ハッキングのバトル
アンリーシュは利用者数が多い分、隠れてやることはばれにくいだろうが同じことを考えている者はたくさんいるはずだ。そうとう工夫しないと人の目に留まらないしあまり効率のいい稼ぎとは言えないだろう。
「結構いろんなイベントっつーか、勝手にやってること多いな。賭けとかレアものの転売とか」
ざっと掲示板やコミュニティ……侵入して勝手に覗いているのだが、仲間内では犯罪ぎりぎりの催しは多いようだ。戦う本人たちが物を賭けているものもあれば観戦者がリアルの金をかけているものもあるし、よく見れば完全に詐欺をしませんかという集いもある。アンリーシュはチーム戦もできるので乗っ取りや潰しもあるようだ。気が付いたらカモにされているという事が多いらしい。
【穹、先ほどからフリー対戦の申し込みで大量にメールを送ってきているユーザーがいます】
「……夜じゃねーよな?」
【どれだけトラウマなのですか、違います。プロフィール見ますか】
表示された全員プロフィールを見て戦績を確認する。詳しく分析するまでもなくなんとなく。
「馬鹿っぽいな」
【はい。たいして実力もないのに自分は強いと勘違いしているタイプですね。たまたま弱いものとしか戦ったことがないのでしょう、アンリーシュはユーザー数が非常に多いですし】
プロフ画面はちょっと痛々しい感じにデザインされており、煽り文がかなり多い。挑発する言い方をすれば相手が食いついてくると思っているのだろう。実際はコイツめんどくさそうだからやめとこう、と引くと思うのだが気づいていないらしい。昔はこういう奴はリアルで子供だったのだが、現代は困ったことに普通に中年がいるから馬鹿馬鹿しい。
「めんどくせ、すっげー無視したい」
【私もそんな相手をわざわざピックアップしません。ここを見てください】
シーナが画面を操作してある一文を拡大する。所属チームはなし、と書かれているがよくみると「し」の後に小さな点がついている。画面のデザインがちょうどかぶって見づらくぱっと見ただけでは見逃すだろう。
「これ、ドットか?」
【はい。かな入力をしているなら入力ミスでドットが入ることはありません。入れてあるのでしょう。不自然だったので報告したほうが良いと判断しました。メールを大量に送ってきている1名の他、穹に対戦申し込みしてきている中に同じドットがあるユーザーが3名。穹はどう思いますか】
「目印、かな。プロフィールでドット入れてる奴、検索できるか」
【お待ちください。……、すぐ検索できたのは先ほどの4名を入れて20名です。皆プロフィール画面が派手で見逃してしまいそうなところにドットがありますね。共通しているのはチーム所属はなし、の後についています】
「そういうチームっぽいな。検索除けされてるワードを強制検索してチーム探してみるか」
どうせろくなチームじゃなさそうだとは思うが、穹にしつこく絡んできているのは目をつけられたのだろう。公式で勝者ランキングを上げていて、様々な条件でソートできるため穹のユーザー名が一時的に上昇したのだ。
【ユーザー名見てこいつはカモだと思われたのでしょうね。今更ですがもっとマシな名前にすればよかったのでは】
穹のユーザー名を画面いっぱいに引き伸ばして表示してくるシーナにデコピンを食らわせる。ボディが軽いシーナはそれだけでころんと転がった。
「うっせ、ユーザー名なんてそれこそ考える時間なんざ1秒でも惜しいわ。まあいいや、とりあえずカモにされそうなのはわかったから適当に追っ払うか」
【ログインするたびその名前を読み上げる私の身にもなってください】
シーナに感情はこもっていないので呆れも怒りもないが、明らかに今の言葉には呆れが入っているのだろうなと思う。ヘッドセットと手足のパーツをつけてアンリーシュにログインをする。シーナが穹の頭の上に乗り、ヘッドセットにあるUSBに自分のコードを接続した。
【アンリーシュへログインします。たこ焼き太郎、スタンバイ中】
「本当に今更だけどひっでえ名前だよな」
【だから言ったじゃないですか】
ユーザー登録の時たこ焼き太郎という商品名の炭酸ジュースを飲んでいたのでそのままつけたのだが、確かにこれはカモにされやすい馬鹿ネームだなと思う。ちなみに新商品だったたこ焼き太郎は一口飲んで二度と買わないと誓う味だった。
対戦受付の操作をしてフィッティングエリアに行くと相手はすでに来ていた。何やらチャットで話しかけてきているが完全無視を決め込み、相手の強さを確認する。
