第3話 王の威圧

貴族には青い血が流れると言われる。

肉体労働に従事することがなく、移動の際にも屋根のある馬車や傘持ちに作らせた日陰を歩くため、日に焼けることがない。故に肌が白く静脈が透けて見えることが由来である。


なるほど、自分たちのことを「勇者」と呼んだいかにも高貴な男。その醸し出す荘厳で洗練された威圧は、自分たちと異種な存在であると示している。


篤哉も、思わず目を背けそうになる。


(血の色が違うってのも納得するわな。国の親玉か、くわばらくわばら)


ネイビス王は、威圧に声も出ず固まる子羊を睥睨し、改めて告げた。


「汝ら、勇者召喚への呼応、大儀なり。この場への疑問数多くあろうと存ず。余に直に問うことを赦す」


誰も、言葉を発しない。あまりに苦しい緊張感で、息をすることすら厳しい者もいる。咳一つ、擦過音一つ遠慮せねばならない。


問いがなければ、答えない。

発言がなければ、応答もない。

王は、長くは待たない。


「いいですか」


篤哉が、平坦な声でひょこっと手を挙げた。

あまりに軽い挙動に、周囲が驚く中ネイビス王は許可を与えた。


「発言を赦す」

「俺らは呼び出しを受けて召された人間、何も知らないんですよ。こういうのって普通は呼び出した側に説明の義務があると思うんですがね」


場を満たす空気が緊張から、殺気に変化した。

人垣の兵士は武器を持つ手を震えさせ、王の命令があれば一斉に振るう準備を整えた。

周囲の文官も、流血に衣服が汚れぬよう距離をとる。


「で、そちらからの説明は」

「……勇者か。王に駁するとは蛮勇、なれど蛮勇もまた勇気なり。ゴージェスタ大司祭。召喚の理由と勇者の概要の説明を命じる」

「ははぁっ!承りました」


王は怒りもせず、笑いもせず、篤哉の問いに載せた要求を呑んだ。

兵士も矛を収め、再び人垣に徹する。


王の指名に応えたのは、舞台に向かって祈っていた男だ。ゴージェスタと呼ばれた男は、残念ながら威厳の欠片もない容貌であった。脂が中途半端に詰まった袋が劣化して、所々に黒や赤のシミがある。蝦蟇のような見た目だが、大司祭の肩書から宗教勢力の重鎮なのだろう。青い血は流れていないのかもしれない。


「命、謹んでお受けいたします。されど、召喚の大魔法、勇者拝命の聖儀。取り仕切るのはヴィスタリア特別司祭であり、この件最も正確に把握しているのは彼女であります。説明をヴィスタリア特別司祭に委任することを御許しいただきたく存じます」


片膝を立て、頭を下げる。深々と下げようとしているのだが、腹の肉が立てた膝に当たって下げられない。


「赦す」

「ははあっ!特別司祭殿、前へ進まれよ」

「はい」


こつ、こつ。ヴィスタリアと呼ばれた女性は、舞台の上から降りてきた。篤哉からは、階段の途中にある門の死角となって見えなかったのだ。


「清月教特別司祭、ヴィスタリア・ティルベリーと申します。勇者の皆様には、突然の召喚戸惑いのことと察しますが……」


前置きなど、誰も聞いていなかった。

男子生徒も、女子生徒も、鍋島も。

ヴィスタリアの、その銀月のような、聖く爽香なる美貌に目を奪われていた。



篤哉を除いて。


(鼻の下伸ばしてる場合かよ。さっきまで文句たらたらで王様が現れたら怯えるだけ怯えて、綺麗なお姉さんが現れたら揃って同じ顔してやんの……少しは色々考えたらどうなんだよ、ったく)


心の中で毒づくが、声に出してもどうしようもないことは理解している。

確かに特別司祭は「特別」を感じさせる魅力があるが、今は状況を正しく理解して動きを決めなきゃならない時だ。


ヴィスタリアの辞令的な前置きは終わり、篤哉の求めていた説明が始まる。


「世界では、五代目の魔王が勢力を拡大して、多種族の権益を奪い侵略を繰り返しています。魔王に対抗するには、勇者が必須……ただし、勇者を神から拝することができるのはとある血筋を受け継ぐ者のみなのです。わが国では、勇者の血筋が途絶えてしまったのです。滅びをを覚悟した時、月の神よりお告げがありました。この世界の者には決められた者以外勇者の力を与えることはできない、ただし異世界の者にはその法は関係ないと。そして、月の神は召喚の大魔法を授けてくださいました。それが、我が国が異世界より勇者となる人材を召喚する慣わしの由緒です」


そこで、一区切りついた。要領を得た簡潔な説明のおかげで、大まかな経緯はつかめる。


この説明の時点で、状況を理解したように顔をほころばせている男子が数人いる。そういう系の物語としては王道展開だから、触れたことがある人間にとっては空想が現実になった瞬間なのだ。

そして、思春期の男子にとって空想の実現は何よりも熱いもの、まして勇者となれば悪い待遇なわけがない。そう思い顔を輝かせる男が五人ほど。


(で、何であんたが一番うれしそうなんだ、鍋島先生)


少年の心を忘れない人物なのだ。忘れられないのだ。そっとしておこう。今はそれよりも大事なことがある。


「皆様には、既に月の加護が宿っているはずです。利き手を心臓にあてて、ゆっくり離してください」


「え?」

「こ、こうですか」


逆らっても仕方ないので素直に従う。

五秒ほど掌を胸にあてて、徐に遠ざけていくと、体の内側から青い光が滲みだして目の前で四角く具現化した。


(あれ、俗にいうステータスウィンドウて奴か)


具現化した光をなぞりながら、己のステータスを確認する篤哉であった。



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