第79話 王都side ヒルウィレム始末

王都、城中。

カルテの執務室の周囲は城中でも殺風景で味気ない場所として有名だ。

華燭の調達、設置は殿中省の役人が担うが、慣習として大臣の執務室や御用部屋の付近の蝋燭ないし電光石はそれぞれの大臣、部屋頭が自腹で調達することになっている。

カルテは香料が含まれる高級蝋燭などには目もくれないし、何なら室内の机上の灯り以外はそこまで重要でないと考えている。せっかく崇めているのだから月明りででも代用すればいいではないか。

周囲からは貯め込むだけ貯め込むしわい屋と陰口をたたかれている。


「涜職卿の部屋には羽虫も寄り付かぬ」


そう放言する輩もいた。むろん気にすることなどない。

さて、まだ日は高く蝋燭の用もない午後四時頃。

カルテの執務室に、苦虫を噛み潰して嚥下したような渋い顔のヒルウィレムがいた。

突然の呼び出しに応じて早馬で駆けて城内へ急行。ヒルウィレムといえどもカルテの呼び出しを無視するわけにはいかない。

夕陽は入道雲に遮られて、地上には温気だけが伝わる。

別荘の快適な空調を懐かしく思いながら、カルテの口上を待った。


「カルテ様。防壁が間もなく完成しようという暁に、何事ですかな」


苛立っている。ディアルならともかく今までほぼ接触がなかったカルテが口を出してきたことに訝しみを感じているのだ。


(まさかこの期に及んでうまい汁を吸わせろというわけでもないだろうが……)


苛立ちを無視し、カルテはいくつかの資料を手にしてヒルウィレムに向き合う。


「ヒルウィレム殿。………ヘラ・クスクスは死んだぞ」

「……ッ」


その一言で蒸し暑い室内が、氷室に閉じ込められたように寒くなる。

カルテは無造作に手にしていた紙束を放った。膝上に落ちたそれを拾って読む。

紙をめくる指が、紙数を重ねるごとに震えが酷くなる。


「これは……ヘラを始末し奪ったのか…越権ですぞ」

「その言葉、お主にだけは言われたくない」


篤哉がアーシャウモやヘラと戦っている間に、フウラが家宅に侵入し奪ったものだ。

そこで見つけた奴隷の契約書は腹が立ったので火をつけて窓からばらまいたが、いくつかの重要資料は大事に懐に収めた。

例えば、ヘラとヒルウィレムの密約書。

不正な金の流れや、お互いの要求が記された書簡。


「そして、これも見つかった」


カルテはもう一束取り出す。茶けた紙は、とある人物からヒルウィレムに指示を出す手紙だ。念のため宛先はヘラになっている。


「ふむ……”箆角党、最早我らが意を外れたり。早急に鏖殺すべし。御前様の意図と心得て万事抜かりなきように”……流石に差出人の名前はないな」

「……山賊を皆殺しにしただけですぞ。北の地の差配はこの私に一任されておるのです」

「それは構わぬ。だが、人攫いの口封じとは王権を発動するに足りる事柄ではない」


筋書きはこうだ。

ヒルウィレム・ケインは国防工事総監の職に就いたとき、人材の確保のためにヘラ・クスクスに接触した。もともと普請局時代に付き合いがあった二人は、総監になるにあたりひとついい儲け話を企てた。

ヘラはあちこちで違法奴隷をこしらえては違法なルートで売りさばいていたが、北部はあまりいい稼ぎ場所でなかった。ケリウィズ関山のせいだ。あそこの調べは厳しく、おまけに賄賂も効きにくいと評判であった。

手が出なかった北部に毒牙をかけるいい機会が、ヒルウィレムの総監就任だ。

北部で絶対的な権力を振るえる立場についた彼を取り込めば、防壁が完成するまで吸い続けられる。正式に決定するまでに、ヘラは地元の山賊やならず者に人攫いを仕込んでいた。篦角党も大目玉のビルファスもそうだ。

