二十八話目 朝市

 ある程度のレベルまで上がった冒険者というのは、あまり毎日せかせかと働いたりはしない。1度の仕事での収入が大きくなるため、集中して働き、帰ってきてしばらくの間リフレッシュをするものが多いためだ。命を懸けて働いているのだから休むことも大切になってくる。


 思わぬところで大きな依頼をこなしたハルカたちも、それで手に入った収入を使い買い物をしたり、のんびりしたり、各々分かれて休日を過ごしていた。


 討伐系の常設依頼というのは、持ち帰って報告すれば、依頼を達成したことになる。これから何をしにどこどこに行く、と依頼の受諾のために受付に立ち寄る必要がないのだ。

 前回のタイラントボアの場合、他の討伐や採取系依頼や街の運営に支障が出る魔物の発生であったため、討伐したものに依頼料が支払われることになっていた。タイラントボアが発生し、それに対して討伐依頼が出た後に遭遇することができて、幸運だったともいえる。もしその前に討伐していたら得たお金は、素材の買取料だけになっていたはずだ。


 ハルカは街に出て食材や食べ物屋を探す。毎日の食事は食堂で済ませることができるが、基本的にパンにスープという組み合わせがメインで、飽きがすぐに来てしまう。大人になって嫌いなものはなくなったハルカだったが、舌の好みが子供のころからあまり成長しておらず、オムライスやカレーライス、ハンバーグといった子供の好きそうなものが好きだった。

 残念なことにこちらに来てからは、食べられていないものが山ほどある。ケチャップもない、卵も割と高級品、カレーもない、スパイスもどれがどれだかわからないし、そもそも米食がメインでないから、炊いた米すら見かけなかった。

 それでも肉料理は工夫がされているようで、ハンバーグの美味しい店を見つけることはできていた。他にももっとおいしいものを求めて、ハルカは休みの度に飲食店街をうろついていた。日本人らしいと言えばらしい休日の過ごし方だ。


 ハルカの基本的な格好は、初日にトット達がくれたようなパンツとチュニックに、フード付きのローブを着て、フードも被るようなスタイルだ。顔もスタイルも外からはよく見えない。

 ダークエルフという種族は歩いているだけで目を引いてしまう。目立つのを避けるためにいつもフードをかぶって移動していたのだが、今となっては知り合いが多くなってしまい、フードをかぶっていてもハルカの存在に気づく人は気づく。すれ違いざま、手を挙げて挨拶を交わすようなこともだいぶ増えてきていた。街に暮らす人々からは 好奇の目に晒されることも減り、最初のころと比べると、随分快適に暮らせるようになってきている。

 パンツやチュニックは最初に買ってもらったものと同じものを買いたし、着まわしていたが、実はローブは当時とは別のものを着ている。ある人に突然プレゼントされたもので、見た目はあまり変わらないが、質感などが明らかに高級品だった。貰うわけにはいかないと言っているのに、しつこく押し付けられたので使っている。とはいえ貰った後に何かを強制されたり、お願いされたりしたことはない。対価を求められないところが余計に不気味だった。



 朝市のような場所で、変わった果物を探して食べてみるのもハルカの楽しみの一つだ。元の世界の時のように品種改良されているものではないから、甘さという点ではどうしても劣っていたが、見たことのないような果物をたくさん見ることができて楽しかった。見た目から味を想像して、いざ食べてみると全然違うこともあったりするので面白い。


 ハルカは今日もいつものように、朝市をうろうろと歩き回り、買った果物を紙袋に詰めてもらう。重く感じたりはしなかったが、大きな樹の下にベンチを見つけたので、一つ休憩でもしようとそこに腰を下ろすことにした。


 実はここに腰を下ろしたのにはもう一つ目的があった。その目的が来るのを待つ間に、紙袋に入れたサクランボのような色をして、葡萄のような形をした果物を一粒口に放り込んだ。皮が渋く、中は酸っぱさと甘さが半々くらいだ。どうやらこれは皮をむいて食べたほうがいいらしい。


 視界の端、隣にふわっとしたスカートをはいた女性が腰を下ろす。くるくる巻いた金色の髪は街の中でもよく目立つ。お嬢様然とした立ち振る舞いに、話し言葉。実際にどこかのお嬢様なのかというと、ハルカはよく知らなかった。彼女について知っている情報というのは、彼女が冒険者宿【金色の翼】の宿主にして、一級冒険者であるということだ。名前はヴィーチェ=ヴァレーリという。


