グロード

特殊フィールドとは何か

 その後しばらく穹はアンリーシュにログインしなかった。特に用事がなかったというのもあるが、主にやっていたのは一番最初のハッカーを調べなおすという事だ。あの時ユーザー情報は非表示だったが入り込まれた痕跡を追って、あのハッカーが普段どんな手段で何を経由してハッキングを行っていたのかを洗い出していた。さすがハッカーだけあって痕跡はきれいに消されていた。穹ができることを本気でやったが、結局見つけ出すことはできなかった。

 もしプレイヤーの中に人工知能が混ざっているとして、特に何も問題はない。あり得ないくらい強い奴がいるという認識で終わる、ただそれだけのことだ。

 問題は一つだけ。最初のハッカーの時、夜の時、APの時。あのバトル会場が一体どこで、何故あんなバトルが行われているのか。あそこに行くとユーザーは現実の姿となり仮に自分が戦ったとすると痛みがそのまま再現される。


 おそらく共通点はそこだ。最初のハッカーもAPも穹もVRで感じた痛みを現実で体が再現してしまう特殊な体質。あのバトル会場に行くと強制的にプレイヤーがユーザーになるのか、それともそういう体質の者はプレイヤーが自分だと錯覚してしまうのか、それはわからない。ただ言えるのは、万が一穹があのバトル会場にプレイヤーとして入り込んでしまったらすさまじいバトルの末、最悪APのようになってしまうということだ。相手が人工知能だった時は文字通り人生の幕が落ちる。

 冗談ではない。そんな状況に巻き込まれるのもゴメンだが、最大の難点は穹が何故あの空間に招かれてしまうのかがまったくわかっていないという事だ。最初のハッカーは確かにプレイヤーとして招かれた。しかしあくまでバトルキャラはシーナのままだったので事なきを得た。思えばあの時シーナはライフ1になるような攻撃を受けたのだ、あれを穹が受けていたらおそらくショック死している。

 あれは相手が強制的に介入してきたから無理やりステージに立たされた。しかし夜とAPの時は違う。どちらも第三者として眺めているだけだった。APの時に至っては誰も穹に見向きもしなかった。穹の存在に気付かなかったのかもしれないが、夜は気づいていて話しかけてこなかっただけだった。穹は認識されているのかされていないのかが今はわからない。


 あの会場には行き方がある。そして任意の相手を引きずり込むことができる。その最大のヒントを持っていたのが最初のハッカーだった。夜にズタズタにされて最後は……首を食いちぎられていたが。

 だから痕跡だけでも探してどんな奴だったのか、あわよくばあのバトル会場への行き方のヒントがあればと思った。行き方が分かれば、ブロックの仕方も必ず作り出せるはずだ。

 そもそもあの最初のハッカーは死んだのだろうか?普通なら死んでいるような状態だったのに生きていた。APは耐えられなかったようだが彼は耐えていたのだ。


【穹、休息を。体調に悪影響を及ぼし始めています】

「ああ……」


 ここ数日は睡眠も不規則になりろくに休めていない。シーナにもできることはやらせているがまったく手掛かりがつかめなかった。もともと穹の設定したセキュリティを突破してきたのだから最初のハッカーもかなりの腕だったのだろう。このままオンライン上を探しても手掛かりはないように思える。

 ヘッドセットを外し大きくため息をついた。今自分の状態はまだ安全だと言える。外を歩いていて信号無視した車が突っ込んでくる確率の方が高いような気はするが、車が近づけばタイヤの擦れる音などで気が付いて避けることができる。しかしハッキングを100%ブロックすることは穹とて不可能だ。巻き込まれたらただでは済まない。

 アンリーシュにログインしなければ絶対的に安全ではないのは、最初のハッカーの時に経験済みだ。オンラインに繋いでいると強制的にゲームに引きずり込まれる。この時代をオンラインなしで生きていくことなどできるわけがない。体内のチップは常にオンライン設定なのだから。アンリーシュ登録解除はできないままだ、運営に問い合わせてもたらいまわしで結局放置されている。


