リアルとVRの混在

 災難だった、と常連客達は少し片づけをした後散り散りに帰っていった。店に残った穹は何を聞こうか迷ったが、一応確認しておきたいので店主に話しかける。


「なあ、その被害者って結局ここに来たんだよな? だから黙ってたんだろ」

「……」

「そいつ、俺と同じでアンリーシュのビジュアライズが合わないっつってヘッドセット買ってかなかったか」

「相変わらず火遊びか」

「今回は火遊びじゃねえって、巻き込まれただけだし。まあ、そいつの個人情報調べたのは火遊びついでだったけど」


 この店主は穹がハッカーなのを知っている数少ない人物だ。話したきっかけはなんだったか、客と会話をするタイプではないので仲良くおしゃべりしたというわけでもないのだが、もしかしたらはっきりとは話していないかもしれない。買っていくものがマニアックだったから気づかれたといったところか。


「それと同じようなもん買ってった奴、他にいない?」

「……」


 店主は無言だ。立場的にも性格的にも答えてもらえるとは思っていない。答えたくなるような質問の仕方ができるかは穹次第で、聞けなかったら仕方ない。この店主に小細工は無用だ。隠し事をして聞き出そうなど思ってもすべて見抜かれている気がする。だから知りたい情報だけ、答えてくれたら儲けものくらいな気持ちだった。


「お前ヘッドセット使ったか」

「ああ、その日に。すげー使いやすかった」

「だろうな。ありゃあ特注だ、精神病患者に使う。エグゼクティブ社と医療器具メーカーが協力して作ったもんだからな」

「ふうん?」


 いきなり話が飛んだのかと思ったがおそらく違う。今ここで、この情報を聞き逃してはいけない。絶対に重要な事を言おうとしている。


「脳直結型オンラインのアプローチが始まったころ、VRと現実の区別がつかない奴が大勢いた。その矯正プログラムに使われた病院の下げ落とし品だ」

「そっか」


 店主は穹の「ビジュアライズが合わない」という言葉から体質を見抜いていたのだろう。アンリーシュは大衆向けだ、よほどのことがない限りはビジュアライズが合わない者が出ないよう設計されているはずだ。それが合わないとしたら特殊な体質を持った者のみ。だから一番合う道具を選んでくれたのだ。そしてそういう品が在庫として置いてあったという事は他に買いに来る者がいる。


「あれを買いに来たのはお前で4人目だ。最初に買った奴も次に買ったガキもまともな死に方しなかったみてえだがな。3人目は知らん」

「……」

「あれは過敏に反応しすぎるニューロンの働きを抑えられるよう目に光信号が送られる。脳に伝達される情報をある程度偽物にすり替えることで日常生活に支障が出ないレベルにまで調整するモンだ。だがゲームなんつう情報処理が出まくる環境じゃ調整も限界がある。だから怪我すりゃイテエし、そこは怪我をしてるはずだと脳が勘違いして物理的な再現までしちまう。ヘッドセットとして使う用途としちゃ間違ってるんだが、ないよりゃマシだ。そんなもんが何で世の中に出回ってねえと思う」

「え」


 言われてみれば確かに不思議だ。患者数が少ないと言っても確実にいるのにそれを治療する器具はなく睡眠をとってリラックスさせる方法ばかり注目される。メディアの情報など操作されたものばかりで信用できないのはわかっているが、そもそも市場に出ていない事は確かにおかしい。そういう体質の者からすればたとえ高額であっても買いたいものだ。


「需要がありそうなのに出回ってないってことは、誰かに潰されてるってことか。出回ってもらっちゃ困る、そういう患者や体質の奴を治されちゃ困る。何で困るんだ? 知りたいから、調べたいからか。いや、いて欲しいのか?そういう奴が」

「お前はたまに心配になるくらい察しがいいな」


 初めて店主が表情を崩した。怒っているような、困っているような微妙な顔だ。一瞬わからなかったが、言葉の意味を考えればそのままで。


「心配してくれてんの」


 一人目も二人目も死んだ、と言っていた。もしかしたらそういう人間をその二人以上に見てきたのかもしれない。世の中に出回っていない物を在庫として持っているのも独自の入手ルートがあったのだろう。穹が買ったものは本当に貴重な物なのだ。


「火遊びはほどほどにしとけ。どうせお前みたいなやつ止めても無駄だろうが」

「肝に銘じとく」

「現実世界にVRでしか見れないもんが見れるようになったら頭がイカレてきてる合図だ。そんときゃあのヘッドセットつけて現実とVRの区別を脳に叩き込むしか手段ねえ」

「そっか、わかった。あんがとな、いろいろ」


 穹の言葉には反応せず、モニターを見ながら何かをいじり始める。基本自分の言いたいことを言って黙ったら会話終了の合図だ。こうなると何を話しかけても答えないだろうというのは経験上わかっている。

 ヘッドセットを見てもらおうかと思って持ってきたが必要なさそうだ。おそらく店主によって最善の状態に調整されて売られていたのだろう。

 店を出て念のため警察がいないことを確認してから別ルートで帰り道へと急ぐ。ずっと黙っていたシーナがふわりと穹の横へと飛びながら近づいてきた。


【家にいた時はだいぶストレスがかかっていたようですが、今はだいぶ落ち着きましたね】

「まあな、なんかすっきりした。あのおっさん実はとんでもなくハイスペックだったんだな」

【そうですね。初めて聞く情報が多かったのですべて記録しておきました。あの方にもっとお話しを聞きたいところですが難しいのでしょうね】

「ああ。そういうの好きじゃなさそうだし、後はなるべく自分で考えるからいい」


 追いつめられているようで気分が沈んでいたが、今はスキップでもしたいくらい体が軽い。知らないことを聞けたのもそうだが、もしかしたらちゃんと会話をしたからかもしれない。客の一人にすぎない自分を少しだけ気にかけてもらっているのが嬉しい、のだろうか。穹は祖父母がいないので老人と話す機会が滅多にない。頼りになる年上の人というは貴重だ。


「あのおっさんをツンデレ認定していいか」

【ツンデレではなく普通にお優しい方なのだと思います】

「言えてる」


 地上へとつながる道に一歩入り、その先を見据えて穹は足を止める。


「現実にないモンがみえたら頭がいかれてきてるっつってたっけ」

【はい。まさか、穹】

「ああ。蝶が見える」


 言いながらヘッドセットを取りだし頭につけた。電源はベルトについている充電器にあるが、滅多に使わないので家まで持つかわからない。


「シーナ、ベルトの充電器残量注意。少なくなったらお前の充電くれ」

【わかりました】


 ヘッドセットはVRを見る外部情報完全遮断モードと外部情報のみを移すVR完全遮断モードの2つがある。最新型のようにサングラス型なら日常的につけて好きな時に切り替えられるが、旧型のようにつけているだけで邪魔で重いものは切り替えるより取り外したほうが早い。

 このヘッドセットにも設定がついていて最初は何のためにあるのだろうと思ったが治療目的だったのだと思えば納得がいく。

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