第4話 天国と地獄
大学時代から住んでいた三田に俺たちは連名で3LDKのマンションを購入した。
颯真が25歳、俺が27歳の時だ。
課題がないわけではなかった。
そう、親には・・・
いつまでも結婚しない息子に痺れを切らした横浜の親、親族が怪訝に思い始めたのだ。
そしていろいろと手を回してきた。
俺もあいつも実家は病院で、いずれ家に入り「こうあるべき」 医者の息子としての結婚と跡継ぎやらの常識を押し付けてくる。
「誰に何を言われても俺は祐希以外はいらない、
絶対いらない。見合いなんてしない!」
可愛い颯真。
「俺もだ。お前以外の人間と暮らすなんて考えられない」
気持ちは18歳の俺と16歳のあいつから何一つ変わっていない。
もう10年、人生の1/3以上お互いしか愛してこなかった。
それを否定されるのは俺たちの人生を切り刻まれ否定されるのと同じだ。
そしてとうとう俺たちは全てをぶちまける覚悟をした。
互いを生涯を共に添い遂げるパートナーとして生きてゆくことを宣言する、
それが颯真と俺の結論だった。
“ 地元名士の家の息子 ”
凝り固まった常識の家に風穴を開けるどころか、爆弾を落とした俺と颯真。
予想通りに双方の家ですったもんだが起こった。
特に颯真は一人息子、俺の気がかりはそれだけだった。
両親の驚愕、呆れと理解できないことへの憤り。
その後からの泣き落とし、籠絡からの恫喝。
俺たちの望まないことばかり。
親に逆らった事のなかった俺は不安から生活も心も覚束なくなりかけていた。
が ・・・。
あいつは何にも折れない、曲げない信念を貫き通してすべてを納めてしまった。
「俺は祐希さんを愛しています。俺たちは愛し合っています」
「ご心配は承知していますが俺が祐希さんを幸せにします。
この身にかえて、
生涯かけて大切にします」
「私の実家は同郷の親族が継ぐことで解決しました」
「神田家の皆さんにも、世間にも認めてもらえる医者になり地域と患者さんに貢献します」
あいつは俺の両親と兄弟に土下座をして説得し、許しを得た。
俺は幸せの中にいた。
颯真は情熱的な優しい恋人で、世界でたった一人の俺の夫だった。
年下だが思慮深く大人で聡明、なのに甘え上手で可愛いくて。
お互い医師としての仕事は順調、
諦めていた家族の理解を得ることもできた。
これから何十年先まで俺たちは結婚、入籍は難しくても互いの手を取り合って生きてゆくのだと。
共白髪になり、ゆっくり海でも眺めながら一緒に歳をとってゆくのだと。
どちらかの身体が弱ったら看護、介護をし、
励まし支えるのも喜びだと。
寄り添って、一日でも長生きして、
それでも年老いて死が二人を分かつまで次の世での出会うことを約束して手を取りあってゆくんだと。
信じて疑ってもいなかった。
その、はずだった・・・んだ。
でも神様はあまりにも無情だった。
誰よりも強く逞しく健康で精力的だった颯真は、大好きな夏を待たずに風のように逝ってしまった。
過労が原因と思われる急性の心筋梗塞だった。
その日、徹夜明けの颯真がまだ夜も明けきらない自宅マンションに帰宅した。
寝室のドアを開け、眠っていた俺に
「ごめんね、こんな時間になっちゃって」
俺のベッドに屈んで頬にキスを落とした。
「・・・ぅん・・・お疲れ・・・早く寝ろよ」
徹夜明けに声をかけてくるなんて珍しいとは思ったが、
それすら予兆だったのだろうか。
「ありがと、おやすみ祐希」
もう一度、唇にキスを落として。
あたたかな唇に俺が再び眠りに就くのを見届けたように。
颯真がそっとドアを開けリビングに戻る背中をベッドの中から見送った、
それが最期だった。
リビングのソファで穏やかに薄っすらと唇に微笑みさえ浮かべて眠るように。
あいつは俺をおいて逝ってしまった。
まだ35歳だった。
毎日のように人の死に直面する仕事に携わっていても、到底耐えられるものではなかった。
泣いてこのまま眠らずに倒れて、
飲まず食わずでいれば死ねる。
颯真に会えるとどれだけ願ったかわからない。
なのに、俺は毎日朝を迎えてしまう。
どうしても死ぬことができなかった。
俺が嘆き泣くと決まって颯真は夢に現れた。
浅い夜の眠りに、ぼんやりと過ごす白昼夢に。
何も言わず、
ただとても悲しそうな顔をして。
夢の中で眉を寄せ寂しそうに、困ったような顔をして。
違う ─── それは違う、颯真。
だって、俺の知っているあいつはいつだって笑顔だった。
初めて会った高校の入学式で
生徒会室で俺の前に座った席で
掛け持ちしていた予備校帰りの公園で
俺が作った焦げたカレーを残さず平らげて
「神田会長」
「神田先輩」
「神田さん」
「祐希、美味しいよ。愛しているよ」
甘く、俺を包んでくれたあいつは俺が泣くと悲しむ。
そんな顔をみるのは辛い ───
だから。
俺は生きて、生きて生きて生きて──
生き抜いて颯真と共に生きると。
がむしゃらに生きると。
あいつが旅立った半年後に、決めた。
その日、夢の中の颯真が笑った。
あの笑顔そのままで。
愛しているよ、祐希 ──── と。
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