はじめての食事?
病室の前で当直医と別れひとりになった所でシュウイチは端末を引っ張り出し電話をかけた。
ワンコールもせずに電話は繋がり夜なのに雑踏の中にいるような背景音と共にアサラが出た。
『はい、アサラ』
「夜分にすまん」
『いいっていいって。で、シュウ。なんかあった?』
シュウイチが申し訳ないオーラ満載で口を開くとアサラは軽い口調で返事をした。
「人化動物を保護する事になった」
『お、いいね。メス? メス??』
「お前はブレないな。メスだ。カエル」
『おー、カエルっ娘かあ。カエル……。カエル!?』
アサラの叫ぶ声でシュウイチは端末を一度耳から遠ざけた。
「何、驚いていんだ?」
『いや、カエル……。メスなんだよな?』
「何度も聞くなよ。カエルのメス。人化」
『えーっと、捜索願って言うのは出ていたりは?』
「無かったらしい」
シュウイチが無かったと言うとアサラは端末越しでも判るほど大きく溜息を吐いた。
そして、少し間をあけて
『……、カエルコミュニティってのがある』
と嫌そうに口にした。
「へえ、そこに聞けば何か分かるかもって事か?」
『そんな簡単な事じゃねえよ。あそこは閉鎖的でな。あー! コンタクト取りたくねえんだよ。独特すぎて!』
「お前が言うって事は余程なんだな」
『でも、言わねえとオレが殺されそうで怖いし』
「そんなにか」
『お前のお願いじゃ無かったら絶対に連絡とらねえ』
「すまん。本当の飼い主を見つけてやりたい」
『分かった、連絡してみるわ。あと、施設名と部屋番号教えろ。顔出すから』
「すまん」
『何度も言うなよ、お前が助けたいと思う様にオレも助けたいと思ってんだ』
シュウイチは院名と部屋番号をアサラに教えて通話を終了させ部屋の扉を開けるとベッドにはかりんが寝息を立てていた。
かりんは食事をとらなかった。
何をすすめても口を開く事さえしなかった。
うーやあーと言った呻き声も上げなかった。
「こいつ、どうやってここまで成長したんだ?」
錠剤タイプの栄養剤は諦め、粉末タイプの栄養剤をどうにか飲ませようと手を変え品を変え試しながらシュウイチは疑問を口に出した。
簡易検査でも成体だと言う結果が出ている。
だがそうだとしたら栄養をとらなくてはここまでの成長が見込めない。
食べ物全般への興味がまったくと言っていいほど薄い。
体型は種族的な物もあるのだろうがそれでも蓄えて大きくなると言う原理は変わらないはず。
ならば、ならばだ。かりんはどうやってここまで成長したのだろうか。
同じ疑問がシュウイチの頭の中をぐるぐると走り回る。
「考えてもしょうがない。粉末を水で溶く。ほれっ」
水に溶かした栄養剤をスプーンでかりんの口に持ってゆく。
無表情で微動だにしないかりんの唇にスプーンを付け傾ける。
すると、
「口の端からこぼれ落ちるっと」
なんどやってもこれだ。
「なら味の付いた液体ならどうだ?」
果汁飲料に栄養剤を溶かし同じように与えてみる。
すると、ピクリとかりんの眉が動いた。
シュウイチはゆっくりとスプーンを傾けつつ内心でガッツポーズをとった。
こくり、とのどが動く。
その頻度が少しづつあがる。
こく、こくとスプーン1杯の液体を飲み干しかりんは口をぱくぱくとさせた。
「もっと欲しいって意味か?」
シュウイチの問にかりんは答えなかった。
ただ、口をぱくぱくと動かした。
「ボトルから、はダメだよな。じゃあスプーン」
先程と同じ様にスプーンを近づけるとかりんは少し前のめりになって液体を飲んだ。
結局、かりんはボトル1本をまるまる空けるてしまった。
かりんの飲みっぷりはその姿もあって堕落した女子のようだった。
「お前の飲みっぷりを見ていたら俺も腹が減ったよ」
シュウイチが部屋を出ようとすると背中に視線が刺さった。
「大丈夫。どこにもいかねえよ。帰ってくるから安心しろ」
部屋から出てシュウイチは盛大に息を吐いた。
「こいつ、なにかされてたな」
そうつぶやいて足早に階下のコンビニへ向かった。
買ったのはサンドイッチとミネラルウォーター。
具はタマゴだ。
部屋に戻りかりんに見せつけるようにサンドイッチを食べる。かじり咀嚼する姿を見せる。
刺さる視線がどんどんと強さを増しているというのはすぐに分かった。
かりんの視線はサンドイッチに固定されていた。
シュウイチが手を動かす度にかりんの視線が一緒に動いていた。
「わかった。やるから、あげるから」
視線に根負けしたシュウイチはサンドイッチをちぎってかりんの口元へ運んだ。
口元へ近づけるとかりんはすん、と匂いを嗅いだ。
そして、口を大きく開きシュウイチの手をも食べる勢いでサンドイッチを口に頬張った。
もぐもぐ、とサンドイッチを食べる姿を見てシュウイチはかりんに言った。
「美味いか?」
その返事はやはり無かった。
かりんはじっとシュウイチを見つめながらもぐもぐと咀嚼を続けていた。
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