 最後の手段として残っているのは夜とコンタクトを取ることだ。ただ調べてみたがあの時夜が使っていたユーザーはもう削除されていた。おそらく夜は一つのアカウントを長期間使わず次々と変えているのだろう。だから妙に弱いランクにいたのだ。再び夜を見つけるのもほぼ不可能と言っていい。

 しかし、たとえ夜とコンタクトを取る方法があったとしてもたぶんそれは本当に最後の手段としてとっておくだろうなと思った。もうすぐ死ぬんじゃないかという決定打がない限りは夜とは関わりたくない。

 シーナにそれを言うと理解できないと言われた。シーナからすれば助かるかもしれない方法を見つけられるなら、どんなことでもするべきだという考えだ。それは人工知能でなくても普通はそう考える。


 おそらく夜には穹が痛みを体に再現する体質なのはばれている。フリーバトルをしたとき、最後に軽く噛まれたあの意味。あれはおそらく穹がそういう体質なのか確かめたのだろう。何故穹をそういう体質だと思ったのか、シーナがかまれたのに穹にダメージがきた原理はわからないが、夜相手にはシーナが戦おうが穹が戦おうがダメージは穹に行くという事だ。

 そんな相手に一体どんな交渉をしろというのか、考えるだけで頭が痛くなる。そもそも夜は一体何者なのだろうか。人を傷つけて何がしたいのかわからない。自分の強さに酔いしれているというわけではなさそうだった。むしろ淡々とルーチンワークのように相手を処理していた。いや、そもそも夜とあのハッカーは知り合いのようだった。

 あの時あの二人どんな会話をしていただろうか。夜は確かこういっていた。


「アンリーシュは自分たちの望みを形にしてくれて便利だ」


 自分たち、ということは夜だけでなくあの男もさしているのか。それとも夜には別の仲間がいるのか。そして穹の考えに同意していた。この場所で死んだら実際の肉体も死ぬと思わないか、と言っていたか。夜は知っていたのだ、あの空間の死が実際の死につながると。穹の思考を読んだというのはあの光景を見た穹がそう考えそうだと読んだのか、本当に思考を知るすべを持っているのか。

 人間の脳内はニューロンという神経細胞が信号を送り情報を伝達していく。体内チップはその信号を一時暗号化しオンラインを通じて様々な情報管理に使用されているだけだ。アンリーシュは脳直結型ゲームでその暗号化を独自に進めた為実現したとされている。体内チップの本来の一時暗号を解き明かすのは無理でも、アンリーシュ内の一時暗号は解き明かせるのではないか。それができれば限定的に考えていることなどわかる可能性もゼロではない。それはいわば局所的なハッキングとなる。ならば、夜は。彼もまた、人工知能である可能性が高い。そんな相手に勝てるわけもない。


【穹】


 つい考え込んでいたらシーナが何か言いたげにポフンと腿の上に乗ってきた。


「ん、ああ。心配すんな、別に死ぬわけじゃない。手段はたくさんある」

【私にできることはいつでも言ってください】

「そうするつもりだ」


 一回シーナを撫でると出かける支度をした。行き先は地下だ、もはや穹一人で何とかなる問題ではないので知恵を借りに行ってみようと思った。あの店の店主もかなりそういったことに詳しいようだったし話を聞いては貰えないだろうかという打算もある。テメエでなんとかしろ、で終わるかもしれないなと思うと自然と口元に笑みが浮かんだ。どれだけつっけんどんにされてもあの店主の事は結構気に入っている。シーナをベルトのUSB差込口に繋ぎ、一応先日買ったヘッドセットと手足のコンタクトパーツを持って地下へと出かけた。

 いつもの道を使い地下へと到着した時だった。何かしら賑やかなのに今日はなんだか不気味なほど静かだ。人の気配はするが皆声を潜めているような感じだ。

 そそくさと逃げるように歩いている住民の一人に中にあの店の常連の一人を見つけ近寄る。


「何があった?」


 穹の声に一瞬びくりと反応したが、穹だと分かった瞬間ほっとしたような顔になる。そして顎で路地裏を示し二人で静かにそこに入った。


「警察がきたんだよ」

「え、ここに?」

「ああ。なんか上で妙な死体が見つかったらしく、その仏さんがよくここにきてたってことで捜査だとさ。ここは後ろめたい事してる奴多いからみんな大人しくしてるって感じだな。お前も今日は帰んな、若ぇし目つけられたらやっかいだろ」

