迷い込んだのは誰
この部屋にカレンダーなんてそんな親切なもの、口頭で今日の日付を教えてくれるなんてことは決してなかった。あいつにそんな親切な心なんてものはなかった。だけど、私をナメられては、困る。私は母親。
リクを取り上げられ、ここにぶち込まれたその日付から、私は忘れないように、絶対に忘れないように……一日目、何月何日、二日目、何月何日……と一日中心の中で唱え続けた。あいつに溺愛されている時も、罵られている時も、いつだって、私は心の中で唱えることを止めなかった。
こんなことで弱音なんか吐いてちゃいられないわ。あんな奴に監禁されたって、私の心までは操れない……ってあぁ、駄目ね。汚い言葉、母親になったんだから、使わないようにしようって決めていたのに……。
あぁ、リク……君に会いたいな。
そんな思いを心の中で抱えながら、十四年と五か月と七日が経った。ほとんど同じ体勢で、体は動かなく、声もほとんど出なくなっていた。
もしかして……とリクに嫌なことが起こってしまったのではないかと考えたこともあったけれど、私はリクが生きていると信じていた。あいつのもとにいる時点で、何も根拠はなかったけれど……。でも、あいつの優しい面がずっと続いていたら、と祈った。
リクは、もう中学生三年生……。どれくらい背が高くなったのだろう。声は声変わりしている? 私のことをなんて呼ぶのだろう。ママ? お母さん? 母さん? おふくろ? って私、まだそんな老けちゃいないけど。
リクは私を見たら、なんて思うのかな。私だと分かるのかな、分からないのかな。
「……」
一気に悲しみが押し寄せてきた。年齢の割に、こんな老けて見えるなんて、リクは私のこと、分からないのかもしれない。まぁ、鏡なんてもう何日も見ていないんだけど。全部、私の憶測でしかないのだけど。そもそも、物心ついた時には、私は君のそばにはいなかったし……。
そうやって、生まれたばかりの時しか見たことのない、息子の成長した姿を心の中で必死に想像して描いていた。
でも、私は、もう一生、リクに会えないまま、ここで一人寂しく……まぁ、あいつがいて……それに看取られながら、死ぬのだろうか。うわ、本当に屈辱的。まぁ、まだ看取ってくれる人がいて、マシなのかしら。長い監禁生活で、頭が少しイカれてきたのか、そんな皮肉を考えた。まぁ、やっと、ってところね。たとえ十四年経っても、私の心を操ることなんて出来ないから。
あぁ、もうすぐ、リクの誕生日だ……。
監禁されて、何もできない日々を過ごしてきたけど、月日が経つのって本当に早いと思った。
なんか、こんな生活の中にある脳を勘違いさせるためにか、謎に余裕が出てきた。それに、話し方も本来の自分に戻ってきた。あいつ……あの時は、彼……に好かれたくてやってきたことは無駄だったのかも。ただ、自分にプレッシャーをかけるだけのしんどいものだった。だって、今こんな状態で、全然幸せじゃないもの。小さい頃から、自分のこと、アヤって呼んでいたのに……それも、私、にかえて。はぁ……言葉遣いとか、話し方とかは本来の自分に戻ったりするけど、一人称の私、はそんな簡単に戻らないね。よく使っていたから。本当に……今じゃ、忌々しい……。
その時、もう何万回と聞き飽きた、例の入り口のドアの開く音がした。
あれ、いつもこの時間には来ないのに……。
いつも、決まった時間にしか、あいつはこの部屋には来ないのに、変だと思った。
「うわっ!!」
「!?!?!?!?!?!?」
遠いドアの先から、聞いたことのない声が聞こえた。確実にあいつの声ではなかった。
だ、誰なの……? ここに迷い込んだ、あなたは誰なの?
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