二十九話目 アルベルト=カレッジという少年

 いよいよ冒険者になれると思ったら、ワクワクしてどうしようもなかった。見破られるのが恥ずかしくて、その気持ちを抑えるために、コリンとどうでもいいことを話しながら研修室を探す。辿り着いた部屋には、先客が二人いた。


 一人はこの辺りだと少し珍しい獣人族の少年で、こちらに見向きもせずにハンマーとなんだか見たことない道具を使って、石を削っていた。

 もう一人はもっと珍しいダークエルフの女で、ちょっと見たことがないくらいの美人だった。ちらっと隣にいるコリンを見て見慣れた顔に安心すると、「何よ?」と言って脇腹をこづかれた。

 その女もこちらを一度チラリと見たが、すぐに興味を無くしたかのように自分の持っているメモ帳に目を落としてしまう。なんだか無視をされているみたいで少し嫌な気分になる。その気持ちを誤魔化すように、コリンとの会話を続けながら、机と椅子を運んで席に座った。


「…なんだか、落ち着いてるね、先にいた二人」

「そうだな、でもあいつらだって新人冒険者だろ?」

「そうね、でも落ち着いてると強そうに見えない?」

「…見える」

「あの人ってダークエルフだよね。はじめてみた。エルフ族って魔法が得意らしいよ」


 そう、なんだか二人ともちょっと強そうに見えるのだ。逆にこんなふうにコソコソ話している俺たちは、弱そうな気がする、喋るのをやめようかなと思ったところで講師が入ってきた。

 それにしても魔法が得意、か。自分の周りにそういう人がいなかったので、なんだか無性にそのダークエルフの女のことが気になった。


 講師も女で、やっぱり俺とそんなに年も変わらなさそうだった。いっぱい訓練して強くなった自信があったのに、ちょっとその自信がなくなってくる。雰囲気に呑まれているのはなんとなくわかったけれど、そこから立ち直る方法がわからない。


 講師の話を聞いていると、いよいよ冒険者になるんだなという実感が湧いてくる。横目でチラリとさっきの二人の様子を窺うと、二人とも真剣な様子で話を聞いている。それを見て、あ、こいつらも俺と同じなんだなって思えて、少しさっきの劣等感が薄れた。大丈夫だ、俺は強い。


 話が終わり、講師が出て行く。すぐに部屋から立ち去ろうとしている二人を見て、コリンがこちらを突ついてくる。


「ねぇねぇ、せっかく新人同士こうして同じ研修に出たんだからさ、一緒に冒険者しようって誘ってみない?タイミングが被るのって珍しいらしいわよ?」

「……そうだな、じゃあ俺は男の方!コリンはあっちな?」


 少し強引に二人を誘って自己紹介をする。二人とも反応は薄かったが、無視するほど薄情な奴らではないようだった。一緒に冒険をしようという申し出も、獣人族のモンタナにはすんなり受け入れられる。いい出だしだと思った。このままハルカもと思ってぐいぐい押してみる。しばらく悩む仕草を見せて、それからハルカは一晩考えさせてくれと言ってその場を後にしてしまった。

 おそらくこれは断り文句なんだろうな、とがっかりしたものの、モンタナという少しクセのある新しい仲間ができたことを、今は喜んでいた。


 コリンと俺は小さな頃からの幼馴染だ。父親同士の仲がよく、自然と一緒に遊ぶことが多かった。

 俺の親父は結構優秀な冒険者で、コリンの父親に雇われて、あちこちに護衛で出かけていた。昔は普通に冒険者をしていたが、ある時コリンの父親の商売が軌道に乗った頃からその専属護衛として雇われるようになったらしい。

 俺もそんな強い親父に憧れて、いつか冒険者になるんだと毎日訓練を頑張った。たまにそれをみた親父にアドバイスをもらうのが楽しみだった。

 コリンは昔はもう少しおとなしくて、俺の後を黙ってついてくるタイプの女の子だった。なのにいつの間にか一緒に冒険に出ると言い出して、弓術の練習をし始めていた。俺としても小さなころからずっといるコリンが一緒に冒険者になってくれるというのは頼もしくて嬉しかった。本人には恥ずかしくて言わないけど。

 冒険者になるという話を聞いたコリンの父親が、娘のために武術の師範を雇ってその教えを受けさせる。そのおかげでコリンは近接戦闘もある程度こなせる。言葉を使わなくてもお互いに何をしようとしているのかある程度わかるし、いいコンビなんじゃないかと俺は思っている。


 ところで俺には母親がいない。正しくは俺を産んだ後に命を落としたらしい。俺の母親は魔法師で、親父とコンビを組んで冒険をしていた。俺を産んだ後、現役復帰の護衛任務で命を落としたそうだ。

 親父は、俺が冒険者になるという話をしたときにそんな昔話を初めてしてくれた。魔法使いというのは一部の例外を除き打たれ弱いそうだ。魔法を放出するのは得意でも、魔素を体内に巡らせるのは苦手なものが多いらしい。親父はそれから酒を飲むと、よく俺に語りかけた。魔法使いの仲間ができたら、お前が前に出て守ってやるんだぞと。


 次の日の朝、ハルカが一緒にパーティを組んでくれると言った時、俺は思った。魔法使いは、ハルカは俺が前に出て守ってやるんだって。それが前衛の俺の仕事だ。




 冒険者の下積みっていうのは俺が思っていたのと違って、ずっと退屈で、毎日冒険らしい冒険もできずに俺はいじけていた。

 大きなものをどかしたり、運んだりの力仕事は鍛えてきた俺も得意だった。でもそれは俺が思っていた冒険とは違う。これじゃただの下働きだ。夢も希望もあったものじゃない。

 

 しかも驚いたことに、魔法使いのハルカは俺よりずっと力持ちだったのだ。

 

 俺が自分の上半身より大きいだろうという岩を持ち上げ、働いている仲間から賞賛されていると、なんだか後ろの方からざわめきが聞こえてくる。何事かと思い、そちらを見ると、巨大な岩に細い足が生えて歩いているのだ。そしてその岩が丁寧な言葉で喋っている。


「あの、すいません。ちょっと前が見えないので、道を開けてください。どなたか先導していただけると助かります」


 あわてて岩の後ろに駆け寄って、声の主を確認すると、涼しい顔をしたハルカがゆっくりと歩みを進めていた。ほんの少しの岩の突起に指をひっかけて、ほぼ指の力だけで大岩を持ち上げている。異常な光景だった。俺の父親でもこんなことができるとは思えない。


「あ、アルベルトさん。申し訳ありませんが、先導をお願いします」

「お、おう、わかった。あと俺のことはアルでいいからな」


 力自慢だとか、鍛えたとか、そういうのから逸脱した怪力に、俺はちょっと引いてしまっていた。



 ハルカはいつだってなんでもないような無表情で、俺より凄いことをする。

 力仕事だと一人で何人分もの働きをするし、どうも計算や商売のことにも明るいらしくて、気付いてみればどこに行っても、ハルカさん、ハル姐さんとチヤホヤされている。それでもやっぱりあいつは涼しい顔ばかりしていて、喜ぶそぶりも見せなかった。


 なんだか自分がいくら頑張ってもたいしたことがないようなきがして段々と悔しくなってくる。いつの間にか等級だってハルカにおいていかれた。それだけならまだしも、モンタナにも、コリンにすらも、置いて行かれる。

 俺一人だけが置いてかれてしまっていた。


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