十七話目 出自

「何変な顔してるのよ、こんな安い食堂で出てくるものなんて、ワインを水で割ったものくらいよ。普段一体どんないいものを飲んでるの?」


 ハルカの渋い表情を見てエリはコロコロと笑った。講師をしているときは終始真面目な顔をしていて大人っぽく見えたものだが、一対一で話をしてみれば年相応の女の子だった。


「それともこちらの食事文化には馴染みがない?ダークエルフはこっちじゃ全然見かけないもんね、初めて見たわ」


 確かに自分以外のダークエルフ見かけたことがなかった。エルフかな?と思うような人物であれば一瞬遠くに見えたが、それもはっきりわからない。地球でも肌の色が違う人種がたくさんおり、それに地域差があったように、ダークエルフという種族はこの辺りを拠点にしていないのだろう。


「すごーく南の方に住んでるらしいけど、なんでわざわざオランズまで来たの?噂じゃ一目惚れしたラルフがどっかから攫ってきたとか言われてるけど、それはデマみたいねー」


 知らぬところでラルフに迷惑がかかっていたことがわかり、ハルカは眉を顰めた。そのまま噂が広がっていくのもどうかと思うし、彼の名誉のためにも、設定としての事情をエリに伝えることにしておくことにした。


「実は私、自分でもなぜここにいるのか分からないんです。気づいたら近くの森の中にいて、困っていたところでラルフさんに出会い、街まで案内してもらったんです。だから、彼に不名誉な噂が聞こえてきたら訂正してもらえると嬉しいです」

「あいつの名誉を回復してやる義理はないわ。そんなことより、あなた大丈夫なの?一体どこまで覚えてて、何を覚えてないのよ。思ったより大変な身の上なのね」


 エリはバッサリとラルフの件については断ってから、一転まじめな表情をしてハルカに問いかける。身を乗り出しているのは野次馬根性からか、あるいはお節介で本当に心配しているのか、判断に難しいところだ。


「言葉や自分の名前は覚えています。基本的な生活動作なんかにも問題はありません。ただ知識として身につけるようなものは、ほぼ何も覚えていないです」

「……例えば、親の顔とか、どこに住んでたかとか、そんなこともわからないわけ?」

「ええ、さっぱり何も覚えていません。」

「それは、重症じゃない……。ここで声をかけておいて正解だったわ。何か困ったことがあったら私に相談して。少しは力になるわ」


 エリは飲み物をぐいっと飲み干し、木でできたコップをかんっと音を立てテーブルに置く。


「そんな状態で街を彷徨いたり、まして冒険者活動なんてしていたら、あっという間に騙されて食い物にされてしまうわ。そうでなくても、女性の冒険者ってだけで、馬鹿にされることが多いんだから。特にあんたみたいな…、あれ、そういえば名前聞いていなかったわね」


 あんたあんたと言っていたため、名前を聞いていなかったことを気づいたようで、あれっと視線をさまよわせた。

 他人のためにこんなに真剣になれるエリは、いい人なんだろうなとハルカはぼんやりと思う。ハルカは名前が女みたいだと揶揄われた過去があったので、一時期あまり自分の名前が好きではなかったが、そんなことに悩んでいたのも、もうずいぶんと昔の話だ。

 女の身体になっている今になっては、かえって違和感がなく、皮肉なものだった。先程の新人冒険者たちとのやり取りによれば、この世界での名乗り方は、ファーストネーム、ファミリーネームの順番だ。英語の授業以外でこんな名乗り方をする日が来るとは思ってもみなかったが、どうやら今がその時だ。


「ハルカと言います。ハルカ=ヤマギシです。よろしくお願いします、エリさん」

「フゥン、なんだか変わった名前なのね。あ、別に馬鹿にしたわけじゃないわ、ただダークエルフの名前ってそんな感じじゃなかったような気がして。どちらかといえば、神龍国にいそうな名前ね。もしかしたらそっちの方の関係者かもしれないわよ。だとしたら調べるのは難しいけど、特定は簡単かもしれないわね」

