厳格な塊が詰まった家

「ねぇ~アーヤー、ほんっとウザいんだけど~」

「……」


この家には、私しか話を聞ける人がいなかったから、あいつは世間話や、今日あったことを、わざわざ部屋に入ってきて、わざわざ私に話しに来た。


こっちは、お前の顔なんか一つも見たくないっていうのに。まぁ、でも、何もないのも退屈だし、暇つぶしにはなるのかな……っていやいや、ヤバイ。頭が汚染されて、完全にイカれてる。駄目駄目。この生活に慣れては駄目。


いつも、しょーもない話題しか持ってこないから、私は聞いているフリをして、聞いていない。そんな話より、自分のことの方が大切だ。だって、お前に監禁されているんだからね!!


「アヤの両親さー、」

「……!?」


そうだ、私、今までずっと自分のことばっかり、考えてきたけど、結婚した娘から長いこと連絡がないから、心配しているんだろうか。初孫が見たいって言っていたし……


「家を燃やして、娘と無理心中したんじゃないかって、言ってんのにさ~、警察が全然信用してくれないんだよ」

「!?!?」


も、燃やした……? え、じゃ、じゃあ、お母さんとお父さんは、な、亡くなったの……?


「家宅捜索もして、僕が怪しくないことは証明されたのに〜あなたが火をつけて妻とその両親を殺したんじゃないですかってまだ言ってくるんだけど~はぁ、ほんとウザい……あーあーあーあーあーあぁぁぁぁああああっっ!!」


この発狂も何回もお見舞いしてて、慣れてしまった。毎回、鼓膜が潰れそうになるけれど。


でも、急に家が燃えるなんて……放火でもされないかぎ……え。ま、まさか……こいつが、私の家に火を、つけ……た、の? いや、こいつならやりかねない。絶対にそうだ。こいつが私の実家に火をつけて、私と両親が無理心中をしたように見せて、私をここに監禁しているという事実を消そうとしている……。本当に、私の存在までなかったことにするなんて……そんなお前の名前なんか、もう忘れたわ。


私の家が……燃えた。あの厳格な塊が詰まったような家が燃えた…………


私は、それはそれは厳格な家で生まれ育った。両親ともに高学歴で、その間に生まれた一人娘の私は、それはそれはすべてにおいて、二人と同じ水準を満たすことを要求された。だから、小さい頃からずっと勉強して、勉強して、良い高校に入って、良い大学に入ったのは、至極当たり前のことで、両親が望んだ通りの道だった。良い高校や、良い大学に入ることが出来たのは良かった。でも、私は、レールの敷かれた道をただただ必死に落ちないように走っていただけ。おかげで、これといった楽しい思い出が何もない。友達と遊んだことも、忙しい両親が参観日に来たこともない。おかげで、他の親御さんから、うちはそういう家なんだって、陰でヒソヒソ言われた。


アヤ、勉強しなさい。


アヤ、そんなことより勉強の方が大事でしょ?


それは両親の口癖だった。にタコが出来そうなくらい、何回も何回も言われ続けた。


だから、私が結婚を機に家を飛び出したことは私にとっては転機だった。そのはずだったのに。


今、私はこんな部屋で、いったい、何をされているの。


あんなに、大好きな人の花嫁になって幸せな家庭を築いて暮らしたいって願ったことは、いけないことだったの……?


私の家は、家族は、自分の両親のような、私が経験したような家にしないって、もっと子供が伸び伸びと好きなことをして、特別な力をつけて、将来やりたいことをやらせてあげて。


そうしたいと願っていただけなのに。


あいつを選んだことがいけなかったのか。正直、私は早く両親からの呪縛から逃れたくて、結婚を急いでいたし。


本当に今の生活は、地獄だ。


これなら、あの家にいてた方がまだマシだったんじゃないかって思わせるくらいだよ、ほんと。


でも、が私を厳格に育ててくれたおかげで、私はこの生活に耐えることの出来る耐性力を身に付けたよ。遊びに誘われても、断って、だからいじめられて、日に日に傷が増えて、家でも、ちゃんと出来なかったら、暴力されて。ほんと、どっちがどっちの傷か最終的には見分けもつかなかったよ。でも、、それもあいつからの暴力に屈しない強い強い精神力を育てたよ。



そんな娘を悩みの種だと思っている両親のいる家が、火をつけて無理心中したってことにしたわけね。私と同じ大学を出ているからって、本当に頭が回る。いらない賢さだわ。家宅捜索をして、私が見つからなかったってことは、その頭をきかせて、うまくごまかしたのね。その賢さにも、あの時は惹かれていたのに……。


警察の方々は、私を見つけ出してくれない。


私を心配する両親ももういない。


さようなら。

初孫が見たいって言っていたこと、叶えてあげられなかったけれど、会わせたらあわせたで、どうせ私の息子にも、私に言ったことと同じことを言って、私に行ったことと同じことをするんでしょ。

それなら、会わせなくて良かったと思ってしまうわ。


あぁ、本当に何もかも……皮肉だ。

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