 そして何より大事な情報として、彼女はハルカのストーカーだ。






 何をするでもなく、当たり前のようにハルカの横に腰を下ろしたヴィーチェはにこにこと笑いながらハルカに話しかける。


「今日もいい天気ですわね」

「そうですね」

「あら、また果物を買ってらっしゃるの?お好きなんですのね」

「そうですね」

「私が特注したローブ、いつも使ってくださってうれしいですわ」

「……ありがとうございます」

「毎日着てくださるなんて、これが愛かしら?」

「…………違うと思います」


 はっきり言ってハルカはこの人物を恐れていた。今までの人生でこんな風に人に執着されたことはない。というか、多くの人がないはずだ。なんせ休みの日に出かけると、八割以上の場合で出かけた十数分後には横を歩いているのだから。つまりどうして、どうやってかハルカの仕事の予定を把握して、行動パターンを予測し現れてるということだ。

 その得体の知れなさと、一級冒険者という肩書が怖かった。

 それから一緒に歩いてると1日1回は「躓きましたわ!」とか言って胸に飛び込んでくるのも何だか怖いし、そこで深呼吸するのもやめてほしかった。女性に抱き着かれてラッキーとか、そういう思いが全く湧いてこないくらいには、ハルカは彼女を警戒していた。


「……今日は少しまじめな話をしに来ましたの」

「なんでしょうか?」


 静かなトーンで話すヴィーチェに、ハルカも居住まいをただした。いつもはこの辺りで、「あー、貧血がー」とか言って膝にダイブしてきたりするのに、珍しいなと思ったのだ。


「あなた、私の宿に所属するつもりはありませんこと?」


 どうやら勧誘らしかった。そういえば最初の頃にエリにも勧誘をされていたのを思い出す。彼女もまたヴィーチェの宿の所属チームの一員だったはずだ。


「……それ、一存では決めかねますし……、なによりあなたの宿は女性しか所属できないんでしょう?私がアルやモンタナと一緒にパーティを組んでいるのはご存知ですよね?」

「ええ、知っていますわ。それでもお誘いしているんです」


 しれっとした表情で言われて、少し嫌な気分になる。


「それは彼らから離れて、あなたの宿に入れという話ですか?一人で勝手にそれを決めろと?」


 少し強い口調で反論すると、ヴィーチェは目を見開いて笑った。


「あら、あなたそんな風な話し方もされるのですね。私そういうのも結構好きですわ。眉間に寄った皴が素敵ですわよ」


 あまり相手にされてもいなさそうな雰囲気で、気がそがれてハルカはため息をついた。暖簾に腕押し、糠に釘。


「お誘いはありがたいですが、そういうことですので」


 彼女を置いて立ち上がると後ろから呼び止められる。


「まぁ、駄目だろうとは思っていましたわ。ではハルカさん、気を付けてください。あなた達、急に等級が上がっているので、あちこちから妬まれていますわよ。そればかりが理由ではありませんけれど。うちに所属してくだされば、しっかりサポートして差しあげられると思ったのですけど」


 振り返って話を聞けば、まじめな調子で忠告されて、ハルカは気まずくなって目をそらした。街に根を張った一級冒険者の言うことなのだ、実際にそのような動きがあるのは確かなのだろうと思う。まさか、自分を困らせるためにそんなことをいう人だとは思わない。彼女はなんだかんだ変なことをしながらも、ハルカの不利益になるようなことはしたことがない。


「ご忠告、感謝します」

「いいえ、私ハルカさんのこと気に入ってますから、目の届くところで何かがあれば助けてあげますわ」


 にこにこと笑ったまま、ベンチに座っているヴィーチェ。

 悪い人ではないんだよなぁ、と複雑な心境のハルカ。


 そのまま1歩2歩と歩いてから、足を止めて、後ろ向きのままヴィーチェに話しかける。


「あの、今日も美味しいハンバーグ屋さんを探すのですけど……、ご存知でしたらいいお店、教えていただけませんか?」


 ヴィーチェはベンチから体重を感じさせない動きでぴょんっと飛び跳ねて、ついでにハルカの尻をさっとなでた。


「うわっ!」

「私、ハルカさんのそういう甘々なところも好きですわ」


 ハルカは思わず鳥肌が立った腕をさすりながら、やっぱり誘わなきゃよかったかなぁ、と後悔をしていた。






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