十六話目 忠告

 神妙な顔して立ち尽くすハルカ。

 なぜだか固まって動かなくなったその姿が可笑しくてエリは笑った。


「何そんなに緊張してるのよ、話をしましょうって言っただけでしょ?」


 こっちにきなさいよ、といって振り返って先に歩く。処刑場に連行されるような気持で黙ってついて行くハルカだったが、ついた先は食堂だった。


「ほら座って、食べられないものとかある?」

「いえ、特にありません」


 たくさんの人たちが行きかう中を、慣れた様子で動き回るエリの様子を視線で追いかける。どうやら端に置いてある飲み物を2つ取ってきているようだった。そのまま従業員と思われる人物に何かを話しかけてから、席へ戻ってくる。


「はい、お待たせ」


 薄い紫色の液体が入ったコップを互いの前において、エリはハルカの前に腰を下ろした。それで唇を湿らせた後、エリはハルカに話しかける。


「あなた、朝、私と同じ宿にいたわよね?」

「……ええ、はい」


 ハルカの覇気のない返事にエリは顔をしかめる。断罪を待つ咎人のつもりなのだから元気など出るはずもなかった。エリは厳めしい顔をしているわけではなかったが、ハルカには彼女がベテランの検事か裁判官のように見えてくる。


「何よ、私が新人をいじめてるみたいじゃない、それともそんな感じがあなたの普通なの?」

「え、いえ、そんなことはありません」

「じゃあその辛気臭い雰囲気どうにかしなさいよ……」

「はい、すいません」


 幾度も頭を下げながら、上目づかいで自分の様子を窺うハルカを見て、呆れたような、困った様な表情を浮かべながらエリは頬杖をついた。


「ホントに、別にいじめようってわけじゃないのよ。あんたが朝ラルフの奴と一緒に出掛けたのを見たから、どういう関係なのかなって」


 確かに怒っている様子も咎めている様子もない。ラルフと彼女は一体どういう関係なのだろうと疑問に思う。もしや恋路の邪魔でもしてしまったのであったら、馬に蹴られて死ぬしかない。ハルカは申し訳なさそうな態度を崩すことなく、当たり障りのない様に考えながら返事をする。


「どういう関係、もありません。ただ迷っていたところを街まで案内してもらって、ついでに世話までしてもらっていたんです。親切、そう、親切ですよね、彼は」


 ただ彼が親切であることを伝えて、それ以外には何も感情はありませんよとアピールをする。異世界に来て二日にして泥沼の愛憎劇に巻き込まれるのはごめんだった。

 そんな返事をしながら、ふとラルフのことを考える。

 ここに至るまで特に何を要求するでもなく世話をしてくれたのだ。多少の下心はあったのかもしれないが、本当に親切な青年だった、とハルカは改めて感心した。相変わらず最初のイメージを払しょくできずに、良くない光景を思い出してしまうのだが、彼の人間性は称賛されるべきものだと思う。

 ちゃんと礼をしなければ、と思っていたところでエリが口を開き、慌てて居住まいをただす。


「それなのよね、あいつって女癖悪いし、あんまりいい噂聞くタイプじゃないのよ。だからあんたが何か脅されたり、利用されてるんじゃないかって心配して声かけたの。っていうか、見たことない格好してるし、ほぼ裸でみんなの前に出てくるし、そんな奴が講習に新人っていって現れたから気になったのよ。あの宿って新人冒険者が泊まれるような宿じゃないでしょ?ダークエルフなんてとにかく珍しいしさぁ」


 従業員に運ばれてきたパンとソーセージを、そちらを見ずにエリがテーブルに置くよう指し示した。

 

 ラルフ青年は女癖が悪いのかぁ。

 ハルカは自分に親切なのもやっぱりそっち方向なのだろうか、と考え、うげ、と思っていた。自分の中身が実はおじさんだと知ったら、彼は一体どう思うだろうか。絶対に気持ち悪いと思うはずだと思うのだ。いっそのこと事情を説明してやろうかとも思ったが、頭がおかしい奴だと勘違いされたいわけではなかったので、それは思うだけにとどめる。


