第8話 不信の根拠

「篤哉。お主にはワシの股肱となってもらう」


執務室と呼ばれた部屋の中、灰色のソファに座り固い背もたれに体を預けながら、篤哉はカルテと対面している。

第一声が、先の発言だ。


「股肱?手先になれって話か、そうか。……受けますよ」

「ほう」


余りに軽く即決した様子に驚くカルテ。


「迷う道はありゃしないですからね。少なくとも「あっち側」についてるよりマシだろうし」

「……」


カルテの目が、再びあの値踏みするような視線に変わる。

少し顎鬚をいじった後、手を膝に置いて聞いた。


「あの場で不適合だと暴露したのは、国のもとで働きたくないからか」

「そうですよ」

「なぜだ」

「信用ならないからですよ」


事も無げに言い捨てる。

カルテは再び顎鬚を指でもてあそび、探るような目つきで見る。


「何に不信を抱いたのだ」

「いろいろありますけど、まずはあの大司祭ですね。あの頭陀袋みたいな腹と頬、かなり不摂生な生活をしてますね。他の神官はあれほどだらしない体形をしてなかったし、上層部が暴食するような宗教はロクなもんじゃないですから」


逆にヴィスタリア特別司祭。完璧ともいえる美貌を保っていたが、あれは文字通り特別な例外なのか、大司祭が特別だらしないのか。それは判断がつかなかったが、篤哉が一番気に入らなかったのは大司祭の目だ。


「ヴィスタリアって人、確かに相当な美人でしたけど、あの男の視線はいただけなかったですね。蟻の門渡りみたいに視線が胸と腰を行ったり来たり……ロクな奴じゃないですよ」


教会の幹部の一人を助平爺とこき下ろすその胆力と確かな観察眼に、深く感心したように頷くカルテ。

事実、国の教会の中でも二番目に高い権威を持つ大司祭:シュレイク・ゴージェスタという人物は食道楽と愛妾通いに精を出す遊び人で、仕事は自分の秘書ともう一人の大司祭にすべて丸投げしていた。

なお清月教はアジェル王国を含め近隣三国で国教とされており、総本山は隣国:フィベリアにある。国内の教会は王国内の【イリーシャ城】と呼ばれる城を拠点としており、王都内の教会は派出所のような扱いだ。

ゴージェスタはその国内各地の派出所の管理を任されているのだが、その役目が果たされている様子はなく各地でいざこざが絶えないと聞く。


「まあそんなところでしょうね」


篤哉は相槌を打ちながらも気怠い表情をさらに曇らせる。宗教は一旦腐ると始末が悪い。その腐った果実をを神の恩恵と嘯いて貪るようになれば邪教の出来上がりだ。


「皆が状況に戸惑い与えられたスキルに一喜一憂しているさなかでここまで観察するとは……ワシの眼鏡に狂いはなかった」


頻りに感心するカルテに、篤哉はさらに続ける。


「体形っていうなら、あの場にいた大臣の半分が弾かれますね。あれは……」

「待て。そのとってつけたような敬語は不要だ。違和感がある」

「そうか。正直俺もきつかった」

「お主の敬語はなぜかとても癇に障る」

「普段からそういう使い方しかしてないからな…」

「……すまん、話の腰を折った。続けていい」

「ああ。大臣、特に部屋を出ようとしたときに話しかけてきたあの赤毛の奴。あれはまともななりだったけど、取り巻きが酷かったな。大司祭とは違って、頬も腹もぱんぱんに膨らんで張ってた。暴食、それも四六時中何かを食ってるやつらだな」

「………」


赤毛の男、司法大臣:ディアル・ラグランジュはカルテと共に王府の最高権威として国政を司っている。

人心掌握に長け、容赦なく政敵を排除する冷徹さと、それでいて時折滲みだす人の良さで王府内に最大派閥を作った出世頭。いくつかの貴族とも関係を築きその辣腕と端役人からの異例の出世から、【鷹の爪持つ隼】とあだ名されている。


「あの取り巻き四人は【隼四天王】などと恥ずかしげもなく名乗っておる。ディアル殿が考えたとも思えん、勝手に吹聴しているだけだろう。推察通り、一日のうち空腹を感じる時間が一秒たりともないような生活を送る奴共だ」

「あれがあんたの一番の政敵ってことか。一筋縄じゃ行かなそうだな」

「あれは相当に恐ろしい男だ。ゴージェスタや他の官僚などとは比べ物にならぬ。下手をすると陛下よりも恐ろしい」


敵を過大評価するような人間ではない、そこまで警戒するからにはそれなりの理由があるのだろう。

だが、篤哉にはそこまでの危険性を感じることができなかった。短い邂逅で何がわかるという話だが、カルテの私兵となるならばいずれ敵対することもあるだろう。用心に越したことはない。


「陛下より、か。陛下と言えば、王様の下にいたあの三人、あれは?」

「第一王子のクラリス様、第二王子のウルバニウス様、王女クレメリア姫だ」

「へえ。この国の王権は長子相続じゃないのか。いざこざが多そうだな」

「待て。なぜそう言えるのだ」


さらりと国の相続制度を推理したが、どこの国も長子相続は一般的で、アルジェ王国が異例なのだ。

しかし、篤哉の答えは拍子抜けするほど簡単なものであった。


「だって、三人とも敬称が「様」だったから。決まった継承者がいるなら、敬称は「皇太子」なりそれっぽいのがつくはずだろ」

「ワシがあえて言わなかっただけかもしれぬぞ」

「隠す理由なんてないだろ。逆に隠すことがあるなら隠したままで問題ないしな。王権絡みの問題には関わりたくない…それより、三人の中で扉寄りの端に座っていた男はどっちだ?」

「あれは…クラリス様の方だな。それがどうした」

「あれも良くないな。人畜無害そうな顔を装ってたけどな、儀式の間ずっとクラスの女子生徒ばっか観察してた。あの視線は大司祭と同質のものだ」

「なに」


今度は、掛け値なしに驚いた。王宮内、城下の有力者、教会、貴族領、国外まで密偵を放ち情報を集めさせているカルテだが、クラリス王子は品行方正で模範的な人物と認識していた。それゆえ、機会があれば自陣に引き入れようと考えてもいたのだが……。


(そういえば、クラリス様は殊の外勇者召喚を楽しみにしていらした。まさかとは思うが、異世界の女色目当て……少し調べてみようか)




それにしても。


改めて、カルテは目の前の少年に意識を向ける。

背丈は並で、髪は今までの勇者と同じく黒。

目はよく見るとすがめで、右目で視線を交わし左目はカルテの後方を監視するように見ている。

体つきは意外に逞しいと見た。歩き方から、剣術の類を修得していると推測した。


そして、突然の事態にいち早く適応し、皆が喚き混乱する中状況の分析を始めたその胆力。


(ワシが求めていた人材だ……後は)





後は、信頼できるかだ。

後は、信頼されるかだ。




「篤哉。お主の言う通り、この国は腐りかけておる。国の柱を齧る鼠は、魔王なんぞではない。王宮内を、街中を、教会を、人間の扮装をして我が物顔で歩いておるわ。この国を救うのは勇者ではないぞ。ワシとお主じゃ。篤哉よ、ワシに力を貸せ」

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