第6話 8月15日

今日と明日は横浜市の山手にある俺の実家へ向かう。


助手席に座るあいつ。

楽しげに鼻歌を歌っている。


実家の仏壇に手を合わせて義姉さんから熱いお茶を受け取ると、


「もう中日おちゅうにちなのね。石川さんはもうお帰りになっているのかしら」


さらりとどきっとするようなことを言う。

思わず額に汗が滲む俺をみながら、


『ほんっとお義姉さんって鋭いよねー』


とあいつは笑う。



父母、兄弟と寺へ向い墓参りをすますとようやく落ち着いた。


俺は12歳で横浜の家から仙台の中高一貫校へ進んだ。

実家は近くて遠く、たまに帰っても何となく落ち着かない思いをしていたが。


颯真は出来る限り俺と実家に立ち寄ってくれた。

今こうして家で寛げるのは、これもあいつが俺に残してくれた宝だ。


菩提寺の廊下では懇意にしている住職にお会いした。


「暑い中、お参りご苦労さまです。

おや、今年も御一緒ですな。

よろしかったですな」


声をかけられて頭を下げつつ苦笑いした。


あれは初めての盆の時だった。

今日と同じように住職から声をかけられた。


当時まだ混乱の中にいた俺は気づいていなかったが、住職にはあいつが見えていたらしい。


俺の隣で丁寧に頭を下げる颯真、

あいつに合掌する住職。


目頭が熱くなった。



夜、親戚も帰宅し家族だけになると兄貴は珍しく酔いが回って饒舌だ。


「だいたいな、俺は反対だったんだ」


兄が何を怒っているのかさっぱり要領を得ない。頭を捻っていると義姉さんが、


「祐希さんにって、知り合いから山ほど届いたお見合い写真のことを言ってるのよ」


と教えてくれた。

見合い写真?何だそれはと驚きつつ、でも口調の割にまるで怖くない顔の兄貴は、


「男は一度伴侶を決めたら揺らがないもんだ。

見合いだと?ふざけるな!

こらだ祐希、飲め。颯真も飲め!」


と赤い目元で銚子を俺に向ける。

義姉さんは横を向いて忍び笑い、

弟に至っては呆れ顔だ。


苦笑いして銚子を受け取ると、


「それに比べてあいつは立派だ。

颯真は ──── 本当にいい男だ」


と廊下越しに庭へ目を向けた。



もう何年前のことだろう。

二人でこの家の廊下で土下座をし、許しを請うたあの日。


俺を守るように庇い、親父と兄貴に二人の仲を許してくれと言ってくれた。


それからも颯真は忙しい日程をあわせて俺と横浜を訪れてくれた。

疎遠だった家族と少しづつ会話も増え、

兄貴にも家族ができ互いを気遣いあえるようになった。


遠い日の夢。おまえがくれた家族との絆。

ありがとう、颯真。


あいつは『どういたしまして』と微笑み、


『お義兄さんに颯真って呼び捨てされちゃった、嬉しいよ』


と俺の手を握った。



実家で一泊した翌朝、玄関先で兄貴から渡されたのは見慣れた和紙の包み。


「祐希、これを颯真君に供えてくれ」


手渡されたのはあいつが好きだった地元の酒。


「颯真君は俺の弟、誰にでも自慢できる大切な三人目の弟だ」


あいつは俺に凭れかかって泣いている。


「ありがとう兄さん」


よかったな颯真。

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