十九話目 忙しい時間帯

 エリにギルド内のあちこちを案内してもらい、最後にギルド内の宿舎の申し込みのために、最初に入ってきた受付のところへ戻ってきた。

 そろそろ日が落ち始めるくらいの時間になっており、ギルド本部内はきた時よりもたくさんの人で賑わっていた。歴戦の強者のようなものもいれば、ハルカたち同様冒険者になりたてなのだろうと推測できるものたちもいる。

 朝にはあまり見かけなかった荒くれ者風なものも多く、ハルカに無遠慮な視線を向けるものも数も増えていた。

 生活できるだけの資金を借りて、宿舎の申し込みが済んだところで、ハルカはエリに声をかける。


「なにから何まですいません。……これから宿の方の返金もお願いしてしまうわけですけど、やっぱり自分でやった方がいいと思うのですが……」

「いいのいいの、どうせ私もあの宿に帰るんだからついでみたいなものよ」


 エリは手を横に振って、取り合わない。


「それに、言ったでしょ。私はハルカをチームに誘ってるのよ、これを忘れないでくれれば構わないわ」

「それは、はい、忘れないようにします」


 エリは真面目な顔をしてハルカの肩に手を置いて、念を押した。

 ハルカはなぜそれほど自分の勧誘に拘っているのか、今ひとつピンときていなかった。これ程念押しされると、自分が恩知らずですぐに話を忘れる薄情者のように思えてくる。そんなつもりはなかったが、今さっき記憶喪失の話をしたばかりだったことを思い出して、さもありなん、と視線を逸らした。


「そんで?この後どうすんの?私は暇だから、今日の仕事の報告して、宿に帰るけど」


 ハルカは今は皆が素通りして、ちらほらとしか人影のない、依頼ボードの方をチラッとみた。どうやらあそこに様々な依頼が貼られていると聞いていて、ずっと気になっていたのだ。


「ちょっと、依頼ボードを覗いて、それから宿舎の部屋に行ってみようかなと」

「ふぅん、じゃあ一緒に見に行ってあげるわ」


 エリの提案に、ハルカは首を横に振った。今更だったが、これ以上彼女に時間を割いてもらうのが、申し訳なくなったからだ。それにすぐそこにあるボードを覗くくらいは流石に一人でもできる。


「大丈夫です、ほんの少し覗いて戻るだけなので。私も子供ではありませんから」

「あのねぇ、そういう問題じゃなくて……。……ま、いいわ、一人になればわかると思うし」


 何か言いたげな顔をして、エリは小さな声で呟いたが、ハルカにはそれは聞こえなかった。ハルカは自分にできる限りの朗らかな表情を作って、エリに向けて頭を下げる。


「今日は本当にありがとうございました。また、分からないことがあったら教えてもらえると嬉しいです」


 他人から見たらそれは、片方の口角が引き攣っているようにしか見えないものだったが、今日一日付き合ったエリには、なんとなく、まじめにお礼を言ってくれているんだろうなということは伝わった。


「そんなにかしこまらなくていいわよ、用事がなくたって一緒にお茶しましょ。私たち友達でしょ」



 顔を横に向けて、少し照れ臭そうにそう言った彼女はとても可愛く見えて、ハルカは口元を押さえた。もし顔がニヤついていて不審に思われると嫌だった。

 迂闊にもこんなに年下の女の子にちょっとときめいてしまっていたが、このときめきはただ友達と言われて嬉しかっただけである。ハルカは自分をそう納得させる。


「ほら、早く見に行きなさいよ」


 しっし、と手を振ってハルカを追い払うエリに、ハルカは口元を押さえたまま返事をする。


「はい、行ってきます。今度私がお金を稼いだら、そのお金で一緒にお食事しましょう」

「もう、わかったから行きなさいよ」


 そう言ってエリは壁に寄りかかり、ハルカが歩いていく後ろ姿を見送った。それから一人で呟く。


「どうせまた、すぐに合流すると思うけど」








 冒険者の喧騒の中に船を漕ぎ出したハルカは、あっちで人にぶつかり、こっちで人の足をふんで、すいませんすいません、といいながら歩みを進める。


 背の高いものやガタイのいいものが多く、人に遠慮せずに歩いているため、それを避けるのが酷く難しかった。駅の雑踏の中であってもそれほど人にぶつかったりしないのに、こちらの冒険者はまるで遠慮がないから、大変だ。人とぶつかることが苦ではないのだろう。これならきっと、お互いによけようとして同じ方向に移動してしまい気まずくなるようなこともないはずだ。

 ヤンキーもびっくり、肩をぶつけて骨を折って因縁付け放題だ。

 とりとめのないことを考えながらようやくクエストボード付近にたどり着いた頃、正面からぼふっと何かがぶつかってきた。

 視線を下ろすとくるくるにカールしたお嬢様っぽい金髪の頭が、ハルカの胸に埋まっていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 その女性はなぜかハルカの胸の中で深呼吸をしてから、必要もなさそうなのに両手でハルカの胸を持って、顔をようやくそこからはなした。

 一瞬ではあるが、なんだか目尻の下がった、言うなればエロ親父みたいな目をしていたように見えたが、次の瞬間にはきりっとした表情に戻り、その女性はハルカの顔を見上げた。目力が強く、思わずハルカの方が後ずさる。……何も悪いことしてないのに、とハルカはへにょっと情けない顔をした。


「あら、ごめんあそばせ!」


 それだけ言うとその女性はスタスタと、誰にもぶつかることなく冒険者の間をすり抜けていく。いったいなんだったのだろう、と思いながらハルカは人の波を抜けて依頼ボードを見上げた。


 依頼は受けられる等級にわけて張り出されている。

 必ずしも難易度の高いものが高い等級とされているわけではなく、信頼度や、依頼者の見栄なんかも混ざってくるため、割りのいい依頼、悪い依頼というものがあるようだった。

 ギルドへの貢献度が上がると、指名依頼が入ったり、今日エリがやっていた講師のようなギルドからの直接の依頼なんていうのもでてくるらしかった。


 私達だったら一体どんな依頼を受けたらいいんだろう、なんて思いながらしばらくボードをぼんやりと眺めていたハルカであったが、ふと自分の思考に疑問を持つ。

 私たち、なんて考えていたが、まだ今日誘われた子達に返事もしていない。もしかしたら明日には気が変わっていて、パーティを組んでもらえないかもしれない。そうなったらとんだフライング間抜け中年だ。

 勝手に期待したり、楽しみにするのはやめようと、ハルカは一人で首を振って自分のはやる心を戒めた。


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