「なんかやけにアンバランスだな。速攻で決めるタイプか、防御ほとんどいじってねーし」
【先日のハッカーほどではありませんが、こちらが攻撃する前にほぼ片づけたいのでしょうね。攻撃スキルはすべてパワー特化、一撃が重いです】
今の穹の装備ではもって3ターンといったところだ。ここは勝つよりも負けた方が面倒ではない気がする。下手にこういう奴に勝ってしまうと再選を挑まれそうだ。それに同じような特徴の奴があと2人対戦申し込みしてきたところを見ると仲間内で協力してきているのだろう。これが終わっても間違いなくあと3戦はしなければならない。負けてしまえばそこでやめてももういいやとログアウトしたと思われるだろう。
【では穹、開始します】
「ああ」
采が現れバトル開始が宣言される。しかし采が高らかに叫んだのはチームバトルへようこそ、だった。穹は目が点になる。
「あ?チーム戦?」
確かにチームバトルと書かれている。相手も現れたのは3人だ。穹は個人戦しか登録していないし先ほどまで確かに個人戦設定だったはずだ。
「えーっと、つまり?」
【バトル開始コンマ4秒前にチーム戦に切り替えられました。公式戦でよくやりましたね】
シーナの今の発言はつまり違法プログラムを使っているということだ。見つかれば登録抹消であるのに随分と手慣れている。これが彼らのやり口なのだろう、ずっとやっていてもばれないので変に自信がついたのだ。
チーム戦は最低二人からなるとルールが決まっているので人数が足りない場合はプレイヤーと補助キャラが強制的に参加となる
「こんなんばっかかよ」
【穹、ダメージはすべて私にまわしてください、ライフの比率をできるだけ私に割り振りを。それと、こういう事態を引き起こしているという事は彼らこれが狙いですね】
「だろうなあ」
普段プレイヤーがバトルをしていないとスキルの装備をすべてキャラにつけているので、自然と大したことないスキルをつけざるを得ない。つまり、バトルキャラさえ抑えておけばプレイヤーを集中攻撃できる。
チーム戦のルールは何種類かあり好きに選べるのだが、今回のルールは5ターンまでにどれだけ戦略的に戦うかで評価されるものだった。もちろん全員のライフがなくなれば自動的に終了だが、単に殴り合うだけでなく知略と判断されるチェック項目が100以上ありそのチェックが多ければ多いほど加点となる。その総合ポイントを競う、まさにチームワークが物を言う内容だった。だからこそこの状況は穹達が圧倒的に不利なのだ。
一気にランキングに上がってきた穹をつぶす目的なのだろうが大きなお世話だ。穹だって普通だったら面倒なのでこの場は負けていいやと諦めるがそうもいかない事情を持っている。
「痛みを感じる設定じゃないっつってもなあ。右腕吹っ飛んだりしたらリアルの俺の腕って感覚なくなって使えなくなったりしねえかな」
【そうならないよう私が最大限にサポートします】
ひとまず穹はまずスキル装備に1ターン使うことになる。シーナはこのランクに合わせて大したことないスキルしかつけていない。どうせ攻撃も穹に来るだろうから穹がどんなスキルをつけてどう戦うかがカギとなる。
「まあいいや、ヤル気出た」
【今どんな漢字変換したのか分かった気がします】
「ほんと、昨日から今日もこれで正直ストレスマッハだわ」
采が高らかに手を挙げるとそこに光が現れる。眩しさの調整をかけたがまだ眩しく、穹は思わず手で目元を覆い光を遮る。光からは穹達ユーザー名が現れ空中を舞う。
【たこ焼き太郎がすさまじい存在感ですね】
「いいじゃねえか、雰囲気ぶち壊しで」
冷めた目で二人が見守る中、名前はいつの間にか現れたルーレットの中に納まる。あれが行動順だ。チーム戦は采がランダムに行動順を決める。だからこそ試合がどうなるか読めずチーム戦は観戦人気が高い。
順番は相手チームが二人先に来て穹、相手、シーナという順だった。穹が無表情のままじっとその順を見つめる。よそから見たら呆然とたたずんでいるようにしか見えないが、これは穹が集中しているときの様子だ。
「シーナが最後、ね。シーナのスキル変えるか」
采がゲームスタートを告げ、最初の相手が穹に向けて攻撃を仕掛ける。スキルは遠距離飛び道具でリング状の飛び道具だった。遠距離攻撃は命中率が高く、まっすぐ穹に向かって飛んでいく。
―――遠距離攻撃タイプ、物理防御低、回避低、2ターンで特殊効果発動可能、3ターン目以降武器強化及び攻撃力上昇スキル発動可能、特殊効果発動により命中10%低下―――
