第30話<宣伝の為の勝ち負け>1

「おぉ~!良い感じに人が居らんやん!」


寂れた商店街の入口に立った三人の中、健太だけが嬉しそうに辺りを見渡す。


「人が少ないのを良い感じなんて失礼ですよ」


ハカセは眼鏡越しに睨みを効かすが「さぁ~、どこから応援しようか~?」と健太は能天気に店を選んでいる。


「ドコからって、まさか一店ずつ廻るつもりですか?」

「えっ‥‥、そのつもりやけど」


振り返る健太の表情には一切迷いが無い。


「それではまるで営業妨害ですよ‥‥」


ハカセの正論に、健太は不満たらたらと口を尖らしている。


「確か奥に行くと神社と公園が有りますよ」


ハカセがそう言って健太の背中を押すと「ちょっと待って選手名を覚えなあかんから」と健太は慌てて辺りの店を確認し始める。


「それを言うなら店名ですよ、応援はまとめて商店街名で良いじゃないですか?」


ハカセに諭され、健太も渋々と公園に向かい歩き始めた。

三人が商店街を通り抜けた先の眼前には、アーケードと同じ位の大きな鳥居がそびえ立ち、特別な雰囲気を醸し出している。


「おぉ!こっちの方が良いやん!」


鳥居を見上げる健太のテンションは自然に上がっていくが「神社の中では罰当たりなので、やはり公園で決まりですね」とハカセは足早に、隣り合わせの公園に入って行く。

商店街と同様で公園にも人気が無く、三人は気兼ねする事無く準備を始める。


「しゃあ~!やるか~!」


ハカセが太鼓を担ぎ直し、三人の立ち位置が決まると健太の催促で商店街の応援が始まる。


「大門商店街の更なる繁栄を願いまして~、三・三・七拍~子、フレ~!フレ~!大~門!フレフレ大門、フレフレ大門!」


誰か見てくれるでも無い場所でも、三人の真剣さに嘘は無かった。


「中々良い感じですよね」

「そうやな、もう一回やってみるか」


飽きる事無く応援は二回三回と続き、その間公園に来た人はベンチに座る老人一人だけだった。


「少し休憩しようか」


汗だくになったチビは、健太の一声を待ってましたと言わんばかりに即ベンチに腰掛け。


「暑っち~!コレ長時間は無理やな~!」と手で自分を扇ぐ健太は、暑苦しい風を作り出している。


「とりあえず水分を取らないと倒れますね」


眼鏡を外したハカセは、水道の生温い水を飲むように浴びていた。


「それにしても何か達成感無いな~!」

「試合と違って結果がすぐ見えないですからね」


三人が一様にバテてベンチに座っていると「今時珍しく元気な子達だね~」と一人で座ったまま景色を眺めていた老人が、三人に近寄り話し掛けて来た。


「そうやろ!何せ俺が団長やからな!」


ついさっき迄その場に倒れ込みそうだったのが嘘のように、立ち上がった健太は親指で自分を指差す。


「ワハハ、君は特に元気だね~、見てたら力が貰えるよ」

「俺達が応援したろか!もっと元気になれるで!」


自信満々で遠慮の無い健太にハカセとチビは苦笑いをしている。


「ワハハ、是非してもらいたいね~」


褒め言葉に気を良くした健太は、すぐに応援を始めようと二人に立ち上がる合図をするが「今じゃなくて明日なら、どうかな?」と老人は真顔で健太を見つめる。


「明日?別に良いで!」


内容も聞かず安請け合いする健太に代わり「明日は試合か何か有るのですか?」とハカセが老人に尋ねると、老人は嬉しそうに「明日はゲートボールの試合が有るんでね」と笑顔で答えた。

時間と場所をハカセに伝えると、老人は三人に大きく手を振り公園から去って行った。


「予定外ですが幸先良いですね」

「まさに作戦成功やな!」


笑顔を見合わせハイタッチする三人。


「この調子で商店街も復興出来れば良いですけどね」

「そうやな~、コレはブラスバンド部との負けられない戦いやからな」


意味深な言葉を口にした健太は、その覚悟を再確認するかのように団旗を見つめていた。

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