第32話<宣伝の為の勝ち負け>3

三人が応援している最中も「うちの孫と同じ位の年齢なのに偉いわね~」とお婆さんは身の上話しを止めようとはしない。

かろうじてチビは会釈を返すが、健太とハカセは聞き流している。

そんな状態を何度か繰り返しながらでも試合が進むと、三人の応援するチームは優勢になっていた。


「少し休憩しませんか?」


暑さで疲れたのかハカセが太鼓を地面に下ろすと「そうやな、試合も勝ってるしな」と健太も額の汗を拭いながら、ベンチに腰掛けた。


「暑っち~!気合いだけでは耐えられん暑さやな~」


ジュースをがぶ飲みしながら健太は、Tシャツをばたつかせ風を浴びている。


「団長も暑さ対策したほうが良いですよ」


含ませた水を凍らせたスポーツタオルで、ハカセは涼しそうに顔を拭う。


「ワハハ、三人のおかげで今日は勝てそうだよ」


公園で出会った老人がチームメイトに手柄を自慢すると「良いよな~!そっちは応援してくれてるからな~!」と羨ましそうに対戦相手は三人を見つめる。

照れ臭さそうに礼をするチビとは対象的に、健太は「今日勝ったら俺達の噂が広まって、野球部も応援出来そうやな」と上機嫌で高笑いしている。


「ゲートボールは奥が深いから、まだ解らないですよ」


ハカセは窘めるが、健太の笑い声は留まる気配も無い。


「わし達も応援して貰えたら、もう少しは良い所見せられるけどな~」


相手選手の一人が冗談半分の負け惜しみを口にすると「そうだ、そうだ」と相手選手達は面白がり、事態は一変し始める。

少し休憩するはずだった三人が、周りの様子に困惑していると「だったら両方のチームを応援してくださらない?」と身の上話しをし続けていたお婆さんが、笑顔で三人に提案した。


「どうします団長?せっかく勝ってますけど‥‥」


自分達が応援した時の勝率を気にしてか、乗り気ではなさそうにハカセが聞くと「そんなん頼まれたらやるに決まってるやろ~!」と如何にも団長らしく応える健太に、相手選手達は歓声と拍手で讃える。


「じゃあ応援再開や~!みんな頑張ってや!」


早速立ち上がる健太に続き、二人も慌ただしく立ち位置に並ぶ。


「両チームの更なる健闘を讃えまして~!三々七拍子~!」


再び響く太鼓の音と健太の声援に後押しされた相手チームの選手は「では私達も頑張りますか」と少年のように瞳を輝かしている。

三人の応援が響き続けた30分後、相手チームの猛反撃に試合はひっくり返り結果は相手チームの勝利だった。


「結局こうなるんか~!何か喜べれんな‥‥」


疲れ果てベンチに座る健太の声は、枯れて別人のようになっている。


「いつもどうりの感じですね‥‥」

「勝たんと良い噂にならんからな~」


宣伝の為の勝敗にこだわる、健太とハカセの会話に賛同するようにチビは小さく頷く。


「チクショ~!負けちゃったか~!」


最初に応援していたチームのおじいさん達が、悔しがる言葉を口にすると三人は申し訳なさそうに顔を伏せた。


「やっぱり両方応援は間違いやったかな‥‥」


健太のつぶやきを境に、三人がベンチに座ったまま無言で落ち込んでいると「坊や達今日はありがとうな!おかげで良い試合が出来た」と今さっき試合に負けたばかりの選手から送られた、感謝の言葉に三人は驚き顔で眼を円くした。

感謝の意味が解らず三人が顔を見合わせていると「本当に今日はありがとうな」と他の選手達も、三人に次々とお礼を言い帰り支度を始める。

まるで勝ち負けなんて問題ではなかったかのように、選手達は笑顔で手を振り去って行く。

チビとハカセは戸惑いを隠せず下手な笑顔を返すが「また呼んでくれたら来るで!」と健太は慌てて笑顔で応えた。


「両チーム応援したの、正解だったみたいですね‥‥」


安心したようにハカセは顔を上げ、大きく息を吐く。


「やっぱり!こうなると思ったんや!」


さっき迄落ち込んでいたのが嘘のように、強がる健太に二人は笑顔を返す。

選手達が居なくなり三人だけになった公園に、三人の笑う声が響く。

もう宣伝の為の勝ち負けを、気にしていた事なんて忘れてしまったように。

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