「ただ親切にしてもらっただけですよ。お金も、一体いくら借りてしまっているのかわかりません。早めにこの状態は脱して、返金したいとは考えています。ご迷惑でしょうから」

「なるほど、ね。じゃあ、あんた早くあの宿出たほうがいいわよ、高いから。私ぐらいの冒険者が拠点にするくらいの値段はするわ」

「3級冒険者の拠点ですか…。なら確かに早く出るべきでしょう。ただ彼がすでに1週間分払ったと言ってたんです。困りましたね」


 3級冒険者は社会的にどれくらいの稼ぎがあるのだろうか。上から数えたほうが早いのだから、大手企業の部長くらいは貰えるのかもしれない。本人が高いというのだから、ペーペーの冒険者が連泊するような宿ではないことは確かだろう。

 

 人に借りがある状態が好きでないハルカは本格的に頭を悩まし始める。親切を無碍にするのもどうかと思ったが、返す当てもない親切を享受してるほうがよくないように思えた。


「じゃあ、私が代わりにキャンセルしてあいつにお金返しておきましょうか?それでこっちのギルド宿舎に移ったらいいんじゃない?あとあいつに金を借りたくないなら、しばらくこっちで都合してあげるわ」


 あんたが嫌じゃなければだけどね、とエリは続けた。

 こうなってくると逆にエリの方こそ、何故自分にこんなに親切にしてくれるのかハルカにはわからなかった。こちらの世界や立場的な都合というものがよくわからないため、推測することも難しい。お金も借主が変わるだけで、根本的な解決にはなっていない。

 考えたってわからないことは聞いてしまうに限る。この世界においてハルカは経験も知識もあまりに足りていない。判断材料をもっと仕入れる必要があった。


「それはありがたいですが、逆にエリさんはなぜ私のことを気にしてくれるんですか?」

「別に大した理由じゃないわ。私が女性の多いチームに所属してるのと、友達の一人があいつに泣かされたことがあるってだけ。あとは精々あんたの講師をすることになって、妙な縁を感じたからよ。朝は随分と驚かせられたし、印象が強かったのよね」

 

 朝の話を持ち出されて、ハルカは肩を竦めながらまた頭を下げる。

 エリはもうそれはいい、とばかりに手をシッシと払ってから、不器用にパンを二つに割り、そこにソーセージを詰め込んでいく。うまく割れてないせいで、本当に詰め込むような様相だ。不格好なそれに無理やり玉ねぎの炒めたものを詰め込んで、何かのソースをかけている。ぼろぼろと零れる玉ねぎやソースを、慌てて空いた手で拾っては口に運ぶ様子は、清楚な見た目と違って、かなり粗野な感じでとても冒険者らしかった。


「そう…、ですか。ではご迷惑ですがお願いしてもいいでしょうか?それからギルドの宿舎で過ごすにあたって、ルールなどを教えていただけると助かります。あ、あと、ラルフさんに今度きちんとお金の話をしたいので、こちらに引っ越すことを伝言していただけませんか?彼の所在がわからないものですから……」


 ハルカは自分に恋愛感情を持っている(らしい)人間に借りを作っているより、彼女に借りたほうがいいと判断する。恋愛感情については放置しておくと自分にもラルフにも確実に良くない未来しか運んでこない確信があった。

 エリはハルカの話を聞きながら大きく口を開けてパンをほおばる。そのまま咀嚼しながら頭を上下に振り、指でわっかを作って承諾の意志を示す。コップを傾けて口の中を綺麗にしてからエリはニヤッと笑った。


「じゃあ決まりね、あいつにちょっと嫌がらせをしてやれて満足だわ。んじゃ、今度はあんたのことについて教えてよ、なんで冒険者になろうと思ったのか、とかさ。あ、それあんたも食べていいわよ」


 テーブルの上の食べ物を指さしながら、満足そうにエリはそういった。

 女性との会話はあまり得意でなかったが、世話をしてもらう以上は、じゃあよろしくさようなら、と言って立ち去るわけにもいかず、ハルカも食べ物に手を付けることにした。

 コップの中身をグイっと飲む。

 なんだか渋くて、少しアルコールの香りがする飲み物だった。





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