お前は誰だ
相手の攻撃表示があらわれる。見たことのない攻撃名なのでオリジナルスキルなのだろう、警告ランプが激しく点滅するのでそうとう強い攻撃、おそらくこちらよりもはるかに格上の攻撃がくることがわかる。
バトルの先行1ターン目は公平にするため攻撃は1回だけだ。1ターン目に無茶苦茶な効果発動と攻撃をして相手が何もできないまま終了となるのを防ぐため公式ルールがある。だから1ターン目の攻撃はたとえおかしな効果がついていても絶対に相手が敗北しない攻撃となる。その代わり様々な戦略をたて仕込みをすることができるので基本先行する方が有利だ。
今回の相手はハッキングしてきているのでおそらくその設定は無視されている。1ターンで終わらせるだけの物量でくるはずだ。
発動された攻撃は穹の防御力をはるかに超える攻撃力だった。しかも2回攻撃可能でオーバーキルといっていい。
「シーナ、カウンター」
【了解】
防御につけていた効果を発動する。カウンターは攻撃された側が使える効果で任意で発動できるものだ。相手の攻撃を防いだり反撃したりと攻防するものもあれば、特殊効果系の物もある。
つけていたのはどんな攻撃でも必ずライフが1残るというもの、つまり一撃死を防ぐものだった。通常なら防御が破壊され直接攻撃がきて終わりのところだがここで1持ちこたえた。
【穹、もう一度攻撃がきます】
相手の攻撃効果は2回ある。ライフが1残るのは一度だけの発動なので次の攻撃は耐えられない。
「第二カウンターを使う。ぶっぱなせ」
【了解、砲撃開始します】
防御の第二カウンター効果は一度に半分以上のライフが減ったとき限定で発動できる効果だ。ハッキングしてくる奴など一撃死か2~3回連続攻撃をするとだいたいパターンが決まっているのでこのセットは防御に必ずつけている。第二カウンターは相手の攻撃が来る前に発動できるので防戦一方にならずにすむ。つけていた第二カウンター効果は攻撃、相手は攻撃ターン中なので防御は不可能だ。
シーナの腰の両脇に1本ずつシンプルなアサルトライフルが現れる。それを手でつかみ、相手に向かって狙いを定めた。銃弾が撃たれるのかというとそうではない。
まるでファンタジーのように銃口に光の玉が現れ、何か巨大なエネルギーが集まっているかのようなエフェクトになる。この銃の効果は相手の攻撃をそっくり返すものだった。相手が弱い攻撃をしてきたなら弱いカウンターだが、強い攻撃はそのままこの銃の威力となって返す。
どれだけすごい攻撃力だったんだと思うほど、銃の威力はぐんぐん上がっていく。もともと穹が持っている攻撃力の5倍以上はあった。
たっぷり数秒ためてから、一気に発射された。そのまばゆい光に思わず顔をしかめる。一気に放たれた光の砲撃は相手に直撃した。普通ならこれで終わっているが、相手のライフが減らないところをみるとやはりチートを使って防御関連をいじっているようだ。
「やっぱ終わらねえかこの程度じゃ」
相手が無傷なのを確認し呆れたようにつぶやく。この音声も相手に届いているのだろう、余裕の態度が気に入らなかったのか何なのか、とんでもない数の警告が表示され始めた。
「攻撃4回、カウンター効果が1、2、……6個?、フィールドの変更、あと……あーもうめんどくせ。とにかく殺る気満々でスタンバってんのはわかった」
【まさか倒せないどころか反撃がくるとは思っていなかったのでしょう。こちらが攻撃のターンですね。ターン割込みする技量はないようです。攻撃しますか】
「あの鬼のような仕込み見て戦う気起きるか」
【いいえ】
二人の会話に相手の操作が一瞬止まった。手の内が穹たちに伝わっていることに驚いたようだ。無論本来はそんなことわからないのだが、穹もそれなりにアンリーシュ時の設定はしてある。フリー対戦をしてきていないだけだ。
戦歴がほとんどないから初心者だと思ったのだろうが、戦っていないだけでアンリーシュの利用はかなり前からだった。他人のバトルに興味がないから観戦もしたことがなかったし小遣い稼ぎも特に必要なかったので後回しにしていた。そろそろ金になるかな、と覗いてみたのが今回だ。
