第68話 鉄の竹

木の根が逆さまに天を向いて、細い道は土砂に埋め尽くされていた。湿り気を帯びた土を跳ねさせて、土色の手が突きだされた。正者への嫉妬と復讐に燃える妄屍ゾンビでも瘴死骸グールでもなく、ハンに生き埋めにされた賊の下っ端であった。下っ端の中でも更に下っ端で、賊の中でもあまりやる気がない部類の男だ。やる気がないので、殿の中でもとりわけ歩速が緩慢で、それゆえ深くまで埋まらずに済んだ。もう少し速く走っていたら地面から這い出ることはできなかっただろう。


「うぅ……あちぃ」


太陽はじりじりと肌をトーストのように焼くし、地面から湧き上がる蒸気が含む熱は容赦ない。


「おーい。誰か生きてるやつぁいないか」


叫ぶと、帰ってくる声があった。下っ端仲間だ。一足早く抜け出したようで、前進泥まみれながらも大怪我はしていないようだ。


「どろどろだな」

「全くだぜ……あの狐野郎、ひでえことしやがる」

「おい、やめ……あ、もういいのか」


どこでハンが聞き耳立てているかわからない。そう思って制止しようとしたがお頭ともども王領へ逃げたのだと思い出す。まさか既に骸になっているとは思いもしない。

そんな事より、今恐れるべきはイラカから追手が差し向けられることだ。

幸い、少しだけ進めば王領に出る。足にけがはないし、二人は声も交わさずにのろのろ歩を進め始めた。堆積した土砂の山を踏み越える気は湧かない。仮にもしばらく寝食を共にした仲間が埋まっている土の上を平気で歩けるほど二人は大物ではなかった。なにせ下っ端なのだ。


細い道を引き返すと、右側には薄が茂る叢がある。今は夏真っ盛りなので青々としているが、秋になれば歌うように風に揺れ、なんとも風情がある。二人はその薄野の中を突っ切り、その奥の林に入って行った。この林を四十分も歩けば王領に出る。ならず者が関所を超えるのは難しいので、王領の更に西側、弱小貴族の治める地域に隠れていようと考える。


「おい、いきなり止まるなよ」

「悪い。でもよ、あそこに人影が」

「な!残党狩りの兵か?」


だが、兵士ならば一人で行動しているというのは奇怪だ。

その人物は近づいてきた。顔に見覚えがある。

確か、「あの方」が初めて根城を訪れた時に案内として来ていた。名前は何と言ったっけ。

仲間が、うかつにも声をかけた。見覚えがあったので味方だと思ったのだ。


「おーい、確かあんたは」

「無礼な」


問答無用。爆竹が破裂したような音が響いて、頭が木通あけびのように割れた。赤い果汁が飛ぶ。


「ほう……ヘラから送られたこの魔法具、使えるな。下賤な血で服を汚さずに済む」

「あ、あんたは……」


怜悧で酷薄そうな目が、すうっと男を睨む。薄い唇や眉毛は出自がそこらの民家ではないことがうかがえる。

加速器を取り付けた、鉄の弾を射出して攻撃する凶悪な魔法具【鉄の竹アイロンバースター】。爆竹のような音からその名前がついた恐ろしい武器は、セグメントの闇商人からヘラが仕入れたものだ。

その筒口を金縛りにあったように動かない男へ向けて、死の宣告。


「お前のような小者が何かできるとは思えないが、その軽い口で何を言いふらすかわかったものではない。この地に汚い骨を埋めてしまえ」

「い、嫌だ…しにたくねえ」

「お前の意思など知らぬわ。所詮はお前らも奴隷と同じ、蟻にすぎん。働けぬ蟻は、死あるのみだ。このロベルト自ら虫けらに引導を渡してやるのだ、ありがたく思え」


再び爆竹が爆ぜた。鉄は一瞬で男の額を無残に砕き、背後の木の幹に食い込んだ。

ロベルトは、手首をぷらぷらさせながら、


「反動が強すぎるな…もう少し優しくできないものか」


と文句をつけ、始末を終えて領内に戻った。


「全く、イラカを見張っていてよかった……しかし馬庭篤哉とかいう男、そろそろ始末せねばな……ヒルウィレム様とも相談せねば」

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