じゅうごわめ。

 放課後――。


 帰りのホームルームが終わると、花はプリントを抱えて廊下へと出た。

 隣のクラスもちょうどホームルームが終わったらしい。


「もしかして、マラソンでビリだったんですか?」


 教室から出てきた羽住くんは花が抱えているプリントを見て苦笑いした。

 花は仏頂面でうなずいた。


 マラソンの結果はぶっちぎりのビリだった。

 一番最初にゴールした九重さんと比べると周回遅れ。それも二周分の周回遅れだ。


「でもまぁ、これくらいでよかったよ」


 ビリになるとあるらしい〝なんか〟は保健の授業で出ていた宿題のプリントをクラス全員分、回収して職員室まで持ってこいというものだった。

 力仕事を手伝えなんて言われたらどうしようかと思ったけど、一人一枚、クラス全員分でも三十枚強のプリントを持って行くなんて大した量じゃない。


 マラソンがビリというのは花自身も予想していた結果だし納得している。この場合は納得しているのではなく、あきらめていると言うべきか。

 ビリになるとあるらしい〝なんか〟も大した内容ではなかった。


 でも――。


「なんで羽住くんはプリントを持ってないのさ。絶対にビリだと思ってたのに!」


 その点については全く納得ができなかった。

 女子と同じように男子も今日の体育はマラソンで、ビリだった人はプリントを持って行くことになっていたはずだ。


 花と同じように運動神経も体力もない羽住くんが、花と同じようにビリになってプリントを持って行く羽目になっていると信じていたのに――!


