第2話 白い世界
強烈な光なのに、不思議と眩しくない。光であふれた世界では、目の機能が麻痺しているようだった。
白い世界に、一人だ。椅子に座った姿勢のままだが、椅子や机は見当たらない。
クラスメイトの姿は見えない。普段から見ていないからいなくても問題はない。
視線を向ければ不気味がられるし、観察するだけの面白みもない。
状況はわからないが、体が微動だにしないことと、その姿勢のまま移動している気配があることからどこかに運ばれているのだと思った。
(これみよがしな魔法陣にこの状況、いわゆる召喚ってやつか………もしくは恐ろしく手の込んだ集団誘拐)
どちらも現実味がない。
起こりえる確率で言えば後者の方がまだあるが、篤哉には前者かもしれないと思えた。
読書に関してかなり雑食な彼は、異世界転移の物語にも触れたことがある。
突然クラスごと勇者召喚されて、一人だけハズレスキルを引いた不運な主人公が復讐を決意して成り上がる物語だ。
いつの間にか主人公が港町で中華料理屋を開き始めたあたりで疑問を持ち始めたが。新作料理が大コケして借金苦になりヒロインに見捨てられたあたりで、そっと本を閉じた。あれから、しばらくクラス転移系には触れていない。
それでも、篤哉は知っている。
勇者召喚で、ハズレスキルを引いて追放されるような少年が水谷高校二年三組に存在するならば。
間違いなく自分であると。
(そうなりゃ万々歳、だな)
あの集団から離れて、知らない世界を歩けると思うと、笑いがこぼれそうになる。この空間では表情筋すら動かせないらしく仏頂面のままだが。心臓の音が聞こえるので、動かせないのは随意器官のみのようだ。
(しかしなあ、意外と時間かかる物なんだな。随分長い時間こうしているが)
少しずつ、意識が遠のいてきた。瞼が落ちてくる。瞼も自分の意思では動かせないため、恐らく出口が近づいて放り出される前兆なのだろう。
篤哉の脳内に、この不思議な状況が異世界転移であることを疑う思考は存在しなかった。
******************
やがて、体の感覚が戻ってきた。
制服が肌にこすれる感覚。
仰向けの視線に映るとても高い天井にはきらびやかなステンドグラスの天窓。
香料が混じった蝋燭の匂い。
放り出された瞬間に軽く噛んだ口内に鉄の味。
周囲の明らかに文化圏の違う人間たちが息をのむ音。
五感は正常に、異常な状況を伝えてくる。
周囲には、召喚された三十五名のクラスメイト、巻き添えを食らった鍋島先生、自分を加えれば三十七名が召喚されたようだ。
移動?の最中に予想していたこともあり、周りを観察する余裕があった。
他の生徒が狼狽しているのは当然として。
周りにいる異世界人は、殆どが閣僚、それも文官だろう。体つきと挙動で分かる。篤哉も武道経験者だからだ。
目の前には水垢離場と階段、階段の中腹に大きな門。階段の頂上には円形の舞台がある。儀式の場か何かか。
向かって右側には、数段の段差があり、一番高い段に絢爛な玉座が、二段目に三つの少し小さな玉座があり、下段へつながる。一番上は当然元首が腰かけるのだろう。
元首の席が目の前ではなく横に据えられているということは、目の前の舞台で相当な行事が執り行われるという事。
舞台は神聖なもののようで、みだりに近づこうとする者はいないが、一人白い法衣に緑の烏帽子を被った男が、舞台に向かって恭しく礼をしている。
篤哉は更に情報をまとめようとしたが、意識を取り戻し始めたクラスメイトの喧噪に遮られた。
「なんなの、一体……」
「ここ、どこなのよ!アンタ達は誰⁉」
「え、まさか誘拐とか⁉」
「なんか日本人じゃないし、何が起こってるんだ……」
困惑と恐怖に蝕まれながら、まくし立てる。
(これ以上考えてもらちが明かない、か。どうせ説明くらいはあるだろ。さて、俺はどれだけ酷い扱いを受けるのやら)
他人事のように脳内で呟き、ぼうっとすることにした。
不安のひそひそ声は徐々に大きくなってきたが、暴発する前に、ばごーんとよく響く乾いた音がした。
舞台の向かい、篤哉たちの背後にある木製の巨大な扉。それが開き、鑓や剣を掲げた兵が行進して入ってきた。
そして、彼らが人垣となり道を作り、直立不動で武器を立てて敬礼した。
その道を、じれったいほど緩慢な足取りで歩いてくる壮年の男。
蘇芳色の衣に襟巻の青い裏地。その身に纏う衣装と、頭上に耀く冠を伺えば、その身分は簡単に予想できる。
男は、鉛のように重々しく、渋声を発した。
「アジェル国王 ネイビス・ミノグラフ・アジェルスタなり。青き勇者達よ、よく呼び声に応じてくれた。国の声として感謝する」
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