”夜”
【穹、一つ提案があります】
「ん?」
作業を終えて全体の調整をかけている最中にシーナが声をかける。
【穹の戦績はほぼ初心者そのものですので、今後もあのようなものにターゲットにされる可能性があります】
「あー、ある程度戦績つんでおくべきじゃないかって?」
【はい。初心者から中級者の間くらいのレベルにしておけば、あまり目立ちません。アンリーシュ参加者の全体6割がそのレベルですので】
「木を隠すなら森ってか。まあそうだな、今時幼稚園児だって大会に参加してるくらいだしなあ」
そもそもハッカーやクラッカーがハッキングしてまで相手をつぶそうとするのはいくつか理由がある。暇つぶし、というのが大体だが倒した数が多ければ多いほど公式で特典がつきそれを転売すれば不正に金も手に入る。公式ルールでは一日に対戦できる数が決まっており効率が悪い。ボットプログラムを作り手当たり次第にプレイヤー狩りが横行していた時があったがそれは運営側が規制を厳しくしたせいでできなくなった。
最終的にハッカーたちは自分のプレイヤーを使って一人一人潰しにかかるようになった。腕に自信があるものは強い奴に、単に戦績がほしいものは弱そうなやつにハッキングを仕掛けてくる。それに目を付けられないようにするには当たり障りない普通の成績を残すしかない。
「気は進まないけど仕方ないか。今の俺はどうぞ料理してくださいっつってまな板の上でスタンバってる鯉みたいなもんだもんな」
【どちらかというとハイエナの群れのすぐ脇で昼寝してるトムソンガゼルです】
「確かにそっちっぽい」
運営側やオンライン規制に優秀なハッカーが数多くスカウトされ始めてからハッキング、クラッキング行為はだいぶ抑えられるようになった。それでも本当に優秀なハッカーというのは企業に縛られることはあまりせず自由気ままに自分のしたいことをするので、隠れている連中の方がやっかいだ。規制が強くなって改善されたのではなく、表立った行動をしなくなっただけだ。今でも自分の稼ぎや快楽の為なら獲物を虎視眈々と狙っている。
そういった連中から目を付けられないためにも少し戦績を積んでおいた方がよさそうだ。アンリーシュ自体から登録を消すのも選択肢の一つだが、先ほどの件もあり原因を突き止めないまま終わりにするのはやめた方がいいと思った。これは穹のハッカーとしての経験と勘だが。
それに一度どこかに登録してしまえば穹はともかくパートナーのシーナのデータはそこら中に展開している。常にオンラインにつながりGPSなどの地図情報、個人情報、生活サポートのほとんどを担っているのだ。どんなに予防線を張っても無駄だし、逆にあまりにもガードを固くしすぎると何かあるのかとクラッカーが寄ってきてしまう。
「しょーがねーなー、適当にフリー対戦やるか」
【やるのは構いませんが穹、初心者と同等の戦いかたをお忘れなく。あなたが作ったスキルを使うとあっという間に飛び級です。先ほどのような戦い方をしようものなら初心者を10人は消しますよ】
「そうだった、スキル外しとかねえと。つーか初心者向きの戦い方ってどんなのだ?」
【攻撃して防御して回復ではないですか?】
「え、そんだけ? トラップとカウンターと条件付き発動スキルと消費ターン数による特殊効果は普通だろ」
【普通じゃないですよ、トラップは発動条件厳しいですしカウンターつけたら攻撃ができず防御一択じゃないですか。初心者は相手がどんな行動して数ターン後にどんな状態になっているか読みながら戦いなどしませんよ、ターンごとに殴りあうだけです】
「脳筋かよ」
【ハッカーではない一般人はそれが普通です。初心者の戦い、観戦して勉強してください】
シーナがフリー対戦で観戦可能なものをいくつかピックアップして転送してくる。いくつか対戦者データを見たが本当にシーナの言ったとおりのスキルしかなく勝率7割といった者が多い。相手が自分より良いスキルを持っているときは負けてそれ以外は力でごり押しで勝っているのだろう。
「対戦ゲームなんて開始前の戦略で9割勝敗決まるだろ、パワーゲームじゃあるまし。っつっててもしゃーないか。じゃあ最初から付属されてるスキルだけで頑張ってみるかな」
【では設定を変更します】
そのままアンリーシュにログインしフリー対戦ブロックを解除する。すると次々とフリー対戦が舞い込み、適当に何度か戦っていそうな対戦者を選んでバトルを開始した。
【対戦相手名 夜(ヨル) バトルキャラはパートナーです。こちらとほぼ同じですね】
「スキルもおんなじ感じかあ、まあ負けても勝ってもどっちでもいいや」
準備中の表示とともにバトルフィールドが形成される。フィールドもプレイヤーが好きに設定できるのだが、特に指定がなければランダムで選ばれるのだが今回はもっともオーソドックスなシンプルなフィールドだった。
「これ、相手も特にそういうこだわりとかないタイプみたいだな」
【はい。装備もスキルもシンプルです。環境指定など特にありません。あなたと同じです、穹】
