第72話 白い街と極彩の人

最高の宿での一泊からすでに半日過ぎた。

篤哉はカヴィネシアの峰から視線を外した。耳障りな放埓な声が聞こえて顔を向ける。

篤哉とフウラは眉を顰めた。人攫いの類ではない。いや、それらがどういった人種に分類されるか、篤哉は知らなかった。

三人の男と一人の女だ。髪の色は男が光の三原色。つまり赤、青、緑だ。女は髪の色こそ黒々としているが、顔に赤い斑点をつけてテントウムシの背中のようになっていた。

服装も夜見たら光っているのではないかという蛍光色。個人の趣味を否定するのはよろしくないが、否定したくなる気持ちも否定できない恰好であった。

そのことは本人も意識しているらしく、篤哉の視線を避けるように孔雀模様の扇子で顔を隠しながら気を散らすように仲間内で話している。


「おいおい、いつまでこんなキテレツな格好してりゃいいんだ?見世物小屋の珍獣になった気分だぜ」

「珍獣も俺たち見たら舞台を譲るだろうなあ……」

「馬鹿ね、珍獣がいるのは舞台じゃなくて檻よ、お・り」

「でもよお、珍獣であるうちは飯と屋根には不自由しねえぞ」

「だな。この格好してるだけで税金免除だってんだから領主さまの気が知れないや」

「なんだっけ?ええと、たしか」

「【芸人優遇条例】ね……暮らしは楽だけど嫌になっちゃうわ。化粧が焼け付いて肌がかさかさになってきちゃった」

「シェル姉さんはもとがいいからましじゃねえか、おいらの手の甲なんかもうパリパリだよ」

「こりゃ手の甲じゃなくて亀の甲だ」


げっははは、と大声で笑う。

四人はどこへ向かうのだろうか。口ぶりからしてマケリアに滞在しているらしい。芸術狂いの殿様の話も気になるが、まずはヘラの足跡を探すべし。

しかし、この道をまっすぐ進むと一度マケリアの都市内に入るはずだ。


「マケリアにはあんなのがうようよいるのか」

「迂回できないかな」

「さあな。わざわざ道から離れることも無いだろ。熱帯魚の水槽に迷い込んだと思えばいい」


そうはいっても、気後れしてしまう。

そうこうしているうちに、マケリアの壁が見えてきた。

王都の防壁は灰色だった。

遠くに見える国境の大防壁は真っ黒だ。

マケリアの防壁はと言うと、乳白色だった。白亜とまではいかないが、遠目には十分に白さ耀いて見える。元から白い石材を用いているのか、塗料で染色したのかはここからだとわからない。

派手な色をまぜこぜしなくても、十分美しいじゃないか。

キロスケルには一度偏りない目線で館の窓から世界を眺めてもらいたいものだ。篤哉はそう思った。


「頼むから、近くに行ったらパンクな落書きだらけとかやめてくれよ……」

「それはなさそう」


篤哉よりも視力がいいフウラが言った。

その白壁との距離が縮まっていく。落日の前に、赤樫造の門前にたどり着いた。


「待て。市民か、領民か、旅人か?」

「旅人です」


門番に誰何された。灰色の制服を着た兵卒だ。門番まで金ぴかの鎧を着ていたらと内心恐れていたのでほっとする。


「市内にとどまる予定はあるか?」

「日も暮れかかっているので一泊だけ。明朝発つ予定です」

「それならこの手形を持っていきなさい」


緑色の色紙を渡された。文字が書いてあるが、例のごとく読めない。だが最近になってどんな文字があるかは何となくつかめてきた。屋敷に戻ったらセルビアにでも教えてもらおうか。


「もし二泊以上する場合には役所に申し出るように。手形にも種類があるのでな」

「わかりました」

「では通れ……変な奴がいても気にするなよ」


当人が一番気にしている様子だ。色物が闊歩し始めてからまだそこまで時間は流れていないようだ。

門を通り抜けて、首都に入った。


「おおおお……おぉ」

「うん…う」


前半の感激は、その美しい景観に対してだ。白い。塗料ではなく、白い石が産出するのだろう、民家も商家も白かった。フリヒリアナはこんな感じなのだろうか。これだけで十分に美しかった。

後半の絶句は、白い建造物の前の往来を行き来する極彩だ。

篤哉が感じた強烈な違和感をどう表現すればいいか。フリヒリアナの住民がガーナの民族衣装のケンテを着ているような。日本で言うなら根雪の白川郷の合掌造りの前で、原宿から抜け出してきた若者がハンバーガーを食べているような。


「ちょっとどいてくださいよ~」


荷車を押している若者は全身病人のような青色だ。ケンテの青色は調和を表すらしいが、彼の青は何を表すのだろう。混沌か。


「フウラ。やることはわかってるな?」

「うん。まともな宿を探す。手分けする?」

「うーむ」


はぐれるといけないので近い地域で手分けすることにした。

昨晩のような宿を求めるつもりはない。でも、行く先々でエメラルドみたいにギラギラ光るスープが夕食に出ていたり、丑の刻参りのような槌音が始終聞こえていたりと安息できそうな場所はなかなか見つからなかった。


「もう暗いな…あんまり文句ばっかし言ってられないか」


次の宿で決まらなかったら、そこらの軒先を借りようと決めた。幸い夏だ。二人とも丈夫だし風ををひくことも無いだろう。

足を止めて、フウラが出てくるのを待つ。朗報を期待しながら呆けていると、向かいの酒屋からなにやら疲れ果てた声が聞こえてきた。


「ちょっと勝手なことされちゃ困りますよ」

「だってなあ。領主様が欲しいって言うんだから、用立てるしかないじゃねえか」

「そりゃあんたはそれでいいかもしれないけどね、その用立てた酒で迷惑を被るのは屋敷内の人間である私たちなんですよ」

「そりゃご苦労なこって」

「全く、暖簾に腕押しなんだから…殿も、酒とわけのわからん嗜好がなければ悪くない御気性なんだけどなあ」

「ちっ。店ん中でため息なんてつくなよな。どうだ、いるか?」

「私にまで酒ですか………いただきますかね」


なんだかんだで平和なようだ。カルテの調べによるとキロスケルは芸術嗜好絡みで女中を一人死に至らしめたとある。真偽は定かではないが、今すぐに定かにせねばならないほど切迫したものを、この城壁内に感じることはなかった。


「あつや」

「ん?」


横からフウラが声をかけた。晴れやかな顔は、いい宿屋が見つかったらしい。


「客は他に一組しかいない。夕飯はとりにくだった」

「そりゃよかったな」


激しい立ち回りをしたわけでもないのになぜかすごく疲れてしまった。夕飯も程々に、さっさと横になろう。

マケリアから真東に二日ほど歩けばボゥ・ズレベシャだ。チャレスフの観光名所。そして、ヒルウィレムの別宅がある場所。ヘラの番頭も見えたというし、一網打尽にする機会もあるかもしれない。


とりにくがまともな色をしていますようにと願を掛けながら、白い建物に入った。

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