第16話<バット1本で解る事>4

「さあ大事な旗を、踏み付けたろうや!」


小憎らしい部員達の笑い声が響き。

相手の一人が立てかけた旗を手に取ろうとした時、背後から光久が飛び掛かった。


「痛って~!」


相手は倒れた姿勢のまま睨みを効かせているが、光久はオロオロと辺りを見回し気付いてもいない。

見た目弱々しい光久の意外な行動に、その場に居た全員が目を見開く。


「やってくれるやないか!」


立ち上がった相手が凄みを効かすが、光久は振り返りもせず何かを探している。


「オイッ無視か!こっち向けや!」


背を向けたままの光久の肩に相手が手を掛けた瞬間、振り向いた光久の手には健太のバットが握られていた。

動揺して立ち止まる相手に、光久は叫び声をあげがむしゃらにバットを振り回す。


「コイツ頭おかしいぞ!」


なんとか避けれた相手が後ずさりながら喚く。


「ヤバいぞアイツ‥‥」


ざわめくブラバン部員達にも、バットを振り上げた光久が襲い掛かろうとした時「バカは病院行ってこ~い」と部員達は捨て台詞を残し走り去って行った。

まだ息を荒げたままの光久にハカセは「ありがとうございます、おかげで助かりましたよ」と礼を言うが、光久は呆然と部員達が去って行った方角を見つめていた。


「彼のおかげで団旗守れましたね」


大事そうに団旗を拡げる健太の肩を軽く叩くハカセ。


「もう少し時間が有ったら、俺の拳が炸裂しとったけどな!」


拳を振り健太は強がっているが、小石につまづき慌てている。


「ところで光久君は最近ココによく来ますが、何か僕達に伝えたい事が有るのでは?」


ハカセの問いに光久は小さく頷く。


「やはり‥‥、休み時間に掲示板を見ていたのは光久君だったのですね」


一人で納得した様子のハカセとは対照的に、健太はオロオロと二人を見ている。


「では応援団に入りたいという事ですね?」


ハカセの問いに満面の笑みで頷く光久。


「でも喋れんのじゃなかったか?」


光久は首を横に振るが、変わらず一言も喋らないままでいた。


「じゃあ、喋れるんや!」


健太は期待で瞳を輝かすが、再び首を横に振る光久。


「アカンやん!どっちやねん!」


意味不明な光久の言動に健太がキレかけていると「一時的とか精神的に喋れなくなっているのではないでしょうか」と助け舟を渡すハカセ。


「声出せれんのに応援団って、無理やろ!」


入団させるのを諦めたかの様子でソファーに座る健太に「彼の気持ちは応援してあげないのですか?」とペンを手渡すハカセ。

無言でペンを受け取った健太に、期待するハカセと困惑する光久の視線が刺さる。

考え込むように足元を見つめていた健太は「俺を誰やと思ってんねん、団長やぞ!応援したるに決まっとるやろ!」と立ち上がり団旗を手に取った。


「では入団決定ですね!」


嬉しそうに笑顔を見合わせるハカセと光久に「バット1本で解る事有ったやろ!」と健太は思い出したように笑った。

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