違法バトル

 やばい、見つかった。


 そんな焦燥感が胸中に広がりなんとかしなくてはと今後の事をシュミレートする。どうするのが一番いいのか、何を準備しなくてはいけないのか。いや、そもそもここから。今この場から、逃げた方がいいのではないか。

 どこに逃げるんだ、オンラインは世界中でつながっていて体にはGPS付きのチップがあるのに。

 とりあえず何をするにしてもまずは。そうだな、まずは……


【食事温まりましたよ】


 起きて飯食わないと。


【早く起きないと温めた料理突っ込みますよ】


 火傷じゃすまなくなる、早く起きないと。


【今日はなめこの味噌汁があります】


 ドロッとしてるから無茶苦茶熱くないかそれ、俺が猫舌なの知ってるだろ。


【突っ込むのは鼻です】


 マジか。……って、おい。


「口にしろよそこは」


 眉間にしわを寄せて目を開ければ目の前には丸い物体、シーナが本当に味噌汁を頭に乗せてふわふわと飛んでいた。ふわふわ動くたびに味噌汁がちゃぷちゃぷと揺れて今にもこぼれそうだ。


「あっぶね! おい、頭に物のせるのやめろっつってんだろ!」

【このボディ腕がないので。もう全部温まってますので早く起きてください】


 味噌汁を取りあげて起き上がると小さなテーブルには料理が置いてあった。すべて出来合いのものを温めただけだが、こういった簡単なことならシーナでもできる。ただし今言っていたようにシーナは手がないので口でくわえることができたものをレンジに放り投げて同期機能により温め開始するのでこぼれないもの限定だ。初めてレンジを使用した時は温まっていたものの勢いよく放り込みすぎて形が崩れているものがあった。


「シーナ、お前味噌汁どうやってお椀にあけて温めたんだ?」

【いろいろ頑張りました】


 何それめっちゃ見たかったんですけど、と遅く起きたことを後悔した。穹は狭いワンルームに一人暮らしをしている。同居人や家族はなく家にいるのはシーナだけだ。いろいろと仕事はしているが定職についているわけではなく小遣い稼ぎ程度なのでそれほど金があるわけではない。シーナのボディには腕がないので、腕のあるタイプに変えればもっといろいろなことができるのだがそんな金はなく、しかも腕を使うなら腕機能をインストールせねばならずこれまた定期メンテナンスをする金がなかった。

 何でもかんでもシーナにやってもらわずとも自分でできることは自分でやればいいので、今のシーナに不便は感じない。あくまでオンライン上のサポートや生活においてのフォローができればいい。

 穹は食が細い方であまり食べない。特に好きなものもないので栄養失調にならない程度にバランスよく食べるようにはしている。というよりも食事のチョイスはシーナだ。ビタミン不足になったら野菜とサプリメント、タンパク質も不足になりがちなので大豆製品と肉は必ず用意する。


【先ほど私が起こしたとき何か言っていましたがなんでしょうか。聞きそびれました】

「ああ、大したことない。夢、かな。その夢にお前の声が入ってきたから夢と現実がごっちゃになった」

【おや、穹が夢とは。私がここにきて初めてですね。どんな内容でしたか】

「んー、なんか会議室みたいなとこで偉そうな中年どもが逃げたペットの捜索してる夢?」

【どれだけ大切なペットだったのでしょうね、1等当選宝くじでも付いているのでしょうか】

「んなわけねーだろ」


 シーナの冗談に思わず穹も苦笑する。機械らしい問答が中心のわりにシーナは時々こういったひねた言い方をするときがある。おそらく穹を分析し学習しているときに身に着いたものだろう。穹自身がよくこういう言い方をするからだ。

 パートナーは自分の分身、などよく言われる。持ち主の思考回路を基盤として学習するからだ。その後設定を変えることで好きな性格にいじれるのだが、根本となる考え方は持ち主を基礎とするので客観的に自分を見ているような気分になる。

 それにしても、と思う。あの夢、一人だけログアウトした奴がいたと言っていた。よぎったのはアンリーシュをログアウトした自分だ。あんな盛り上がりの最初の段階でログアウトしたのは穹くらいなものだろう。