穹に命中するが減ったライフはシーナの方だ。ライフ設定を変えたので穹への攻撃はシーナのライフが3分の1にならないと穹には通らない。そしてチーム戦でも一応1ターン目の攻撃は弱い威力のものとルールがある。シーナのライフはほとんど減った様子はなかった。
二人目は全員の防御を上げるだけで攻撃をしかけてはこなかった。チーム全体の防御が2ターンの間2倍となる。
―――サポートタイプ、防御高、回避低、かばうスキルあり、回復スキルあり、攻撃を引き受ける役割である可能性大、カウンタートラップあり―――
穹のターンとなるが、穹はこのターンはスキルを準備することしかできない。攻撃も防御もできないので様々な仕込みでもするのかと相手チームは見守っていたが、ターンが来た瞬間穹のターン終了となった。それは穹が自分でターン終了したからだ。何かをした様子はない、ただパスしただけに見える。その様子に相手は少し警戒したのか、次の順の相手は少し間が開いてからアクションを起こした。
物理攻撃の武器を取り出し、穹に向かって切りかかった。それはこのランクで手に入る近距離武器の中ではレアなものでこれ一つに追加効果が2つまでつけられる。先ほどの間はこの効果を違うものに変えていたのだろう。
穹に攻撃モーションが当たるが、これもダメージを受けたのはシーナだ。先ほどの遠距離攻撃よりは少しダメージが通る。本来近距離物理攻撃は一番攻撃力が高い。するとつけていた追加効果が発動される。それは攻撃した対象のつけているスキルを確認できるというものだ。今アンリーシュにはオリジナルスキルが溢れかえっているので相手の手を読むために重宝される効果である。
―――近距離物理攻撃タイプ、防御低、回避並、特殊効果は武器のみ付加可能、相手のスキル透過と使用可能、2ターン目から攻撃力1割増、遠距離プレイヤーと連携技あり、ライフ低―――
相手のプレイヤーは拍子抜けしただろう。穹があまりにもあっさりターン終了したので何か相当な仕込みを準備していて終わらせたかと思ったのだろうが、いざスキルを盗んでみればあったのは初期設定の「殴る」とカウンターの回復効果、スキルを一つ無効にするものだけだったのだ。殴る攻撃力は至って普通、たまにクリティカルが出て攻撃力が1.5倍になるだけだ。回復も一定値回復するだけで大きな攻撃を受けたらたいした回復ではない。これはパートナーの方を攻撃しておくべきだったと後悔しているに違いない。ターン終了が早かったのは何も指定せず文字通りパスしたのだ。
シーナのターン。穹から受けた指示をそのまま実行する。シーナの両脇にライフルが出現しそれを手に取るとトリガーを引いた。行ったのは全体攻撃だ。全体攻撃は攻撃力が分散されるので今回3人いるなら一人当たり3分の1のダメージがいくようになる。個人差はあるがだいたい皆均等なダメージを受ける。それは最初にシーナがほぼ無傷だったのと同じ、まったく大したことのない数値だった。
全員の1ターンが終わり、2ターン目が開始する。アンリーシュにおいて2ターン目からが本番だ、1ターン目は制限がかかっているのでたいしてダメージが入らないことがわかっているからこそ皆1ターン目に仕込みをする。
2ターン目、相手チームの一人目と三人目が同時攻撃スキルを発動する。同時攻撃は簡単に使えるうえ、使う人数が多いほど威力が高く誰か一人のターンであれば全員が一斉に使えるメリットがある。ただしデメリットもあるので仲間のサポートや支援効果は必須だ。それでも威力が高いので一撃必殺として使われることが多い人気のある特殊攻撃だった。
【穹、攻撃がきます】
「あー、うん。だいたい決まったからいい」
ずっと突っ立って何もせずにいた穹がようやく動く。先ほどの3人の行動とシーナが行った軽い攻撃によるライフの減り方、効果やカウンターの有無を見てだいたい「わかった」、次のパターンが。
「とりあえず攻撃受けとけ、防御なしな」
【防御なしですか】
「ライフ半分は残る」
【……。了解】
防御もカウンターも何もせずそのままシーナは攻撃を受けた。一気にライフが半分に減る。シーナのライフは穹の分も割り振られているので、かなりの攻撃を受けたということになる。
【割合攻撃ですか】
「そう来ると思った」
つまらなそうに穹がつぶやいた。今の攻撃、攻撃力がすさまじいのではない。割合攻撃でライフが高かろうが低かろうが半分くらいにライフが減るのだろう。
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