「それは…、どういう意味ですか?」


 矛盾したような変わった言い回しに、ハルカは首を傾げた。明らかに地球とは違う世界なので自身の身分や出自の特定が不可能であることはわかっていたが、なぜそんな言い方をしたのかが気になった。


「ここから東に行ったところにある島国に、神龍国朧、って国があるのよね。そこって結構閉鎖的だし、わざわざ二大大陸からそっちに渡る人って少ないのよ。ただでさえ数が多くないダークエルフで、神龍国と関わっている、っていう条件で探せば特定は簡単かなって。でもね、閉鎖的な分そもそも情報集めること自体が難しいってこと」

「なるほど…。その朧って国はどんなとこなんですか?」

「いくつかの島が集まっている国ね。真龍を神として崇めていて、侍という戦闘集団や、隠密活動が得意な忍ってのがいるわ。そいつらがたまに武者修行とかいってこっちの大陸に出てくるものだから、伝手としてはそこが一番身近かしら」


 日本に近い国民性を有した国があるらしいことに、ハルカは少し嬉しくなる。似通った国があるのなら、いつか行ってみたいものだった。日本の侍がいるころの文化を思うと、かなり野蛮である可能性もあるので、十分に気を付ける必要はあるだろうけれど。


「そうなのね、だからあんなに魔法が使えるのに新人冒険者の講習なんて来てたのね」

「え?」

「ハルカ、さっき訓練場で魔法の練習してたでしょう。涼しい顔して何十発も魔法を撃ってるダークエルフがいるって噂になってたわよ。頭痛くならないの?というか、魔法は覚えてたってこと?」


 注目され始めていたのには気付いていたが、外にいたエリの耳に入るほどになっているとは思っていなかった。どうやら悪目立ちしていたらしい。何が普通で、どんなことが異常なのかが理解できていないと、またすぐに同じようなことをしてしまいそうだ。早めにこの世界の当たり前を学ぶ必要がありそうだ。


「頭は痛くないです。魔法は、覚えていなかったんですが、なんとなく使えることはわかっていました。だから本を読んだり、他の人の詠唱を聞いたりして、試しに撃ってみたんです」


 エリは、ふぅん、と言って、じとっとした目でハルカを見つめた。何かがお気に召さなかったらしいが、ハルカにはなんだかさっぱり心当らず、なんとなく気まずい気分だった。


「いくら基礎的な魔法だけとはいえ、何十発も撃てれば能力は十分中堅冒険者レベルよ。ただでさえ目立つのだから、少し自重したほうがいいかもしれないわね」

「はぁ、すいません……。目立つつもりはなかったんですけど……」

「別にあなたが気にしないならいいけどね。種族だって目立つし、これだけ美人だし、変な服着てるし、そんなこと気にしても今更かも」


 かっこいいと言われたら嬉しい気持ちになるんだろうな、と若い頃思っていたものだったが、美人と言われてもさっぱり嬉しくない。こころがおじさんなので、ただただ複雑な気持ちにしかならなかった。


「私、やっぱり目立ってますか?」

「ええ、目立つわ。10人あなたとすれ違った人がいたら、そのうち9人は家に帰ってあなたの話をするくらいには」

「流石に少し大袈裟に話してますよね……?」

「あなた、本当にそう思ってるの?」


 真面目な表情で返されて、ハルカは頬を引き攣らせた。水に映してみた自身の顔は、確かに綺麗だった。美醜について深く考えたことのなかったハルカは、それほどまでに目立つと思っていなかったのだ。テレビをあまり見ないおじさんからすれば、ある一定レベルを超えるとみんな美男美女に見えてしまって、そっからの区別はつかなくなってくる。

 エリの呆れたような視線を受けて、ハルカはこれからはフードでも被ってあまり顔を出さないようにしようと決めるのだった。





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