 しかしログアウトをして、あのわけのわからない奴らに「見つかった」と焦った気持ちは自分ではないと思う。見つかったという事は隠れていたという事で、あの連中から隠れていたということになる。あんな奴ら知らないし……というより顔などほとんど見えなかったが、心当たりはない。しかし焦ったということはあの人物たちの事を知っていてに見つかってはいけない状況だったのだ。そんなもの知らないのでやはり夢は夢、ということだろうか。脳に直結した本格的な仮想空間ゲームをやった影響で何か映像やデータを取り込んだのかもしれない。


「……」


 自分には関係ないが、まあ一応念のため、という気持ちで。


「シーナ、今日からパトレベルに追加設定だ。オンラインアクセス時のパッシブに警告を追加する」

【了解】


 体内のチップの影響で一番危惧される不正アクセスで、それなりの事をされれば命に関わる危険性がある。それを防ぐためのセキュリティはかなり充実している。体内チップ専用セキュリティプログラムのガードレベルであるパトロールレベル、通称パトレベルはかなり細かい設定ができる。あまりにもレベルを上げすぎるとほんの少し何かがあると警告を発したり大切なことまでブロックしてしまうのでほどほどの設定がいいのだが。

 自分のデータを検索されたりアクセスしようとした場合こちらに警告が出るセキュリティを上げた。ここで何か相手に対して警告やブロックを出してしまうと相手に違う手段をとらせてしまう。あくまでこちらが知らないふりをして気づく程度がいいだろうと判断したのだ。だから警告を出すのは自分にだけだ。


「シーナ、さっきの試合どうなった」

【その前にどんな対戦者だったか覚えていますか】

「あー……ファンタジーvsロボ?」

【合ってますがユーザー名くらい覚えてください。ロボの勝ちですね。わりといい戦いだったらしく視聴率もよく通販も大盛況です】

「通販って何売ってんの」

【彼らのグッズです】

「……」

【理解できないという顔で黙らないでください。ファンがいるので売れるんですよ。主に彼らがゲームで使用している同じスキルパーツが】


 アンリーシュは戦う際好きなスキルパーツをつけて戦う。攻撃、防御、カウンター、パッシブ、いくつかあるが環境を自分が戦いやすいものに整えたり罠や様々な効果を付与するものもある。チーム戦ではオリジナルの技を作ることもできてかなり自由度が高い。特にオリジナル効果パーツはちょっとしたプログラミング知識があれば子供でも作れるので自分で作ったオリジナルスキルを売り買いする者も多い。

 大金になるとトラブルになるし詐欺などなくすために人気のあるスキルは運営サイドが格安で販売することとなっていた。その代わり作成者にはかなりの特典が付き、売上のほぼ全額が来るのでいいことづくめらしいが。当然複雑なプログラムを組むのが得意なものが作ったスキルはかなり役立つため人気が高い。


「ちなみにどんなのが売れてるんだ」

【そうですね、カウンター攻撃の一つですが一言でいうならやらしいです】

「あっそ」


 性的な意味でいやらしいという意味でないのは分かる。性格が悪そうだとかえげつないとかそういうことだろう。人工知能にやらしいと言われる始末のスキルとは、と少しだけ気にはなった。買わないが。


【穹】

「どうした」

【フリーの対戦申し込みが来ています】

「は?」


 シーナの言葉にオンライン画面を開けば確かにアンリーシュ経由で対戦申し込みが来ていた。基本アンリーシュに登録するとランダムでフリーバトル申し込みがしょっちゅう入ってくる。

 自分のレベルと合ったもの同士がバトルを始めるのだが、穹は登録して今までフリーバトルに参加したことはない。そもそも、今回来ること自体がおかしい。


「フリーバトル受けつけない設定しておいたよな?」

【はい。どうやらハッキングされたようですね。侵入された形跡があります】

「無理やりかよ。ハッキング防止しててもか」


 体内チップの設定と違いアンリーシュのオンライン設定はまだ規制が甘い為、ハッカーたちはやりたい放題だ。もともと脳と直結した仮想空間のゲームなどハッカー、クラッカーの絶好の遊び場だ。プレイヤーがハッカーであるというより、ハッカーがプレイヤーになっているのだ。だからゲームに強い者はほぼ間違いなくハッカーであることが多い。


