンボアが、その細腕に捕まってじたばたもがいている姿はひどくシュールだ。


 初心者パーティで、他の魔法使いと一緒に戦った経験がないからこそ、こういう魔法使いもいるのだろうと一行は受け入れていたが、上級者パーティが見たら目を剥くような光景だった。


 とにかくそんな様子なものだから、護衛対象である木こりの人々からも、ハルカは大人気だ。


「ねーちゃんすげえな、わっはっは、そんなことするやつ見たことねーぜ」


 絶賛されながら今日も無事に依頼を終えたわけである。ハルカはお世辞だと思って、照れ隠しに頬をかいていたが、これはそのまま木こり達の本音だった。




 護衛対象と一緒に街へ戻ると、門のあたりに、あまり見たことがない制服に身を包んだ一団がいることに気づいた。


「ん?なんだあれ?」


 アルベルトが声を上げると、木こりの親方が応える。


「ありゃぁ、レジオンの使節団だ。ここオランズの木材製品を買ってくれるお得意さんだな」


 レジオンという名前を聞いて、ハルカは脳内で大陸の地図を思い浮かべた。記憶によればこの独立商業都市国家プレイヌの西にある歴史の古い国だ。大きさはプレイヌより小さいくらいだったが、神聖国を名乗る宗教国家であったように思う。

 ハルカは宗教は怖いからなぁ、と思い、一歩身をひいてフードを深く被り直した。昔一人暮らしを始めたばかりの頃に、宗教勧誘の人にずかずかと玄関先まで入り込まれたことを思い出していた。他にも色々理由はあったが、ハルカは押しが強く、盲目的な大人が苦手だった。


 彼らが止められている外部者用の門ではなく、住民用の門を通り、街へ入る。レジオンの人たちがこちらを見ていたようで、木こりの親方が大きな声で「毎度どうも」と挨拶し、ぺこっと頭を下げて通り過ぎる。ハルカ達もそれに倣って軽く頭を下げた。


 ハルカは国の配置などは漠然と理解していたが、国の文化や慣習には詳しくない。当然宗教の教義も知らなかった。

 商人と冒険者の国、すなわち金と自由の国というのは宗教とは相性が悪そうに思えたが、こうして普通に通商してるのだから、関係は悪くはないのだろう。

 いざそういう人たちと触れ合う機会ができた時に、粗相をしないようにしておこうと思い、ハルカは明日資料室で勉強をすることに決めた。

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