第17話 カフェ・2
土曜日の夕方にもなれば、『MILA MARIE CAFE』には仕事帰りと思われるお客さんがちらほら入店し、人の話し声でだんだん賑やかになってきた。
運動系の部活は土曜日もやっているそうだけれど、今日は試験前だから部活は休みになっている。通常なら部活帰りの生徒がここに立ち寄ることもあるようだ。しかし、さすがに今は水澄ヶ丘女学園の生徒らしい人は私たち以外いなかった。
「吹奏楽部はどう?」
「文学部はいかがです?」
由奈さんときららさんから同時にお誘いを受けた。それぞれが所属する部活の勧誘をされたのだ。私は考え込むふりをして返事を濁した。
私がまだ部活に入っていないという話題が出たことが発端だった。どちらの部活も同じくらい魅力的であったけれど、どちらとも内容がほとんどわからなかったので決めかねた。それに別の選択肢だってあるわけだし。
「二人のお姉さまも同じ部活なの?」
私は話を逸らす質問を投げかけた。
「私のお姉さまも吹奏楽部で、そのお姉さまも吹奏楽部なの。つまりアコール全員が吹奏楽部」
由奈さんは自慢げに言って注文したダージリンティーを一口飲んだ。由奈さんのスコーンの皿はもう空になっていた。
「そうなのですか!」
きららさんが私より先に反応した。
「え、知らなかった?
「私の
飲み干して氷だけになったアイスコーヒーのストローをくるくる回しながら、きららさんは困惑した顔で言った。
「大倉さまといえば生徒会の広報兼、新聞部の部長だっけ。とても勢いのある方だったなあ」
私はあの生徒会室での出来事を頭に浮かべていた。きららさんは曇った表情で「うん」と言った。
きららさんと大倉さまが同じアコールというのは意外な組み合わせだと思った。きららさんはおっとりしてそうなのに、大倉さまは豪快な人のように思えた。じゃあその中間、つまり、きららさんのお姉さまであり、大倉さまの妹でもある、二年生の方はどんな性格なのだろうか。と、少し興味があった。
「文学部はどんなことしてるの?」
何かを察知したように由奈さんが慌ててきららさんに質問した。私は知らないうちに触れてはいけない話題に触れてしまったのだと思った。
「短歌や俳句、小説を書いたり、お勧めの商業作品を紹介したり。あと、冊子を編
きららさんは瞳を輝かせて私に説明した。
「吹奏楽部は音楽が好きな人にはぴったり」
由奈さんはきららさんの説明に被せた。
「どちらも、一度、見学に行ってみるね」
由奈さんときららさんは首を縦に振った。
「吹奏楽部は
きららさんが由奈さんに訊いた。
「部としてはまだ諦めてないだろうけど、本人が固辞してるみたいだから無理なの」
「そうなのです?」
「そうよ。部員の何人かが何度も誘ってみたけど断られて。手を変えて『まず仲良くなる作戦』もやってはみたけどうまくいかなかったみたい」
「あまりしつこいと逆効果かもしれないです」
きららさんが口を挟んだ。
「どうして琴葉さんをそんなに誘うの?」
「だって、結城さん有名人なんだよ」
「有名人!?」
「結城さんは他校だったけど、ヴァイオリンの名手で音楽コンテストの常連、音楽関係者の間では有名なのよね。そんな人が転校してきたって聞いたら誘わないわけにはいかないでしょ。結城さんのヴァイオリンの腕は凄いんだから」
「琴葉さん、部活には入らないって言ってた」
「どうして? もったいないなあ。逸材なのに」
「理由はわからない」
「二人でこっそり理由聞いてみてよ、同じクラスなんだし」
由奈さんは私ときららさんに向かって言った。私ときららさんは見つめ合い、お互い苦笑いした。
「でも安易に軽音部に入られるよりマシかも」
由奈さんは笑った。
***
「そういえばショッピングモールで琴葉さんを見かけたのです」
「きららちゃんも? 言おうと思ったんだけど、遠目だったから人違いかもしれなくて言わなかったの」