「だな。あんがと。ちなみに、どんな死体上がったんだ」

「ああ? なんか家の中でぐちょぐちょで死んでたやつがいたらしいな、上ではニュースなってねえのか」


 ―――ああ、ソレか―――


「どうだろ、ニュースなんて掃いて捨てるほどあるから」

「そりゃそうか」


 ひらひらと手を振って男は足早に去っていった。穹も来た道を引き返す。一応未成年なのでこんなところにいたら職質されるに決まっている。今のご時世リアルよりもオンラインが原因で起きる殺傷事件が多いせいで警察の検挙、事件解決率は著しく低い。真相が見えない事件があまりにも多いので、実質警察は今役に立っていない。そうなると警察は別の事で点数稼ぎをしようと小さなことやくだらないことをやたら取り立ててくる。軽犯罪ばかり追い求め無理やり犯人を作り上げ書類上で事件解決をするのは常だ。警察が近くに来たら関わるな、というのが一般常識となっている。

 穹も何度かハッキングに関して警察に関わったことがあるが、結局証拠もなく犯罪歴はついていない。その時学んだのは「警察よりもインコの方が話通じる」ということくらいだ。

 日本の警察は無能なくせにFBIは数十年前から人工知能を捜査管理に早急に取り入れ化け物かというくらい優秀な仕事をするのだからたまったものではない。何か悪いことするなら日本だな、というのは世界中のハッカーで有名な話である。

 来た道を戻ろうとしたが路地を一つ挟んだ向かい側にいかにも警察ですと言わんばかりのトレンチコート集団がいる。


「大昔の刑事ドラマ見すぎじゃね? あいつら」

【目立つ格好で集団捜査しているのは危機感がないということですか】

「いや、単にダサイ」

【そのことに関しては同意です】


 そこは絶対通りたくないので別ルートから戻ることにした。となると、一度あの店の近くに行く必要がある。違法建築により別々の建物どうしのドアがつながっているので外に出ることなく勝手に建物内を進み、屋根の上を徒歩で移動できたりとおよそ普通は使わないようなルートを辿って警察の目につかないように気をつけながら進む。

 シーナに周囲を画像認識してもらいながら進んでいたが、途中から完全に警察らしい人間たちはいなくなった。どうやら調べている場所が店から反対方向の場所だったようだ。ふう、と一息ついて店の中に入ると少しだけ雰囲気が変わった気がした。何が変わったんだ?と疑問に思いながらもカウンターに行けば店主がモニターを見ていたが、いつもかぶっている毛糸網の帽子をかぶっていない。


「こんちゃー。えーっと、なんかあった?」


 声をかけてもチラっとも見られず返事はない。店主が答えない代わりに奥から出てきた常連客の数名が穹を見て声をかけてくる。


「一歩遅くてよかったなー、今サツが来てたんだわ」

「ここに? 何しに」

「なんか上で事件があったみてーで、その被害者がここに来たことないか、何か知らねーかってことなんだけどおやっさんこんな態度だろ? サツが暴れて帰ったんだわ」


 帽子は胸ぐらをつかまれ突き飛ばされた時にとれたらしい。足元に落ちている帽子を拾って手渡せば黙って受け取り帽子をかぶる。警察なんだかチンピラなんだかわからない対応に呆れたが、ようやく店の中の違和感の正体がわかった。


「あ、なんかいつもより小汚いなと思ったら荒らされた後か。いつも汚いからわからなか……いや、すみません」


 最後の辺りで店主がジロリとみてきたのでいうのをやめた。と言ってもほぼ答えを言っているようなものだが。誰もケガはしていないようだが店内は突風でもあったかのようにいろいろ散らばっている。

 上の住民程他人に興味がなく誰をどこで見たなど覚えていない。だからこそ町中にある監視カメラが捜査の時使われるのだが、地下にそんなものはない。むしろ昔のように誰をどこで見た、という人による情報の方が正確だ。何か手掛かりを求めて来たのだろうがやり方がずさんなんてものではない、まだ幼児向け職業体験プログラムの方が優秀だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る