第28話<金賞の風景画>1

「今日からの練習方法はどうしますか?」


ハカセの質問に健太は「チビは団旗を守る役やから身体を鍛えなあかんな」といかにも団長ぶった仁王立ちで答える。

チビは突然任された団旗を照れ臭そうに見つめたまま頷き返す。


「じゃあ、今からみんなで腕立てや~!」

「えっ!全員ですか?」


ノートを開こうとしていたハカセの手が思わず止まる。


「もちろん!その後は腹筋とランニングやな!」


突拍子もない健太の提案に「それは冗談ですよね‥‥」と真顔で詰め寄るハカセ。


「冗談や!冗談!」


健太は笑ってごまかすが「団長が言うと冗談に聞こえませんよ」とハカセは疑いの眼差しを向けている。


「けど、どうしようかな‥‥」


まだ健太が決めかねていると「とりあえず練習方法を考えましょうか?」とハカセはノートを差し出した。


「じゃあ、ウサギ飛びはどうやろ?」


早速書き記す健太に「却下です!」と冷たく即答するハカセ。

一冊のノートに三人は肩を寄せ合い話し合うが、この日練習方法が決まる事はなかった。

連日基地での作戦会議も虚しく、まだ練習方法が決まらないまま数日後。


「せっかく太鼓借りたのにな~」


中々決まらない練習方法に、健太は教室の天井を見上げぼやく。


「急ぐ必要は無いですよ」


ハカセはなだめるが、健太はふて腐れた表情を返し続けている。

二人の会話を見守るように笑顔のチビ。

この頃から休み時間はチビのクラスに集まり、作戦会議をするのが恒例になっていた。


「あいつらうるさくね‥‥」


チビを良く思っていない数人のヒソヒソ話しが聞こえると、チビは静かに畏縮しているが「やっぱり、ウサギ飛びで良いやろ!」と健太は気にするそぶりも無く笑い声を響かしていた。


放課後いつものように基地に向かいグラウンドを歩く三人は、音楽室に集まるブラスバンド部員を見つめ立ち止まっていた。


「やはり人気が違いますね‥‥」


ハカセが見上げる先には、笑顔で音楽室に駆け込む生徒達。


「そうか~?たった八人位やん!」


強がってはいるが気になるのか、健太は音楽室から視線を逸らさない。


「でも倍以上か~!俺達はまだ練習方法すら決まってないからな‥‥」


ため息を漏らす健太。


「関係無いですよ!太鼓返してくれとは言われてないですし」


ハカセは肩に担いだ太鼓を笑顔で見せつける。


「そうや!今日は気分変えて練習見に行こう!」

「良いですね!」


目的の決まった三人が早足で歩き始めると、グラウンドにはブラスバンド部の練習音が響いていた。


弱小野球部が練習する運動場に移動した三人は、邪魔にならないように隅に陣取っている。


「お~!やっとるやっとる!」


響く打球の快音に、テンションが上がった健太は跳びはねている。


「やはりスポーツしている姿は見ていて気持ちいいですね」


ハカセが伸びやかに背筋を伸ばしていると「決めた~!練習は音合わせにしよう!」と健太は突然大声を出し脅かす。


「良いですね!それなら文句は無いですよ」


ハカセは冷静を装い眼鏡を掛け直し、チビは笑顔で頷く。


「そうと決まれば俺達も練習や!」


三人がその場から立ち去ろうとした時、駆け寄って来た野球部員が「ブラスバンド部出来たらしいけど一緒にやるんやんな?」と爽やかに尋ねる。


「一緒に?」


話しを理解出来ず健太は聞き返すが「あぁ‥‥、そうか、俺はお前達の応援の方が好きやで!」と説明にならない返答を返し、走り去って行った。


「今の聴いた?俺の声が届いている証!」


健太は格別の笑顔で左右に首を振り、二人が頷くのを確認する。


「さっきのは、どういう意味だったのでしょうか‥‥?」


考え込むハカセに「そのまんまやろ~!!」と健太は緩む口元を抑えられずに笑う。


「一緒に、の意味ですよ?」


ハカセの言葉を掻き消すタイミングで「これからも応援するで~!!」と健太は両手を振り、後ろ姿の野球部員を見送る。


「じゃあ、基地行くか~!」


今にも走り出しそうな健太を見つめハカセは「まあ良いですか‥‥」と小声で呟く。


慌ただしく基地に移動した三人は「早く!早く!」と健太に急かされ、それぽっく隣りに立ち並ぶ。

困惑した表情を浮かべて立つチビを気遣い、ハカセは「立ち位置は、こんな感じで良いですよね?」と説明を求める。


「オッケー!じゃあ俺が声出しで、ハカセが太鼓、チビは旗振りな!」


健太の珍しく団長らしい振る舞いに、ハカセは思わず拍手している。


「それでは3・3・7拍子で良いですね」

「まだ他に知らんしな~!」


健太がいつものように笑顔を返すとハカセが太鼓を叩きだし、三人揃っての練習が数日ぶりに再開した。


一度合わせ終わり、静まり帰る基地。


「どうですかね‥‥?」


叩き終えたハカセが聞くと「良いやん!絶対良いやろ!」と健太は二人の肩を抱く。


「じゃあ、もう一回や!」


再び急かす健太に「その前に注意点とかは無いですか?」とハカセは冷静に練習方法を分析しようとしている。


「そうやな~、ハカセはもっと大きな音で叩いて、チビはもっと大きく旗振るかな!」


健太は大袈裟な手振りと真顔で答えるが「なんだか大雑把な注意点ですね‥‥」とハカセは思わず笑い、チビも笑顔で頷いた。

この日の練習はこんな調子のまま笑顔が絶えず、三人の一日は終わっていた。


翌日の昼休み。

給食を早食いした健太は、3組の教室でチビと二人ハカセを待っていた。


「謎が解けましたよ!」


珍しく慌てて駆け付けるハカセに、健太は返事も返さず驚いてる。


「一緒にの意味ですよ!」


ハカセは語調を強めるが「一緒に?何ソレ?」と健太には全く思い当たる事が無い様子。

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