第29話<金賞の風景画>2

「野球部員が昨日言っていた話しですよ」


ハカセは飽きれた表情で話しを続けるが、健太は「そんな話し有ったっけ?」とでも聞くようにチビの顔を見つめ、ごまかしている。


「要するにですよ、簡単に説明すると野球部の応援がブラスバンド部に取られたのですよ」


健太に思い出させるのを諦めたハカセは説明を始める。


「エェ~!何ソレ~!どういう事?」


健太の大声に、チビのクラスメート達は冷ややかな視線を送るが「意味が解らんわ!」と健太の怒りは収まる気配が無い。


「じゃあ試合になったらどうなるん?」


質問する健太と同調するように、チビは周りを気遣い小さく頷く。


「これからはブラスバンド部が応援になりますね」

「はぁ~!?マジで~!」


健太の怒声は教室中どころか、隣りのクラス迄響き渡っている。


「しょうがないですよ、野球部以外にも応援出来る試合は有るじゃないですか?」


宥めようとするハカセの言葉も「俺達は応援団やから全部応援するねん!!」と健太は断固として聴き入れようとはしない。


「それでも決まってしまった事ですからね‥‥」

「あ~、どうしよう‥‥」


困り果てた様子の健太に、事情を知る気もないチビのクラスメート達が小声で笑い始める。

静まりきった教室では、白々しいヒソヒソ話しが始まっていた。

教室内の険悪な雰囲気を察したハカセとチビは気まずそうに辺りを見回すが、誰も視線を合わそうとはしない。

そんな状況に居ても、健太が恥じらう事なく頭を抱えていると「それでは又作戦会議をするしかないですね」とハカセはいつものようにノートを差し出した。


「お~!そうやな!」


健太がノートを受け取ろうとした時、タイミング悪くチャイムが鳴り三人は一旦解散となった。


放課後体育舘に集まった三人は、館内一面に張り出された風景画を眺めていた。


「ええな~、俺達は表舞台におらんからな~」


金賞の風景画を見て健太がつぶやく。


「人にはそれぞれ輝く所が有りますからね」


健太の隣りに立つハカセは、風景画には興味なさそうに自分のノートを開き眺め始めている。


「マジで、どうしようかな~」

「難しいですね‥‥」


悩む二人の会話が聞こえる距離で、チビは自分の描いた風景画を探している。


「‥‥そうや!応援で勝負したら良いやん!」


突拍子もない健太の思いつきに「そんなの試合の邪魔になりますよ」と呆れ気味にハカセが答え、健太は再び頭を抱える。


「先生に頼めば良いじゃないですか、ブラスバンド部と合同で応援させてもらえるように」


もっともなハカセの意見に「あんな軟派な部と一緒はイヤやな!」と健太は頑として受け入れようとはしない。

ハカセは少し考えた後、健太の見つめていた金賞の風景画を見て「だったら他人の為に何かしたら表彰されて変わるかも知れないですよ」と思い付いたように答える。


「お~!ソレええやん!」


今にも飛び上がりそうな表情を健太はハカセに反す。


「後は誰の為に何をするか決めないといけないですね、もちろん表彰されそうな内容で!」

「表彰されそうな内容か~!じゃあ海岸のゴミ拾い!」


健太は案を考えながら自分の描いた風景画を探し始めている。


「三人だけでは表彰される迄に身体が持たないですよ」


健太の案をハカセは一応ノートに書き記すが、案1の記載した欄には×を付けている。


「駄目か~、じゃあ消防団!」

「そんな知識ありませんよ」


すかさずハカセは案2を記載して、その欄に×を付け足す。


「じゃあ、募金活動!」


健太は自信満々に答えるが「却下です!どの案も応援団と関係無いじゃないですか」とハカセは即答で×を追加する。


「え~?もう思い付かんわ~?」


お手上げ状態で諦め気味の健太に「だったら、誰を応援するかで考えてみたら良いんじゃないですか」とハカセが救いの手を差し延べる。


「お~、なるほど!じゃあ受験生とかどうやろ?」

「勉強の邪魔になるでしょう」


相変わらずハカセのノートには一向に○が付く気配が無い。


「解った!商店街や!」


健太は自分が描いた風景画を見つけ、その画の端に少しだけ有る町並みを指差した。


「なるほど、商店街復興ですか!それは良いかも知れないですね」


ハカセがノートに○を付けるよりも早く「しゃあ~!決定や~」と健太は大声で叫ぶ。


「ところで別件なのですが、何故休み時間に保健室ではなく、雰囲気の悪い3組に集まるのですか?」


ハカセの疑問に「えっ?チビがおるし、練習代わりやろ」と健太は驚き顔で答える。


「練習代わりって、どういう意味ですか?」


表情ひとつ変えずハカセは質問を続ける。


「まだ練習決まってなかったから、アウェーに慣れる練習やで!」

「アウェー過ぎですよ!てっきり守る為かと思ってましたよ」

「あぁ‥‥、そういう意味も有るかな」


いかにも合わせて答えた健太に、ハカセは思わず吹き出す。

一人会話に参加していなかったチビの隣りに二人が行くと、チビは嬉しそうに自分が描いた風景画を眺めていた。


「おぉ~!めっちゃ良いやん!」


受賞するでも無いチビの描いた風景画を見た健太は、思わず立ち止まり見とれている。

皮肉にも野球部を応援出来なくなった事を知った日に、チビが描いていた風景画は三人が校庭で野球部を応援している姿だった。

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