王都にも協力者がいる。

一人はヒルウィレムの元部下であるリーファル・ザルクエイ。普請局で後釜に座った男だ。北部からの使者はリーファルに報告して、しかるべきところに伝わるようになっている。既にリーファルは捕らえてバニリスが尋問している最中だ。ヒルウィレムが認めるだけあり、文官の癖に責めに耐えて割れた黒縁眼鏡と腫れた顔で不適に笑んでいる。

もう一人、いや一組織なのだが、今回のもう片方の黒幕と言えるものがあった。


「掴んでいるのか……なら話は早い。カルテ殿、対抗するより恩を売った方が賢いのは明白でしょう。何せ」

「戯けが!国民を金に換えられるものか」

「何を…」


カルテの怒りが爆ぜた。

年相応に筋張った手がヒルウィレムの胸ぐらを掴み上げる。

鬼も逃げ出すような迫力だ。ヒルウィレムとあろうものが一瞬で飲まれてしまう。

手を離すと、足がクラゲのように骨抜きになり尻もちをつく。


「お主はもう終いだ。ワシの手の者から、北部の惨状は事細かく伝わっておる。職務怠慢だけでも首を飛ばすには十分だ。それに加えて奴隷商人と手を組み、人攫いの活動を黙認するとは言語道断。ワーテルローのレイク殿の証言もある」

「それを信じるのですか…」

「不足か?仮にも伯爵領の上級家臣の証言だ。それに、もう一人証言者もいる」


そう言って、またもや紙を取り出した。こちらは新しい物のようで白く、束ではなく一枚の手紙であった。篤哉とは別に鳩屋で送られてきた物だ。


「お主はヘラばかり優遇しすぎたな」


差出人は材木商、レクシーミル・ウラヌス。

チャレスフでがっぽり儲けるはずが、ヒルウィレムはヘラにかかりっきりで思うように動けない。更に無駄に近すぎて秘密を知る者ということで外出もままならない半軟禁生活を送っていた。

ヘラとロベルトの死で自由になったレクシーミルはすぐにカルテに連絡した。ヒルウィレムがディアル派であったため、その対抗馬として認識されているカルテに悪事を並べ立てた手紙を送ったのだ。


「密偵の報告、レイク殿の証言、国家御用達商人の手紙……他にも付け足そうと思えば候補はある。いかがか?」


毒の料理を勧めるように言う。

最早逃げ果せる目途はない。

ヒルウィレムは尻もちをついた姿勢のまま、手を地について降参した。


「恐れ、入りました」


その言葉が合図になり、経検長バニリスが部屋の中に飛び込んだ。他数名の捕り方がヒルウィレムを縛り上げる。

臨時的に王権すら持つ総監から執行を待つ大罪人に変わる瞬間であった。

連行する前に、バニリスはカルテに体を寄せて耳打ちする。


「リーファルがとうとう白状しました。完全に裏付けが取れたことになります。ヘラの王都宅の捜索も順調です」

「うまく計らえ。……例の黒幕はどうだ」

「……申し訳ありません。大臣まで手が回りそうも……」

「今しばらく泳がせておけ。末端狩りも大事だが、これは大本から滅殺せねばならないことだ」


頷いたバニリスは麻縄で雁字搦めにされたヒルウィレムを、犬でも引くように連行していった。


これで終わったわけではない。だが、確かに足跡を残して進んでいるのが実感できた。

馬庭篤哉の力だ。突如理不尽極まりない召喚を受け、勝手に不適合とされた少年。

勇者が国を救う者であるのなら、不適合であるはずがない。北の大地に巣食う魔物を退治したではないか。


馬庭篤哉は私兵ゆうしゃである。

夕焼けに朱く染まる入道雲とより深くなる夏の色を窓越しに睨みながら、カルテは若き私兵と密偵の帰還を思い望んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る