第23話<団長と説得力>3

半年前チビの転校初日は担任が名前を言い、一礼するだけのチビをクラスメートが無視する程ではなかった。

だが日が経つにつれて、先生の質問に返答しない事や、クラスメートが話し掛けても話せない事が積み重なり、クラスメート達は光久をからかうようになり始めていた。


そんな鬱屈した生活が続く中、ただ一人話し掛けてくれる女の子がナナだった。


「早く光久君、試合始まっちゃう」


チビ宅の玄関先で急かすナナに駆け寄るチビ。


「ナナちゃん今日はお願いね」


申し訳なさそうに頼むチビの母に、社交的な笑顔で応対するナナ。

二人は球場に向かうが、嬉しそうに先を歩くナナとは対照的に、チビは行き先に興味が無さそうにキョロキョロとよそ見をしている。


「お兄ちゃんが4番なの、すごいでしょ!」


自慢げに話すナナに、チビは無言のまま愛想笑いと会釈を繰り返していた。


「ほら~、見えてきた!」


ナナが指差した先の川原にはフェンスの無いグラウンドが広がっていて、今にも野球の試合が始まろうとしている。

嬉しそうにナナは川原を駆け降りて行くが、チビの足取りは重いままだった。


「お母さん~連れて来たよ」


応援席で待っていた母親にナナが駆け寄ると、チビは遠慮気味に離れた所に立っている。


「光久君も応援ヨロシクね!息子のチーム余り強くないから」


気兼ねして後列に座るチビにナナの母が笑顔でメガホンを手渡すと、チビは静かに会釈した。

この家族とチビは家が近所なだけの間柄だが、母親の人柄はそう感じさせない程親切だったからか、ナナもチビに優しかった。


「ほら試合始まるよ」


お茶を飲みくつろぐナナに母親が促すと「お兄ちゃん頑張れ~!」とナナは待ってましたと言わんばかりに声援を送る。

試合が始まり盛り上がり始める家族をチビは横目に見ながら、退屈そうに少ない観客達を眺めていた。

何故ならチビにとって試合の応援に参加しているのは、自分の状況で家族に心配を掛けない為だった。


試合は序盤から相手チームの猛攻撃が続き、攻撃が移っても応援席は静まり返っていたが「まだ始まったばっかりや!いけるぞ~!打て~!」とそれでも一人だけ諦めず応援をしていたのが、まだ知り合う前の健太だった。

前列で座る健太の隣りにはハカセが座っていて、この頃も変わらずノートにデータ取りをしている。

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