アンリーシュなどハッカー、クラッカーの巣窟のような場所だ。何も仕込みも設定もなしに首を突っ込むほど馬鹿ではない。穹だってハッカーなのだから。ばれない程度の違法行為はしている、その一つが相手の手の内をこちらに表示させるというものだ。公式戦では絶対にやらないが。
【では次の指示を】
「決まってんだろ、終わりにする」
体内チップからこの場に強制介入する。ヘッドセットなしにあまりやりたくないのだが仕方ない。シーナがバトルで時間を稼いでいるうちに穹はずっとこの場にハッキングをしかけていたのだ。今アクセスが完了し、ようやくこの場を穹が掌握した。
フィールドに大量のノイズが入り砂嵐となって目の前の光景がぐにゃりと曲がる。脳を直接かき混ぜられているかのような酷い不快感が沸き上がるがここは我慢だ。
頭痛と耳鳴りと砂嵐の光景に酔いそうになりながらも耐えていると、ブツリとオンライン画面が消えた。ゆっくりと目を開けばそこは現実世界で強制シャットダウンに成功したのだとわかる。
しかし自室の光景が見えてくるはずがいつまでたっても暗闇のままだ。何か失敗したか、と警戒して体内チップにすぐにリカバリー機能を動かす。シーナの声は聞こえない、どうやらシーナとのリンクは切れているようだ。
空気が波立つような妙な感覚を感じた。台風直前の、あたりをぐしゃぐしゃにかき混ぜるような風が沸き起こるような、荒々しさがある。
今この場所にいるのは自分だけだ。真っ暗で何も見えない。しかしそれでも、目の前に「誰か」がいると確信した。姿は見えないが先ほどから波打っているのはこの存在だ。
『お前は、誰だ』
唐突にそんな声が聞こえる。
『誰だ、知ってるんだろ、俺の事』
何言ってんだこいつ、というのが正直な感想だ。何で自分が知られていること前提なんだ、どれだけ自意識過剰なのか。声の持ち主が誰なのかなど知らないが、おそらく今対戦していた相手だ。ハッカーとして有名人なのだろうか。先ほどは調べている暇がなかったので相手のユーザー名を確認していなかった。
『まあいいか。それ使ってどのくらい経つ? 使いやすいんだろう、だったら、さ? くれよ、俺に』
ぞわりと悪寒が走った。まるで自分のまわりを違う意識が取り囲んでいるかのような、逃げ道などどこにもないような大きな気配を感じた。いや、実際ないのかもしれない。今この場がこの声の持ち主の場所なのだ。
「さっきから何言ってんだか知らねえけどとりあえず」
『……』
「ウゼエしキモイ、消えろ」
『あ?』
不愉快そうな相手の声が聞こえたが一瞬で景色が変わった。真っ暗な世界から見慣れた自分の部屋、シャットダウンに成功し戻ってきたのだ。強引にはめ込んだのであろう、頭には少しずれた状態でヘッドセットがつけられていた。
「これお前がやったの」
傍らにいるシーナに問えばふわりと浮いて胸の上に乗ってきた。
【手足のコンタクトパーツは無理でしたがヘッドセットなら叩きつけるだけなので】
「ああ、どおりでデコと鼻がイテエわけだわ。まあ助かった、これなかったらシャットダウン成功してなかったな」
【これのおかげであなたとのリンクが再びつながりましたから】
起き上がりながらヘッドセットを取ろうとして手を止める。とりあえずヤバイ奴に遭遇してしまったので、今のうちにできることはやっておかなければ。手足のコンタクトパーツをつけ、体内チップをバックアップする機能を持つプログラムをいくつか起動する。
ハッカーに狙われ続けるのはやっかいなので今戦った形跡をすべて消し、個人情報の保存サーバーを海外経由でいくつかダミーを置いて変更する。ハッカー対策をしていてハッキングされたのならこれ以上セキュリティレベルをあげてもあまり意味がないだろうと思い、セキュリティを上げるのではなく小細工を増やしておいた方がよさそうだ。シーナもサポートに入りすさまじいスピードで処理していく中、先ほどの言葉が頭をよぎる。
使いやすいんだったら、くれよ。
何のことだろう、シーナのことだろうか。先ほどの戦いでほしくなったとか? 考えてもわからない。それを確かめようとも思わなかった。ただ気になるのは先ほどのバトル、采がいなかった。フィールドは確かにアンリーシュのバトルフィールドだったのだが。
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