誘拐騒動
食事と言えるのか分からない食事を終えかりんとシュウイチは院内の庭を散策する事となった。
どれだけ体が動くかのテストも兼ねているらしくかりんの上腕とふくらはぎには機械が装着されていた。
庭に出てさて歩くか、と周囲を見渡すと見知った顔が遠くから両手をふりふり走って寄ってきた。
「シュウ! 久しぶりだな!!」
「アサラ、昨日電話したろ?」
「電話と直接は別腹だよ。解るだろ?」
満面の笑みで言うアサラにシュウイチは無言で頷いた。
かりんはシュウイチの袖を握りじっとその様子を見ていた。
「ご主人! 速いです!!」「ごーしゅーじーんーさーまー」
アサラがシュウイチの下へ素早くかけ寄ってしばらくしたあと人化狐娘と人化犬娘が走って寄ってきた。
その影に隠れるようにロップイヤーの人化うさぎがかけ寄り、「うっ」と口と鼻をふさいだ。
「ごめんねー、みんな。シュウをみたら我慢できなくなっちゃって……」
そう言ってアサラはシュウイチに肩を寄せた。
「で、この子が例のカエルちゃん?」
アサラはシュウイチの袖を握るかりんに微笑んだ。
「ああ、仮称かりんだ」
「仮称? ああ、仮保護か。別に普通に呼んであげればいいのに」
「いや、仮保護で勝手に名付けはだめだろ?」
「別にいいじゃん。オレが引き受けようか? かわいいし」
「やらんぞ。一時的にとはいえ保護者だからな。もっといい環境に渡してやりたい」
「んー、そうかそうか」
次の瞬間、アサラはシュウイチの襟を引っ掴み顔を寄せた。
「大切にしてやれよ?」
「一時的なもんだよ」
見つめ合うシュウイチとアサラはふたりだけの空間に入っていた。
「まだ好きか?」
アサラは襟を掴んだまま囁いた。
「もちろん好きだ。だから職業を教えろ」
シュウイチはアサラの瞳を覗き込むように顔を近づけ言葉を返した。
その後ろでは狐娘と犬娘がこちらも見つめ合いふたりの世界に入っていた。
隠れるようにうさぎが「うううううう……、とうとい……」と鼻と口をおさえていた。
しばらく見つめ合いが続き
「いやあ、いいてんきだなあ」
とアサラは唐突に棒読みの言葉を吐き、走り出した。
「さあ、みんな! 逃げるぞ!!」
アサラが走り出すと狐娘も犬娘もうさぎも後を追って走っていった。
「クソッ、また誤魔化しやがって」
シュウイチがそう言葉を吐くと、かりんはシュウイチの袖をぐっと握った。
シュウイチはそれに気が付かなかった。
陽が傾き、空が茜色に染まってきた院内でブランコにゆらゆらと揺れているかりんを眺めながらシュウイチはミネラルウォーターを飲んでいた。
何が気に入ったのか1時間くらいかりんはブランコで揺れていた。
天を仰いであくびをし視線をブランコに戻すと、かりんがいない。
シュウイチはくん、と鼻を鳴らした。
「正面玄関。院関係者じゃない。油断しすぎかよ、俺」
飲みかけのボトルを放り投げベンチから立ち上がって助走をつけ外壁を軽く飛び越える。
そのままの勢いで正面玄関へ向かうとかりんを抱き寄せた男がいた。
シュウイチが一気にかけ寄ると男はかりんをより強く抱きしめ手に持った包丁を前に突き出した。
ブレーキをかけるが勢いが止まらない。
包丁が目の前にある。
シュウイチはとっさに右腕を持ち上げ包丁と自分の間に差し入れた。
ぶずりとシュウイチの腕に包丁が刺さる。
男は苦痛に顔を歪めるシュウイチの腹を無造作に蹴り飛ばした。
「くっくはははははは!!!」
男の耳障りな笑い声を聞きながらシュウイチの意識は沈んでいった。
(かりん、ごめん。俺、保護者失格だ……)
そんな思いを頭の中に満たしながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます