第6話 経済大臣 カルテ・ディスハーバー

凍り付いた場。


氷点下となった空気は、野太い怒声により灼熱の怒りと変わる。


「おい!あの男を取り押さえろ!」


命じたのはゴージェスタ大司祭だ。何段にもたるんだ顎を震わせ、近くの兵士に命令した。

兵士は咄嗟には動けない。人垣を作っている兵士はネイビス王の近衛兵、王以外の命令で動くことはできない。

躊躇している兵士に、躍起になり怒鳴りつけるも意味がないと知るやネイビス王に訴え始めた。


「陛下、勇者不適合とは月の神に見放された大罪人、この神聖な場に置くにはあまりにも異質な存在です!即座に外に連れ出し、処刑すべきかと進言申し上げます!」


進言というが、恫喝のような響きである。

ネイビス王は眉を顰めたが、下段の子らに意見を求める視線を送った。


第一王子・クラリスは

「事情もあります、勇者であることを秘匿する条件で寛大な処置を施すべきかと」

と穏便に。


第二王子・ウルバニウスは

「父上、我が国には不穏分子を置いている余裕はありません!処刑か、少なくとも国外に追放すべきです」

と強硬な。


王女・クレメリアは

「まずは事情を確認するべきです。今ここで判断を下すのは性急と思います」

と慎重派。


王が三人に相談するとき、意見は決まってこのようにわかれる。

一番もっともだと思うものを、ネイビス王が判断するのだ。


しかし、この時は三人以外、もっと下の段より声が上がった。



「王よ、発言をお許しください!」


立ち上がったのは、先ほど篤哉と視線を交わした男。

視線は鏃のように受ける者を射貫き、唇も眉も薄い。怜悧な能吏という印象を与える老人の発言に場はさらに困惑した。


「カルテ殿、僭越が過ぎますぞ……」

「いいさ、やらせておきなさい。あれで陛下の怒りに触れればめでたいことではないか」


意に介さず上段の方に向き直り、片膝をついたまま首を垂れる。


「経済大臣、カルテ・ディスハーバーだったか。……よかろう。面を上げ、進言を赦す」

「ははぁ!」


面を上げたカルテが話しだす。


「この者、勇者不適合者なれば勇者として国防に当たらせるわけにはいきませぬ。さりとて、追放に処すれば外部で何を言いふらすやもしれず、処刑してしまえば後腐れが残ります」

「で、あるな。して、汝の進言とはいかなるものか」

「はは。この者、私めに預けていただくことを御許しいただきたく」

「なに」


ひそひそ声が、下段で沸き起こる。


「あの男、何のつもりだ」

「最近落ち目じゃからのう。私兵の一人でも欲しいんじゃろうよ」

「凋落した【涜職卿】の腹心は【爪弾き勇者】か。これは傑作じゃあ」


揶揄の声は篤哉のもとにも聞こえてきた。耳が人一倍いいのだ。普段は聞きたくない情報はシャットアウトしているが、小さな囁き声も逃さない聴力を持っている。


(俺を子飼いの犬にするつもりなのか。……悪くはないな)


篤哉は人の下につくことを拒む矜持は持っていない。今は誰かの庇護を受けられるというのはこの上なくありがたい話だ。ましてや大臣クラスの人物ならば、尚更。



ネイビス王は目を細め熟考していた。数十秒の、重苦しい静寂。





「赦す。その者の処遇を汝に委ねる」


王が放った決定は、カルテの意をくむものだった。


「な、なりませぬぞ、陛下!その決断は月の神の意思に反します」

「神の意思はもちろん、家臣一人に強力な私兵をお賜りになっては示しがつきません!」

「私めも、僭越ながらご翻意を願い奉り……」



「控えろ」


鶴の一声、というにはあまりに重く厳しく冷たい命令。その一言は、その他の全ての声を封じ込める。国王の言葉が【国の声】と呼ばれる所以だ。

他人の権利を望まない官僚も、欲の矛を収め引き下がらざるを得ない。


カルテは同僚の情けない姿など見飽きたと言わんばかりに顔をしかめ、王への礼を述べた。


王の合図で篤哉はカルテの前に連行され、座らされた。


「お主の名は」

「……馬庭篤哉」

「そうか。お主の身柄はワシが預かった。儀式が終わったらワシについてこい」

「了解……じゃあ、とりあえず放して貰っていいですかね?」


連れて来られたといっても大分無理な姿勢で押さえつけられる形になっている。

カルテが顎で指図すると、兵士が拘束を解いた。少し不満げなのは、命令が王によるものではないからだろうか。


その後、出席番号三十六番・鹿路星ろくろひかりが拝命を受け、神聖な儀式は終わった。

大分しこりを残したものの、黒星が二人いる時点で召喚としては大成功。一人くらい不適合者が脱落したとて魔王との戦いには支障はない。


「今回は他国の勇者に遅れを取るようなことはないでしょうな」

「それはもう。もしかしたら我が国が討伐の誉れをえることも夢ではありませぬぞ」

「そうなれば我々も鼻が高いというもの。カルテ殿もこのようなときにまで私兵集めとは意地汚いことよ」

「ふん。全く、汚職大臣が偉そうにしおって……」


儀式が終わるまで、篤哉はカルテの隣で推移を見物していた。背後のやっかみの会話もすべて聞こえている。


「こりゃあ正解を引いたな」

「何か言ったか」

「いえ」

「部屋を出るまで無駄口は慎め」


冷たい言葉を吐きかけてくる大臣。

涜職卿などと呼ばれているようだがとてもそのような人物とは思えなかった。



少なくとも、今はこの人に縋るのが最適だろう。信用できるかはわからないが、それだけの価値がある人物と印象を受けた。





なにより、篤哉はこの短い時間で、既にこの王国に仕えるのが嫌になった。


(こりゃあ、病原菌が多すぎる。魔王云々がなくてもこの国は長くないだろうな。まだ陪臣の方がましだ)

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