「お断りしたいんだけど」

【無理ですね、穹、来ますよ】


 シーナの声と同時に目の前にアンリーシュログイン画面が現れる。正確には目で見ているのではなく脳内映像だ。エンゲージ表示とアラームが鳴り、強制的にアンリーシュにログインさせられたことを知る。

 先ほどまでは自分の部屋の光景だったが、今目の前に広がるのはアンリーシュのバトルフィールドだ。勝手にログインさせられた挙句、勝手にバトル開始直前まで進められている。


「いって!」


 突き刺すような頭痛と背骨に沿って広い範囲にしびれるような痛みが走る。 ハッキングによる強制行為は脳に刺激を与える。まして今はヘッドセットなどのオンライン接続機器をすべて外しているのだ。ログインと簡単な操作ならチップだけのログインは問題ないが、ヘッドセットなどなしでチップだけでのゲーム行為は脳と肉体に多大な負荷をかけるので危険な行為となる。


「クソ野郎」


 イラっとして思わず低い声でうなるようにつぶやく。どこの誰か知らないが本当にいらないことをしてくれる。こういう事態にならないようにハッキング防止プログラムはいくつか用意していたがそれをすべて無効にしてきたのだから相当なやり手と考えていい。

 ワンテンポ遅れて穹の隣に姿を現したのはシーナだ。オンライン時はカフスとして耳についているがアンリーシュバトルフィールドでは違う。アンリーシュ専用のバトルキャラを作ることもできるが、そういったものがない場合は強制的にパートナーがバトルパートナーとして設定される。シーナのカフス姿は穹がそういう設定にしただけで、オンライン上本来の姿は別にある。


「その姿見るの久々だな」

【そうですね】


 シーナの姿は20代ほどの女性だ。鮮やかなクリムゾンレッドの髪、体は黒い装飾があるのだが、水着のような下着のような露出の多いもので、服と呼べるものはあまりない姿にボディペイントがされているだけのシンプルなものだ。顔には大きめのライダーゴーグル型のヘッドセットをしていて素顔は出していない。本来はここから様々なものをダウンロードして着飾らせるのが普通なのだが穹はそれをやっていないのだ。


【バトル開始、先行は敵です。相手情報は非公開、攻撃表示で来ます、あと7秒】

「このせっかち野郎!」


 問答無用、有無を言わさず速攻で来る相手は本当に潰し目的だ。ましてこちらも長々とログインする気はない、先ほどから頭がきりきりと痛むのだ。せめてヘッドセットをしていればもっとまともに戦ってやるのだが、今はそんなこと言っていられない。


「防御」

【了解】


 戦い方の基本はプレイヤーが戦いパートナーキャラはその補助だ。プレイヤーは基本的な攻撃や防御をし、パートナーはこちらが有利となる様々な補助効果を発動してフォローをする。設定を変えるとその逆もでき、パートナーに戦わせプレイヤーが補助をする。

 実は慣れてくるとプレイヤーが補助にまわったほうが強いことに気づき、プレイヤー自身は戦わなくなることが多い。こういった戦いは戦略がすべてだ、キャラを駒として扱った方がより効率よく勝つことができる。ただゲーム始めというのは自分が超人にでもなったかのような感覚が味わえるので自分が戦うようにする傾向が強い。

 おそらく相手には穹の個人データは丸わかりだろう。それなら穹がアンリーシュで戦ったことがあるのがチュートリアルと公式戦を数える程度の初心者だとわかっているはずだ。そしてシーナの姿も装飾品をダウンロードなどせず手付かずなことも、まだこのゲームに慣れていないと言っているようなものだった。

 つぶしやすい奴を狙ったのか、たまたま選ばれたのが穹でステータスが低いからラッキーだと思ったのか。いずれにせよ相手は穹を見くびって、しかし確実に一発で仕留められる破壊力のある攻撃で仕掛けてくるはずだ。

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