バトル自体に興味がなく他の稼ぎ目的か、戦えればなんでもいいのか。勝っても負けても戦績にはなるので特に気にせずバトルを開始する。采が現れフィールドにお互い姿を現した。
プレイヤーである夜はフリー素材を継ぎ合わせたようなどこにでもいそうなキャラの見た目で、バトルをするパートナーは小さなロボットの姿をしていた。一見するととても弱そうだ。
チャット画面に相手からの通信が表示される。チャットは基本使いたければ使うし相手と会話する気がなければ無視でいいのだが。
《その痴女みたいなの、お前のキャラ?》
「痴女」
【仕方ありませんよ。ほぼ下着のような恰好ですし】
シーナは特に気にした様子はない。穹としても服くらいはダウンロードしてもよかったかな、と思ったが一応シーナのこの姿には意味がある。ハッキングを使うときに便利な理由があるのだが、それを説明する気はない。
《そうだけどなんか文句あるか》
《お前男ならとんでもねえムッツリだな》
《こんな格好させてんだからムッツリも何も普通にオープンスケベだろうが》
思わず返事をしてしまったが、穹の今のチャットに対して返事はない。なんだかな、と思っていると采が開始の合図であるいつものくさいセリフを言いバトルが始まった。どうやらチャットを切られたようだ。
先行は穹だ。とりあえず様子見するためにスタンダードな強くも弱くもない普通の攻撃をしかけることにする。
「ロボの恰好ってことは遠距離系の攻撃くるかな。遠距離攻撃とってると防御で近接攻撃とか弱いから殴ってみるか」
【了解】
シーナの腕にナックルが装備され攻撃に入る。特にカウンターや効果などは相手からなく普通に殴ることに成功した。ダメージも普通に通る。
相手のターンになったがその攻撃表示を見て穹の目が点になる。表示されていたのは「かみつく」だったのだ。
「は?」
いや、何その獣系スキル、と思わず内心突っ込みを入れる。ロボットがかみつくとかどういうこと、と思ったがとりあえず防御してみる。初心者というよりちょっと変な奴なのではないかという嫌な予感がし始めた。
シーナの防御エフェクトは魔法陣のような文様が現れて壁となりバリヤのように相手の動きを止めるものだ。ロボットがよろよろと走りながら近づいてくるので防御効果を発動させると見事に顔面からベチっと壁に当たった。ぐるぐると腕を回して前に進もうとしている姿がなんとも言えずシュールである。ついでにまだかみつこうとしているのか口がパカパカ動いていた。
《先攻 行動終了。後攻、行動どうぞ》
采の機械的なアナウンスにより穹のターンになる。しかし相手はいまだシーナの防御に抑えられているもののもがき続けていて口もせわしなく動いていた。
「なんかコエーんですけど!?」
【穹、この防御を解くと相手の攻撃ターンとなります】
「なんだそりゃ、そういう効果か?」
【おそらく。あちらは攻撃表示のままになっています】
「ってことは俺ずっと防御してなきゃいけないのかよ。不毛過ぎんだろ」
ああ、いつものスキル使ってぶっ飛ばしてえ。初心者のふりして戦うのがこんなに面倒だとは思わなかった、レーザースキル使えば一発で終わるのに。思わずそんなことを考えてしまう。どうするかな、と考えているとぴたりとロボットの動きが止まった。
「ん?」
諦めたのかと思えば相手の表示が防御になっている。
「シーナ、今こっちが攻撃ターンでいいんだよな?」
【はい。ターン交代しています】
「なんか妙なやつだな。気色わりいしさっさと終わらせるか」
標準装備の攻撃スキルに簡単な追加効果をつけて攻撃指示を出した。一応これで攻撃すればそこそこ相手のライフを削れるし、交互に攻防を繰り返すとあと5ターンでぎりぎりこちらのライフが残って勝てるはずだ。一見すれば猪突猛進の初心者的戦い方といっても違和感はないだろう。
シーナがナックルに追加効果をつけてロボットにむかって走り出したが相手は防御を選択せずに突っ立っている。
「あ? なんだ?」
諦めたのか、それとも何かカウンターでもしてくるのだろうかと身構えるが相手は何もせずにそのままシーナの攻撃を食らい、追加効果も相まってライフが0となった。シーナに殴られて糸が切れたマリオネットのようにその場にどさっと落ちる。あっさりと倒してしまったことに拍子抜けしているといきなりロボットががばりと飛び起きてシーナに急接近した。
「シーナ!」
何かしようとしても遅かった。そもそも試合は終わっていて攻撃も防御も指定できない。ロボットは顔を近づけ、シーナの腕にカプっとかみついた。歯などない、噛みつくというより銜えられたといってもいいような軽い動作だ。
「いっ……」
チリっと腕に痛みを感じ思わず顔をしかめる。慌ててシーナのライフをみたがダメージはない。攻撃ですらなかったのだろう。それなら今腕に感じた痛みとは。くく、と誰かが笑った気がした。
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