第7話 醜い者、美しい物

儀式が終わると、ヴィスタリアに先導されて新勇者たちが退場した。

続いて、国王が厳かに降段し人垣の中を通って退場、人垣もその形を変え王を護衛しながら去った。

王子王女も続く。大臣列の横を通る際、三人は篤哉に興味深げな視線を向けた。


その後、大臣たちが各々帰っていく。これは特に順番が決められているわけではなく、そそくさと出ていく者もいれば数人で固まって雑談している者もいる。


(放課後の教室みたいだな)


場違いな感想を抱いてると、横から声がかかった。


「行くぞ。ここにいても時間の無駄だ。色々と話さなければならぬ」


話さなければならないのは確かだ。篤哉には、今自分が置かれている状況もこれからどういう扱いを受けるのかも正確に理解していない。身柄がカルテに預けられたらしいが、それが大臣の陪臣になったのか奴隷のような扱いなのか、それすらわからない。私兵と表現されていたが、それがどのような立場なのかまでは判断できないのだ。


退室しようとすると、大扉の前で屯していた五人の男が視線を向けてきた。

その中の一人、くすんだ赤毛の初老の男性が話しかけてきた。


「これはディスハーバー殿。お目にかかるのは久しぶりでしたな。無沙汰の侘びも挨拶もまだでしたので、お声をかけさせてもらいましたよ」


慇懃な態度で下手に構える男。口元には薄く笑みを浮かべているが、目は笑っていない。カルテの目を怜悧と表現するならば、この男の茶色の瞳は狡猾、なんとも油断がならないと篤哉は感じた。

周りの四人も順に、形ばかりの辞令を交わす。


「痛み入ります」


対するカルテは、口にすら笑みを浮かべず、一言返したのみである。同格とはいえ、あまりに失礼な態度だ。

取り巻きの一人、見事に腹も頬も肥えた醜貌の男がその態度を婉曲に詰る。


「おや、カルテ殿はお加減がよろしくないのかな?ぶふふ、だいぶんお急ぎのご様子ですが……」

「いえ。御心配には及びませぬ」

「むふ、左様ですかな」

「では」


皮肉も意に介さずに場を後にしようとする二人に、肥満男は気色悪く喉を鳴らして嗤った。


「戦役の時世、軍費の調達に負債の管理。経済相の業務は多忙ですからな、体の加減も悪くなるのでしょう。ぶはは」

「それに、【涜職卿】としての仕事も忙しいようですぞ。何せ贔屓にしていた商家が潰れたそうで、献金も滞りがちだとか」

「金は天下の回りものじゃ、痩せ鷲一匹の元にだけ集まってたまるか」

「ディアル様が王府の首位に成り代わる日も遠くはありませんな。その時にはこの私めのことをお忘れなきよう」


赤毛の男に集る権力の亡者ども。

余りに不快なので、篤哉は彼らの声を耳に入れないように蓋をした。



******************


「………」


互いに無言で、廊下を歩く。等間隔で壁に燭台が並び、灯が視界を確保している。

先ほどの耳障りな喧騒は消え去り、音という物音は殆どない。赤い毛氈に沿って歩いているため跫音も無く、二人の息遣いと蝋燭の炎が弾ける音のみがその空間に存在していた。

カルテは何も言わずにずんずん歩いていく。数分まっすぐ歩いた後、カルテは急に左手に曲がった。後を追い、扉を抜けると茜色の光が篤哉の視神経を刺激してきた。

黄昏というにはまだ早い、目に鮮やかな夕焼け。

篤哉は渡り廊下に出たのだ。

召喚されたのは五限目の途中で十三時ごろだった。体感的には三時間ほど、今の時刻は十六時前後と推測した。白い空間にどれだけの時間いたのかがわからないし、そもそもこの世界と日本の時間が同期しているかもわからないが。


「おお……」


時間なんて些細なことだ。

高みから見る街並み、城壁、山。それら全てを燃やさんとするかのように、鮮烈な斜暉しゃきが景観を染め上げる。


美しい。ヴィスタリアにも引けをとらない美しさだ。

人間の美に執着のない篤哉にとって、こういった景色こそが心を動かす美の波動だった。


「美しいと思うか」


手すりに手を預け目を奪われていた篤哉に、カルテが語り掛ける。

先ほどまでの無機質で冷徹な声ではなく、僅かながら温度のこもった声だ。


「はい。これは良いものですねえ、薄暗いところにいたからなおさら」


篤哉は視線をそらさず、正直に答えた。


「あの儀式は月の光見たさに行っているものだからな。光量は絞られている。わが国では月を崇めている故の慣習だが、無駄な時間よ。勇者の力とは何のかかわりもない」

「へえ。何でしたっけ、【清月教】?とかいってましたね」

「ああ。あれの説明は後でしよう」

「月か。日本にも中秋の月見とかそういった行事があるし崇めたくなるのもわかるけどな。こうやってみると太陽ってのも乙なものだよなあ」


何気ないその発言に、カルテは釘をさす。


「その言葉は、人前で言わないほうがいい。この国の者は皆太陽を嫌い憎んでおる。ほれ、みろあの旗を」


そう言って指さした先には、城の尖塔の頂にはためく黄昏色の旗。あしらわれているのはハープを掲げた女性の図、背景には満月と思われる円。


「描かれているのは月の神クラナド……そして旗の色が暗いだろう。あれは、黄昏の色だ。太陽が地に沈み、神の象徴である月が支配する時間がやってくる、その前兆。国民は毎晩、この時刻に神への感謝を捧げるのだ。太陽への罵倒とともに、だ」

「そりゃまた徹底的に嫌ったもんだな」


宗教なんてそんなものだと思う一方で、熱やエネルギーを感じ取りやすい太陽ではなく非活動時間帯の天体であり、太陽よりも下に見られがちな月が最高位を占める宗教というのも気になった。篤哉の世界では、太陽神が絶対神というのはあっても月の神が、というのは聞いたことがない。セレネもアルテミスも、高位だが最高とは言えない。


興味がわき説明を求めようとしたが、カルテが先に発言した。


「冷えてきた。続きはワシの執務室で放そう」

「そうですね」


この風景から目を離すのは惜しいが、今は重要事項が山積みだ。

手すりから手を放し、渡り廊下を再び歩き始める。


二人の姿が神殿から王宮に消えるまで、斜曛しゃくんがその姿を燃やし続けたのであった。




****************


補足


篤哉くんの言葉遣いが相変わらず安定しませんが、この話のように美しい物を見て素直な心持ちの時はかなり丁寧に、醜い人間に放つ言葉や心の声はい毒のある敬語もどき。カルテに対する言葉も丁寧だったりタメだったり。口調を安定させない事で気持ちの動きを表そうとしているのですが、キャラブレのように見えるのでここで弁解させてください。そういうキャラなのです。

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