 にらむ花に困り顔で微笑んで、羽住くんは両手を小さくあげた。

 降参のポーズだ。


「哀しいかな、ビリはビリでした。ただ、俺よりもプリントを持って行くにふさわしい人がいたというだけの話ですよ」


「誰だ、それ」


「さぁ、誰でしょう。……プリントを持って行くの、手伝いましょうか」


 花の疑問にはろくすっぽ答えず、羽住くんは手を差し出した。

 たった三十枚強のプリントと、羽住くんの大きな手を交互に見て、花は首を横に振った。


「この枚数で手伝ってもらうのは、逆にちょっと……ね。さっさと職員室行って、ゴリ美に渡して、図書室に行くよ!」


「わかりました。それじゃあ、図書室で待ってますね」


 片手で三十枚強のプリントをひらひら振る花を見て、羽住くんはくすりと笑った。


 職員室と図書室は反対の方向にある。

 羽住くんと背中合わせに歩き出して、花は窓の外に広がる灰色の空を見上げた。


 羽住くんはいつもどおりの態度だった。ですます調で、大人びた雰囲気で花に話しかける。

 他のクラスメイトに対しても、男女関係なくそうだ。


 今日の昼休みにうっかり聞こえてしまった、乱暴な話し方が特別なのだ。

 九重さんと話しているときが特別なのだ。


 花は灰色の空を見上げて唇をとがらせたあと。

 なぜかもやもやする胸を押さえて首をかしげた。


 ***


 さっさとプリントを渡して図書室に行こうと思っていたのに――。


「じゃあ、次は採点ね。答えはこれ。はい、赤ペン。そっちの準備室を使いなさい」


 ゴリ美は答えが書かれたプリントと赤ペンを差し出すと、職員室の一角にある印刷室を指さした。

 採点もやるのかと上目遣いで訴える花を見て、ゴリ美はにーっこりと微笑んだ。


「採点が嫌なら次のマラソンの授業でプラス五周」


つつしんでお受けします!」


 花はゴリ美の言葉をさえぎり、うやうやしくプリントと赤ペンを受け取ると印刷室に駆け込んだ。


 ゴリ美なら、気が変わったから採点もプラス五周も両方! なんて、笑いながら言い出しかねない。

 今日の授業でグラウンド五周を走っただけでも倒れる寸前だったのだ。途中、歩いて怒られたりしたのだ。

 プラス五周なんて間違いなく、聞いただけで倒れてしまう。


 職員室の一角にある印刷室は、先生たちがテストや宿題のプリントを作ったり印刷したりするときに使う部屋だ。

 中央に作業用の広いテーブルがあり、壁際には大きなプリンタが三台並んでいて、プリンタの反対側の壁には印刷用紙の入った段ボールが山積みになっている。


 他の先生が使っているかもしれない。

 一応、ノックしてそーっとドアを開けると――。


「お、図書室のちびっ子!」


 なぜか西谷くんがいた。


 作業用テーブルには花が抱えているのと同じ、保健の宿題プリントが置いてある。西谷くんの右手には赤ペンも握られている。

 どうやら男子側のプリント回収、採点役は西谷くんらしい。


「ちびっ子も授業中に鬼ごっこして怒られたのか?」


 プリント回収、採点役に任じられた理由は花とはずいぶん違うようだけど。


「マラソンでビリになったんだよ。男子は……そういう理由で決まったんだ」


「最初はマラソンでビリになった奴って話だったんだよ。俺、ぶっちぎりで一番だったからやらないで済むはずだったのに。羽住のやつがいつまで経っても帰ってこないから暇つぶしに鬼ごっこしてたら……ゴリ男に首根っこ、つかまれてこうなった」


