幸せな夢を見ていただけ

「あが……っ!!!」


まだ生まれたばっかりで、気が早いとは思っていたが、可愛い息子のために、靴下を編んでいたその時だった。急に頭に衝撃が走って、私は床に座った姿勢からそのまま横に、倒れてしまった。


家に強盗か何者かが入ってきたのだと思った。私たちの幸せを脅かしに来たのだと思った。


「……うっ……」


そんな奴には、仕返しをして、生け捕りにして、法の制裁を受けてもらおうと思った。


それが、私たちの幸せを奪いに来た対価だと思った。


でも、うっ……あ、あ、たまが……。


今まで生きてきた人生の中で、初めて味わった痛みだった。頭が割れそうだった。


っ!! か、彼はっ! か、彼も……襲われた、のかも、しれない。


視界を見回そうと、力を振り絞って頭を上げた時だった。


「え……?」


は、私の知らない人だった。私の知らない顔をした、彼だった。


「……っ!!」


右手に金属バットを持っていた。そして、服が返り血で染まっていた。


あ、あれは……私の、血……?


「はは、あぁ~、アーヤー、ごめん~。僕なんてしたことなくて、バットなんて持ったことすらなくて……」

「あ、あなたが……これ……やっ……た、の……?」


彼がこんなことをやったなんて、信じられなかった。だから、私はそうやって聞いた。彼が金属バットを持っていることと、今私に起きていることを繋げたくなかった。


彼は金属バットで悪い人をやっつけて、それでリクを守って、そして偶然そのへこんだ金属バットを持っていたのだと思いたかった。お願いだから……私の質問を否定してほしかった。


だ、だって、彼は、私が好きで、私も彼がで……。


「うん、そうだよ♡」

「……!?」

「ごめんねぇ~僕振り方下手くそで……はは、アヤ、物凄く痛そうだね……?」

「……!……?」


私の知らない一面だった。それは、化け物だった。あの時の彼の本性は序章にすぎなかった。


「な、なん、で……」

「アヤが、アヤが……アヤがっ!!! 悪いんだろっっっ!!! ぼ、僕を、な、蔑ろにして……」

「し、て、な……、」

「してたぁっっっっ!!!!! アヤは! 僕を蔑ろにしてた!! そ、それが、僕は……僕は嫌で! 寂しくて! アヤがリクに取られちゃう……アヤがリクを、リクがアヤを、独り占めして……僕は部外者になって…」

「……っ」


何を言っているの、あなた。そんな……取られる、とか、取るとか……私たち、家族じゃない。私たちみんなで楽しく仲良く、暮らすんじゃない…………でも、確かに、私は……リクに癒しを求めていた。あの時のことを何もかも忘れさせてくれるくらい、リクは本当に私を癒してくれたから。私は自分自身を洗脳していたのかもしれない。彼のことがまだ大好きだって。自分の感情より、子供を最優先として考えていたから。


でも、それが良くなった。それが、彼のの本性に……気付くのを鈍らせた。

強引にされた後に、すぐに別れれば良かった。


リクの泣き声が聞こえた。私が金属バットで頭を殴られた音に驚いて、起きたようだった。


ちょっと、待って。 リ、リク……。違う、そんなことより今は、リク。リク!!

 

「リ、リク……」


私は必死に手を伸ばしていた。リクはあいつのすぐそばのベビーベッドに横になっていた。


「大丈夫だよ、アヤ……。リクは、ちゃんと僕が元気に育てるから」

「っ!!!」


あいつが近づいていって、大声で泣くリクを持ち上げた。


あいつが、リクを持っている…っ!!


「や、やめて……」

「ほら、よしよーし。ごめんね、びっくりしちゃったね」

「さ……触らないでっ!!!!」

「大丈夫だよ、アヤ~。リクは僕とアヤの愛の結晶だもん。だから、心配しないでいい、」

「リクを……返して……リクを返せえぇぇぁあっっっっ!!!!!!」


こんなに叫んだのは、生きてきて初めてだった。今まで溜めてきた疑心とか憎悪とか、パンパンにはち切れそうになっていたすべてが一気に爆発して、体中から怒りが込み上げてきて……音が割れるくらい私は叫んだ。あんな奴にリクを渡すなんて、リクがどうにかなってしまうなんてたまったものじゃなかった。


あいつの血が流れていてもリクは私の子供……なのに。


「……っ」

「あっは、叫びすぎて、気絶しかけてんじゃん。ほんとにアヤは~バッッッッカだなぁ~。叫ぶからじゃんっ!!」


意識が途切れそうだった。そんな中でも、あいつの嘲笑うような侮辱ははっきりと聞こえた。


そんな場合じゃないのに……リクを助けないといけないのに……。

君を守るって誓ったのに……。リク……。リ……ク……。


私はあの子の母親。それなのに……こんなところで倒れている場合じゃ……な……い…………


「……」


その思いも虚しく、私は意識を失った。


「おやすみ、アヤ♡」


リクを産むまでの期間は、あいつの本性を知らずに、私がただ勝手にを見ていただけだった。

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