第13話 図書館

 放課後。


 水澄ヶ丘女学園の図書館は校舎から離れた別棟にあり、教室から図書館に行くには一旦校舎を出て外の通路を通る必要がある。


 私と琴葉さんは横に並んで外の通路を歩いて図書館に向かっていた。試験前で誰もが帰宅している中なので、私たちだけしか図書館に行こうとする人はいなかった。


 図書館に行こうとしている理由の根本は、できるだけ学校にいたいという奇特な欲求しかないのだけれど、今日は琴葉さんが付き合ってくれるから嬉しい。けれど、昼食時の会話でのわだかまりがあったせいで、素直に喜べなかった。


 ほとんど会話らしい会話もせず、図書館の扉を開けて中に入る。図書委員が仕立てたであろう『WELCOME TO THE LIBRARY』と手書きされた立て看板の横を素通りして室内に入った。


 入るとすぐ本の匂いに包まれた。新書、雑誌、新聞といった時事の書物の棚が手前にあり、奥には種類ごとに区分けされた書架が立ち並ぶ。


 私と琴葉さんは室内の中央付近にある閲覧机に陣取った。琴葉さんは机にかばんを置いて「ちょっと本を見てきます」と言って文庫の書架の方へ歩いていった。


 私はかばんから課題プリントを取り出して早速始めた。が、ほぼ行き詰まっていた。


 このまま琴葉さんが戻るのを待とう。お互いにわからないことを教え合おうと考えていた。


「蔵書の数がすごいですわね」

 琴葉さんは戻ってくるなり興奮気味に言った。


「学園のパンフレットには蔵書四万冊って書いてあった気がする」

「なるほど。電子書籍では手に入らない古書がここには豊富にあって嬉しいですわ」

「琴葉さんって本好きなの?」

「ええ、よく本を読みますの。今日一冊借りて帰ろうかしら」

「でも今日借りられないみたい。ほら、あそこ」

 私はカウンターの上に置かれている『司書不在のため貸出できません』と書かれた掲示物を指差した。


「こんなこともあるのですわね。仕方ないですわ」

 琴葉さんは名残惜しそうにしている。私は軽く相槌をうち「じゃあプリントしよう」と言って琴葉さんを促した。


 琴葉さんも課題プリントと筆記具を机に広げてやり始める。私は横目で琴葉さんのプリントを眺めた。


 明らかに私より進んでいる。


「私より進みが早い! あとどれくらい?」

「あと理科総合と数学が残っていますわ」

「え、国語、英語、歴史総合、情報をもう終わらせたの!?」

「そうですわね」

「国語と英語ちょっと見せてもらっても良い?」

「どうぞ」

 琴葉さんは気前よく自分のプリントを差し出してくれた。琴葉さんのプリントは確かに綺麗な字ですべて埋まっている。


「あまり鵜呑みになさらないで」

「うん、あくまで参考程度に」

「こういうのはお姉さまに教えていただけたりするのかしら」

「さあ、どうだろう」

 私は微妙な笑みを浮かべて答えた。


 琴葉さんは、藤ノ宮さまから教えてもらいなさいという意味で言ってる? それとも何か皮肉をこめて言ってる?


 私は怪訝な顔で琴葉さんを見た。


「あ、ごめんなさい。深い意味はございませんの。ただ、アコールの関係性ってどういう感じなのかしらって思いましたの」

「私もよくわからないなぁ。いまのところ、しなさい、来なさい、しか言われてないもの」

 私の感想を聞いて琴葉さんも微妙な笑みを浮かべていた。


 会話が途切れ、黙々と課題を進めていると、図書館の床の絨毯を歩く足音が近くで止まる気配を感じた。


 ふと見るとかばんを片手に抱える藤ノ宮さまが立ち止まり私を見ていた。


「藤ノ宮さま!」

 藤ノ宮さまの意表をついた登場に私は思わず立ち上がった。


「ちょっと、静かにしなさい」

 藤ノ宮さまから注意を受けて私は何か話し出そうとした口を閉じた。藤ノ宮さまは琴葉さんが横にいるのを確認して眉をひそめた。


「一人ではなかったようね」

「あの、これは、これはですね、一緒に課題をしようということになりまして」

 私は緊張していた。琴葉さんをチラリと見ると、目を丸くして藤ノ宮さまを見ていた。


「そう。詳細な説明は不要だわ。私は偶然本を借りに来ただけだから。偶然ね。先に音楽室に行っているから。じゃああとで」

「はい。もう少ししたら伺います」

 藤ノ宮さまは振り向いて足早に図書館を出ていってしまった。


「ふう、驚いたぁ」

 私は呟きながら椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「いきなり志津さんが叫んだものだからびっくりしましたわ。いまの方が藤ノ宮さま?」

「うん。どうだった?」

「なんだか不機嫌でしたわね。わたくしがいたせいかしら」

「そんなことないよ。藤ノ宮さまっていつも不機嫌そうにしてるから。でも、たまに笑うことがあって、素敵なんだ、その時は」

「ふーん」

 琴葉さんはニヤニヤしてこちらを見ている。


「わたくし反省していますの。藤ノ宮さまのこと何も知らないのに、誰かの意見だけで決めつけてしまっていたのを。わたくしなんかよりも、志津さんの方が藤ノ宮さまと多く接しているのだから、志津さんが思うようにやればいいのですわ」

 私は控えめに頷いた。


「これはある人に言われたことの受け売りですけれど」

 琴葉さんは照れくさそうに笑った。


「もしかして、昼に一緒にいた人?」

「え? ええ。やっぱりご覧になっていましたのね。二年の吉川よしかわさまという方なの」

「どこで知り合ったの?」

「中庭でお弁当を食べていたとき偶々居合わせましたの」

「それで?」

「…ただそれだけですわ。それより、もう行かれた方がいいのではないかしら?」

「う、うん。じゃあ片付けて、行こうかな」

「わたくしはもう少ししてから帰りますわ」


 琴葉さんと吉川さまの関係について聞き出したかったのだけれど、話を逸らされてしまった。昼に見かけた印象だと二人はちょっとぎこちなかった。でも一緒に歩いていく姿は初々しくて気になっていた。


 私は机上の私物を片付け、席を立ち、琴葉さんに別れを告げて図書館を出た。

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