 ――哀しいかな、ビリはビリでした。

 ――ただ、俺よりもプリントを持って行くにふさわしい人がいたというだけの話ですよ。


 羽住くんはそう言っていたけど、なるほど。

 ビリよりもふさわしい人というのは西谷くんのことで、そういう事情だったらしい。


 きちんと走り終えて待っているあいだ、それも体育の時間中に走りまわっていても滅多なことでは怒られないはずだ。

 相当、大騒ぎしたのだろう。

 マラソンで散々、走ったあとに鬼ごっこする体力が残っていることにも、大騒ぎできる気力が残っていることにもびっくりだ。


 花は乾いた笑い声をもらした。


「今日は部活あんのに! 焦りすぎて丸がヘロヘロする!」


 西谷くんは短い髪をガリガリと掻くと足をジタバタさせた。その拍子に手を放してしまい、教員用のテキストがパタンと閉じてしまった。

 西谷くんが悲鳴をあげるのを聞いて、花は苦笑いすると目の前のイスに座った。テーブルの角を挟んで、西谷くんの右隣の席だ。


 花は赤ペンを構えると、早速、クラスメイトの回答と採点用のプリントを睨みつけた。

 一枚目の採点の途中でジリジリし始めてきた。これは時間がかかりそうだ。

 西谷くんが叫ぶ気持ちもよくわかる。


「ちびっ子も図書室、行くつもりだったんだろ?」


 ジリジリしているのが顔に出ていたのかもしれない。

 西谷くんがため息混じりに尋ねてきた。


「ちびっ子じゃなくて、真隅。真隅 花」


 プリントから目を離さずに言うと――。


「ハナ!? うちの犬もハナって言うんだ!」


 西谷くんは耳をふさぎたくなるような大声で言った。

 大声にびっくりして固まっている花にお構いなしで、西谷くんはスマホを突き出してきた。


「ほら、これ、うちのハナ。鼻の下の模様が鼻水みたいだからハナっていうんだ!」


 写っていたのはレンズに鼻先を寄せる人懐っこそうな黒い犬だった。

 唯一、右の鼻の穴の下から口元まで、一直線に白い毛が生えている。


 言われてみれば鼻水を垂らしているようにも見える。

 見えるからといって名前として付けるセンスはなかなかだと思うけれど。


「ちびっ子と同じ名前だな!」


「だから、ちびっ子じゃなくて……」


「悪い、悪い! ハナだよな、ハナ!」


 満面の笑顔の西谷くんに花は苦笑いでスマホを返した。

 〝図書室のちびっ子〟の次は〝鼻水模様のハナちゃんと同じハナ〟で定着してしまいそうだ。


「って、また閉じちゃってるよ! ハナ、何ページだっけ!?」


「えっと……四十二ページ」


「四十二……四十二……」


 採点用プリントの端に印字されているページ番号を読み上げると、西谷くんは教員用テキストのページをめくり始めた。


 花がゴリ美から渡されたのは、教員用テキストの採点に必要なページだけをコピーしたものらしい。

 西谷くんが使っている教員用テキストは分厚い上に新しくて、開きクセもついていない。ちょっとテキストから手を放すとパタンと閉じてしまうのだ。

 閉じるたびにページをめくって探していたら、もっと時間がかかってしまう。


 花は少し迷ったあと、カバンを引き寄せて小説を出した。ちょうど一冊、読み終わったところだ。

 最後のページにはさんであったニシキアナゴのしおりを西谷くんに差し出す。


「これ、はさんでおいたら?」


「貸してくれんの? サンキュー!」


 西谷くんはしおりを受け取るとニカッと歯を見せて笑った。

 花も笑い返して、再び、プリントに目を落とした。


「このしおりの魚、水族館にいたやつだよな。えっと……なんちゃらヘビ?」


「ニシキアナゴ。なんちゃらでもないし、ヘビでもないよ」


 西谷くんはおしゃべりが止まらないタイプらしい。赤ペンで丸やチェックを入れながらも、ずっと喋っている。

 花は話半分に聞きながら、採点を続けた。


「これ、このあいだ、水族館に行ったときに?」


「うん、そう」


「……そっか」


 西谷くんはそうつぶやいたかと思うと、急に黙り込んでしまった。

 今までにぎやかだった分、どうしたのだろう……とは思ったけど、早く採点を終わらせて図書室に行きたい。西谷くんだって部活に行かなきゃいけないはずだ。

 うつむいている西谷くんを不思議に思いながらも花は採点作業を続けた。


 慣れて集中できるようになると採点作業は順調に進んだ。

 花は赤ペンを置いて伸びをすると時計を見上げた。それでも一時間ほどかかってしまったけど。

 時間は十六時半を少し過ぎたところ。なんとか、まだ図書室は開いている。


 プリントをトントン……と整えて、花はちらっと西谷くんの手元を見た。花よりも先に始めていたはずなのに、まだ半分近く残っている。

 早く部活に行きたくて焦っているのかもしれないし、こういう作業が得意じゃないのかもしれない。


 でも、多分……一番の原因は集中できていないことだ。


 プリントと教員用テキストをひと往復したかと思うと、すぐに視線が宙を泳いでしまう。何か考え込んでいるようだ。


 花はため息をついた。

 早く図書室に行きたいけど、西谷くんをこのまま放っておくわけにもいかない。


「部活の時間、大丈夫?」


 尋ねると、西谷くんはハッと時計を見上げて無言で首を横に振った。

 今にも泣き出しそうな顔だ。部活の終了時間まであまり時間がないのだろう。


 図書室には昼休みに行ったし、市立図書館で借りた読んでいない本も残っている。

 花は一つうなずくと、赤ペンを手に構えた。


「半分、貸して。手伝うから」


「でも……」


「部活、早く行きたいんでしょ? 二人でやったら十分くらいで終わるよ」


 差し出された花の手と顔を交互に見て、西谷くんはじわっと目に涙を浮かべた。


「ハナ……お前っていいやつだな!」


「そ、そういうのはいいから! ほら、プリント……!」


「水族館で鉢合わせたときの約束も守ってくれたみたいだし。……誰にも言わないでってやつ。だって、羽住にも九重にも、あのあとも今日もなんも言われなかったもん」


 花が差し出した手を無視して、西谷くんはぐずぐずと泣きそうな声で言った。

 そして――。


「うぅ~! もう、無理! ハナに隠し事とか俺にはできない!」


 うめき声をあげたかと思うと西谷くんは花に向き直って背筋を伸ばした。

 たぶん誰が相手でも隠し事なんてできないんじゃないかな――と、思いながら、花も西谷くんにつられて背筋を伸ばした。


「ごめん、ハナ! ハナと羽住が俺たちのことを尾けてること、本当は知ってたんだ!」


 西谷くんはそう叫んで、いきおいよく頭を下げた。

 イスの背もたれに頭をぶつけるんじゃないかと心配するほど。いきおいよく頭を下げた西谷くんのつむじを見つめて、花は目を丸くした。


「それって、私と羽住くんが尾行してたことに気が付いてたってこと? いつ? 水族館についてから? 電車に乗ったとき?」


「違う! そうじゃなくて!」


 西谷くんはいきおいよく顔をあげると、これまたいきおいよく首を横に振った。


「金曜の昼休み、九重と羽住に頼まれたんだよ。その、こ、恋とか……? ハナはそういうのが苦手で研究中だから、両片思いのフリして九重と水族館デートしてるとこを見せてくれって。羽住がハナといっしょに尾けるからって!」


 西谷くんは身を乗り出して、真剣な表情で言った。

 でも――。


「俺、九重のことが好きだから。フリでもデートできるって思ったら嬉しくて、つい乗っちゃったんだけど……でも、これってハナをだましてることになるんじゃないかって、あとになって思って……」