「私は近くですれ違ったから間違いないと思うのです。知らない方と一緒に歩いていたから声をかけなかったのですが。もう一人も水澄ヶ丘女学園の生徒だと思うのです。多分二年生か三年生の」
「もしかして二年生の吉川さまという方? 二人でいるところを見たことがある」
私は当てずっぽうで言った。学園の中庭で琴葉さんと一緒にいるのを目撃していたので多分そうなのかなと思ったから。
「お名前は知らないのです」
きららさんが首を横に振って答えた。
「待って。二年生の吉川さまといえば吹奏楽部の先輩だわ」
由奈さんが身を乗り出した。私は由奈さんの言葉に驚いた。
「では、その吉川さまも吹奏楽部の勧誘を?」
「可能性はあるかもしれない。でも、吉川さまはそういうことしなさそうだけど」
由奈さんは首を傾げた。
「勧誘じゃないとしたら、琴葉さんと、その吉川さまは姉妹なんじゃ?」
「それはないよ。だって、生徒会に届けが出ていないもの」
「どうしてわかるの?」
「生徒会を手伝っていればアコールの届け出が来たかどうかなんて簡単にわかるの。第一、私が書面のファイリングしてるわけだし」
「書面…?」
「届け出の書面。ほら、アコールとか二人の署名を記入する紙」
「私、どこにも署名していないけど」
「え?」
由奈さんは固まってしまった。
「由奈さん、もうこの話は終わりにしましょう。詮索はよくないです」
きららさんが早口で言った。
「ちょっと待って。署名って自分の名前を書くってことだよね。私、書いてないんだ」
「え、そ、そうなの、へえー」
由奈さんは人差し指で頬をかいた。明らかに様子がおかしい。
「もしかして、私と藤ノ宮さまの届けが出ていなかったりして。私、誰の妹にもなっていないんじゃ」
私は表向きには取り乱すことなく笑顔で言った。心の中では相当取り乱していた。
由奈さんも、きららさんも、黙りこんでしまった。そのまま由奈さんは頭を抱えてしまった。
「何か言ってよ、由奈さん、きららさん。何か知っているんでしょう」
私はしばらく二人が話し始めるのを待った。
カフェ店内の周囲の騒音だけが耳に入ってきた。この二人は隠し事をしている。いや、生徒会の人全員が私に対して何か秘密を隠しているのかもしれない。
ついにきららさんが重い口を開いた。
「今の状況は志津さんに申し訳ないと思うのです」
「待って、私が言うよ」
由奈さんが言った。
「私たちが知っていることを全て話すよ。話すから私たちから聞いたってことは黙っていてほしいの。口外しないように言われているから」
私はちょっと考えてから、頷いた。その条件をのまないと何もわからないままなのだから。
「藤ノ宮さまと志津さんのアコールの届けが出ていないの。だから生徒会としては二人をアコールとして認識していない。これは東山さまがそのように指示したの」
「どういうこと? 全然わからない」
「東山さまと藤ノ宮さまの取り決めだから、私たちも理由は知らないの」
「東山さまが反対しているということ?」
「それもわからない」
私は次に何を聞いたらいいかよくわからなかった。由奈さんときららさんにこれ以上何を確認することができるだろうか。
「志津さんは藤ノ宮さまに問い質すべきです」
「ダメよ。直接聞いてしまうと私たちが話したってことが感づかれてしまう」
「それだと志津さんが可哀想です」
「それは同感だけど、私ときららちゃんは黙って見ていることしかできないの。これは
きららさんは冷静に言い放った由奈さんをじっと見つめた。
「やっぱり何か厄介事に巻き込まれているのかな」
私の問いかけに二人は首を横に振ったけれど、根拠は何も示してくれなかった。
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