第18話 中間試験
週明けの月曜日。今日から金曜日まで中間試験が執り行われる。試験期間中は授業はなく午前中で終わりそのまま下校となる。
朝のホームルームが終わった後の教室は静かだった。周りのみんなは試験科目の最後の勉強をしている。私の隣の席の琴葉さんはひっそりと小説を読んでいた。私の視線を感じた琴葉さんは顔を上げて目が合うと軽く微笑んだ。
「琴葉さん、そろそろ行かない?」
「ええ、参りましょう」
私はカバンを膝の上に乗せてすぐに出発できる体勢だった。琴葉さんは読んでいた小説のページに栞を挟み込みカバンに入れ、私と同じようにカバンを膝の上に乗せた。
私と琴葉さんはゆっくりと席を立ち教室の後ろを歩いた。私たちが教室を出て行こうとしている姿に気づいたのは琴葉さんの席の隣のクラスメイトくらいだった。彼女は不思議そうな顔で私たちの姿を追った。
なんだかいけないことをしている気分。
私と琴葉さんは中間試験が免除される代わりに試験中は席を外さなければいけないのだ。教室を追い出された私たちが時間を潰せる場所は図書館くらいしかない。なので、私たちは当然のように図書館へ向かうのだった。
***
私たちは静まりかえった図書館の閲覧机についた。ほんの僅かな空調の音が聞こえるくらい静かな空間だった。琴葉さんは早速読みかけの小説をカバンから取り出して読み始める。私はあともう少しで終わりそうな課題プリントと筆記用具を机に並べ、取りかかる。
「わたくしは今朝提出しましたの。志津さんはあとどのくらいなのかしら」
琴葉さんは小説を読むのを止めて私を横目に言った。
「今やってる国語のプリントと、あと一枚で終わり。やっとここまで来れたよ」
「それはよかったですわ」
「国語見せてほしかったのに提出しちゃったんだね」
私はちょっと恨めしそうに言った。
「ごめんなさい。終わったらすぐ提出したくなりましたの。金曜日までに提出できなかったら赤点になって留年してしまうでしょう? 終わったプリントを持ち続けるのは耐えられませんでしたの」
「そうだね。別に責めているわけではなくて。自力でやるのがあるべき姿なのだし。私も明日には提出できそうだから」
琴葉さんは頷いて、また小説を読み始めた。
私は留年という言葉を聞いて冷や汗が出た。私たちは中間試験が終わる金曜日までに課題を提出しないと赤点が確定してしまうのだ。当然ながら追試も受けられない。年度の最初の試験で留年が決まってしまうのはさすがにきつい。だから赤点だけは絶対に回避しなければならないのだ。
私はようやくプリントを一枚終わらせて、肩をなで下ろした。「あと一枚」と呟いたら琴葉さんがこちらをチラリと見た。
「この後、藤ノ宮さまとピアノの練習をなさるのでしょう? 試験中なのに大変ですわね」
私は弱々しく「うん」と返答した。
「どうかなさって?」
「もしかしたら琴葉さんの言う通りかもしれないって思ったの。藤ノ宮さまに欺かれているんじゃないかっていう」
「あれから何かありましたの?」
「それが…」
私は口ごもった。そういえば、アコールの届けが出ていないことは口外しないという約束を由奈さんと交わしていたのだった。
「ごめんなさい。今は何も言えない」
「無理におっしゃる必要はありませんわ」
「藤ノ宮さまのことが本当にわからないの。私に何を望んでいるのか」
「藤ノ宮さまと出会ってまだほんの数日しか経っていないのでしょう? わかり合えるには時間が必要ですわ」
「普通はわかり合ってから姉妹の契りを結ぶんだろうって思う。私みたいに即席で『今日から姉妹』っていうのとは全然違うんだろうな」
「即席ではダメなのかしら?」
「え?」
「長ければいいってわけでもないと思いますの。それだったら転校生のわたくしもお姉さまはつくれませんわ」
琴葉さんは語気を強めた。琴葉さんがお姉さまをつくるという例え話が、実は琴葉さんの願望ではないかと思えた。たしか、先輩と関わらないと言っていたはずなのに。
二時間目の終わりを告げるチャイムが遠くで鳴っているのが聞こえた。今日の試験は残すところ一教科だ。
私は「あと一枚頑張ろう」と独り言のように言ってプリントを再開した。琴葉さんは少し言い足りない表情だったけれど、また小説の続きを開いた。
しばらくプリントに集中していると、琴葉さんがカバンをゴソゴソするのが聞こえた。見るとカバンに小説を入れて閉じるところだった。
「志津さん、そろそろ戻りましょう」
「あ、うん」
時計を確認すると、三時間目が終わる五分前だった。私はプリントと筆記用具を片付けて立ち上がった。
***
一年一組の教室にたどり着いたときには、クラスのみんなの答案用紙を回収している最中だった。私と琴葉さんは答案用紙の回収が終わるのを教室の外で待ってから中に入った。
「ちょっと、どこに行ってたの?」
英玲奈さんが駆け寄ってきた。
「図書館に」
私が答えると英玲奈さんは眉間にシワを寄せた。
「私たちは試験を受けられない代わりに、課題を提出しなければなりませんの」
琴葉さんが補足した。
「なんだ、そういうことだったの。いきなり教室を出ていったって聞いたから何事かと思ったわ。そういうことは事前に教えておいてほしかった。いい? 私はお世話係なんだからね」
英玲奈さんは言いたいことだけ言ってすぐに自分の席に戻っていった。教えなかったのは担任の平井先生からあまり言い広めるなと言われていたからだった。
グリシーヌ・アローム あうり @auli
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