とんかつ

 

 豆まきへと行った帰りに俺は甘酒を買った。缶じゃない。大きめの紙コップに入った温かいやつだ。

 れーこさんはコーヒーモナカアイスを頬張りながら俺と並んで歩いている。

 冷たいものが好き過ぎないか? なんて疑問が出る段階はとうに過ぎた。

 隣りにいる彼女はだいたい冷たい手にしているのでもう疑問は起きなくなった。

 外気の冷えでどんどんと甘酒の熱が奪われてゆく。

 どうにか冷える前に甘酒を飲み切ると見計らったかの様にれーこさんが声をかけてきた。

「かかくん。お昼どうする?」

「お昼……、もうそんな時間です?」

 腕時計を見るとふたつの針が上に向いて重なりそうだった。

「どこにしましょうか。何か食べたいものとかあります?」

「お肉が食べたいかな」

「肉ですか。なら焼肉とかです?」

「うーん、牛肉よりも豚、とんかつ!」

「決まりですね。とんかつ食べましょう」

 最寄りの定食屋さんは案の定混雑していたので俺たちは少し離れたとんかつ店へ行く事にした。

 

 歩いて十数分、普通に歩いていたら見過ごしてしまう様な小さな店。

 俺は好きな店なのだが周囲の評判はあまり良くない。

 特別おいしい訳でもないからと言うまああまりよろしく無い評価が下っている。

 俺がこの店が好きな理由、それは。

「トウシキミかつ定食」

「私はゆずかつ定食で」

 かつフレーバーの種類が多いのだ。

「かかくんはいつも違うかつを食べるね」

「冒険をしないと意味が無いですからね」

 個人的におすすめなのはぴりりと辛いスパイスかつ定食だ。

 ここの店主オリジナルスパイスがふんだんにかかっていて前に座っている人にダメージを与えてしまうと言う欠点はあるが本当に絶妙な刺激で白飯が進むのでおすすめだ。

 ちなみに煮込みかつと言ういわばかつ丼の様なものもあるが俺はまだそちらには手を出せていない。いつか手を出そうと思っているがそれまで店が持つかどうか……。

 

 目の前に無言で盆が置かれる。無言の店主と口数の少ない店員。これも評判を下げている原因になるだろう。

 それよりもかつの話だ。

 揚げたてのかつからトウシキミの香りが上がっている。

 かつを箸でつまみ噛み切ると軽快な音共にちぎれ口の中にかつが収まる。

 トウシキミは振りかけられている訳ではない様だ。

 だが噛めば噛むほどにトウシキミの香りが立ち鼻をくすぐる。

 残念ながらかつとの相性はあまり良くない様だった。

 白米を一緒に頬張ってもトウシキミが勝ってしまっている。

 心の中のメモに”微妙”と書き込みれーこさんを見やる。

 彼女はゆず胡椒のペーストを少しずつかつに乗せてゆっくりと食べ進めている。

 ふたりでここに来る時、いつも彼女はゆずかつ定食だ。

 俺は全メニューを制覇しようと思って毎回違うものを頼んでいる。

 オープンした時はあれだけ並んだと言うのに今は閑散としている。

 ゆったり食べられて良いのだが訪れる時はいつもいつ閉店してしまうのかと戦々恐々としながら店の前に立つ。

 

 食後に近くのコンビニでコーヒーを買ってふたりで飲んだ。

 最近、コーヒーの違いを覚えようと頑張っているのだがおこちゃまな俺の舌は言うことを聞いてくれない。

 やっぱり俺にはココアがお似合いなのかなあ。

 

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