それを言わないで

「っ!!」

「……っ」


リクが首を上げたことに気づいた。リクが、自分に何が起こっているのか、今の状態に驚いているのがその気配で分かった。


あいつは、倒れたリクをズルズルと引っ張っていった。リクは、まるでイエス様がゴルゴダの丘で十字架の刑に処せられた時のような姿で、拘束された。私はそれをずっと見ていた。何も言わず静かに見ていた。何もできないことを知っていたから。その悔しさを噛みしめながら、ずっと見ていた……。


あいつは、部屋の隅に血のついた金属バットを置いていった。私とリクの頭の血がついたバット。絶対にわざだ。何かあれば、またあの金属バットで殴るぞ、と言っているようかのように、そう警戒させるために置いていったに違いない。


「んんっ」


私は、リクに声をかけた。


「ん、ん……」


それに気が付いたリクは、私の方を必死に向いてくれて、私と同じように声が出ないのに、ちゃんと返事をしてくれた。私たちは互いの生存を喜ぶように、しばらくの間、互いに見つめあっていた。


その時、ガラガラガラガラと一度聞いたことのある音がした。


「あ、リク! 起きた!? 良かった~。殺しちゃったかと思ったよー!」


趣味の悪い冗談。本当に一つも笑えない。


「んん……」

「頭は大丈夫? 僕、ちょっと手加減できなかったみたい。リクが、かっっっってに、部屋に入った、から……さ?」

「……」

「あ?? 何とか言えよ! オラっっっ!!!」

「んぐっ、ぐっ! んっぐっ!!」

「んん……っっっ!!!」


やめてよ! リクにそんなことしないでよ! 苦しんでいるじゃない!!


「ん、あ……っ」


叫んだのは、何の意味もなさなくて。二人して拷問されて。


「あ、あ、あぁっっ!!! リク! ごめんっ! ごめんね!!! リク、喋れないのに、僕……」

「……」

「ほ、ほんと、ごめんねぇ、リク。と僕怖いからさ……アヤとは違う感じに拘束したんだ。それで、イラついて、お腹蹴っちゃったんだけど……」


何かをしているのは、お前だろ……。どうして、自分の息子にまでそんな、ひどいことが……できるの。


「……」

「リクのことはもちろん可愛いよ!! だって、アヤが生んだ僕の愛する息子だもん!! あの夜、僕たちが、重なっ、」

「んんっ!!!」


子供の前で何を言っているの!? そんなこと、リクは知らなくていいの!!


「……は? 何? アヤ。あの夜のこと、満足してないわけ? は? 僕だけだったの……? え……え、アヤは僕のこと愛してないの……? え、嘘でしょ、嫌だ。嘘だそんなの、嘘嘘嘘嘘嘘……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だあああ!! そんなの許さない……そんなの許さないから、アヤっ!!!」


うるさいうるさい、うるさい。本当にうるさい。


「んんっ!!!」


そいつはズカズカと私の前にやってきて、私の顔を拳で殴り始めた。


やめてよ……やめてよ。ただでさえ、お前のせいでこんな醜い顔になっているのに、これ以上酷くさせないでよ。リクの前でそんなことしないでよ。もうリクに顔を見せられないでしょ。


「アヤが、リクにアヤが取られるのが怖かった……リクのことばっかりで僕のことを愛してくれなくなるのが怖かった…………許さないから、許さないから。アヤがリクにとられるのも、リクがアヤのことを好きになるのも、全部全部許さないからあああっ!!!!!」


殴られた顔は、熱を帯びて、心臓が脈を打つごとにジンジンとしていた。


「リクぅ!!! 次、一度でもアヤのこと、見てみろ。その目んたま、布でグルッグル巻きにして、何にも見えない暗闇の中で、フォークでぶっっ刺して!! ぶっっっっ潰して!! 引っこ抜くからな!!!」

「っ!?!?」

「アヤもだよっ!! リクのこと好きになったりしたら、また、あの夜みたいにっ!!」


やめて。やめて。やめて!! それ以上は、その続きは言わないで。絶対に言わないで!!!


「強引に……犯すから♡」

「!?」

「……っ」


その言葉はたとえお前が死んでも、言ってほしくなかった。リクがいる前で。リクが聞いている目の前で。


その言葉を聞いたら、リクがどう思うのかってなんで考えないの。なんでそんなことをするの。リクが、自分はそう生まれてきた子供なんだって思ってしまったら、どうしてくれるの。


そんなことないのに。私は……ママは……リクのことが可愛くて、可愛くて、大好きで、愛していて、私の元に生まれてきてくれたことに感謝しているのに。


本当にどうしてくれるの。


「……リクももうすぐ……アヤみたいに声が出なくなるよ……。あーあ。もう一回だけでも、お父さんって呼んでほしかったなー? ま、外す気ないけど。アヤは、バッカな鼠の~可愛い子猫ちゃんが~に迷い込むための、えさだったねぇ~~! リクのバアアアアアーカ! あ! でも、やっと家族三人揃ったね! なんか一人だけあれだし、僕も縛られようかな??? なーんてね!」


そんな冗談、いらない。


「そこで骨の髄まで……反省してろ」


そう吐き捨てられた。


二人で、あんな奴の前にひざまづくように並んでいるなんて、まるで罪人じゃない。


私が何をしたって言うの。


リクが何をしたって言うの。


なんで、私たちは、お前なんかに、監禁なんかされているの。


なんで。


なんでよ。


なんでなんだよっっ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る