 西谷くんの表情はどんどんと暗くなっていく。


「せめて、水族館でハナと鉢合わせたときに素直に話せばよかったんじゃないか。ハナにバレちゃったって羽住と九重に話して、ちゃんとあやまるべきだったんじゃないかって……そう思ったんだけど……」


 声もどんどんと尻すぼみに小さくなっていく。


「ハナにバレたって話したら九重とのデートも終わっちゃうのかなって。フリだけど、途中で終わっちゃうのはやだなって思ったら言えなくて。ハナにも鉢合わせたことを内緒にしてくれなんて言っちゃって。俺、自分のことしか考えてないなって……ホント、ごめん」


 ぽつりとつぶやくようにあやまって、西谷くんはうつむいてしまった。

 話を聞き終えた花は天井を見上げてため息をついた。


 羽住くんと九重さんはそうかもと思っていたけど、西谷くんまで仲間だったとは。

 ちょっとびっくりしたし、花一人だけが知らなかったことにショックを受けてもいた。


 でも、それ以上にどうしてそんな計画を立てたのか。うそをついてまで水族館デートなんてすることになったのか。

 わからないことばかりでモヤモヤする。


 一見すると優しそうで、でも、よく見るとうさんくさそうな微笑みを浮かべる羽住くんを思い浮かべて、花は心の中でため息をついた。

 今回の計画――計画を立てたのは羽住くんだ。

 言い出したのは九重さんかもしれないし、羽住くんかもしれない。どちらかわからないけど、計画を立てたのは絶対に羽住くんだ。そうに決まってる。


 あんまり面識のない西谷くんを巻き込んでまで教えなきゃいけないほど、そんなにも花は恋愛ごとに疎いのだろうか。

 花の恋愛ごとの疎さを解決しないと羽住くんが困るような何かが起こっているのだろうか。


 それとも、もっと別の理由――?


 腕組みをして考え込んでみたけど、花に羽住くんの考えが読めるわけもない。

 魔法使いみたいに人の心を読んでくる羽住くんとは違うのだ。


 本人に聞くのが一番、手っ取り早いし確実だ。


 今回の件、羽住くんを問い詰めるぞと心に決め。

 ついでに、次に羽住くんがおすすめの本を聞いてきたときには、あまりにもつまらなくて途中で読むのをやめた小説を教えてやると心に決め。


 花は小さくなっている西谷くんに向き直った。


「気にしないでよ。羽住くんたちの計画だったとは言え、私も西谷くんたちを尾行しちゃってたわけだし」


 西谷くんはこんなにも罪悪感を感じて、落ち込んでいるのだ。そんな西谷くんを責めることなんてできない。

 それに、やっぱり尾行も盗み見もよくない。


「私の方こそ、ごめんなさい」


 花はそう言って、西谷くんに頭を下げた。


「ハナ……」


 花が顔をあげると、西谷くんは目を潤ませていた。

 かと思うと、ガバッ! と花を抱きしめて、つむじに勢いよく頬ずりしてきた。


「ハナ! ハナ、ハナ~! お前、本当にいいやつだな! いい子、いい子~!」


 花の髪がぐしゃぐしゃになるのも、勢いが良すぎてうめき声をあげているのもお構いなしだ。


「それ、絶対に犬のハナちゃんにやってるやつだよね!」


「弟と妹にもやってるやつだから大丈夫~」


 何がどう大丈夫なのだろう。

 さっぱりわからないけど、邪気のない西谷くんの声を聞いていると抵抗する気がなくなってしまう。

 花はなすがまま、されるがまま。苦笑いして、西谷くんの頬ずりを甘んじて受け続けた。


 しばらくして、ようやく気が済んだらしい。


「ハナ、ありがとうな! よし、採点がんばるぞ!」


 花を解放すると西谷くんは採点作業を再開した。さっきよりもペンの進みが速い。

 胸のつかえが取れて目の前の作業に集中できるようになったみたいだ。


「西谷くんを巻き込んで、こんな手の込んだことをして……羽住くんも何がしたかったんだろ」


 西谷くんの採点を手伝いながら花はため息をついた。

 羽住くんに聞いてみなきゃわからないと思いつつ、ついつい仏頂面でぼやいてしまう。


「単純にハナといっしょに水族館に行きたかったんじゃないか?」


「なんで?」


「なんでって……そ、そっかぁ。そんな感じかぁ」


 首をかしげる花に、西谷くんは困り顔になった。

 そんな感じとはどんな感じなのか。聞き返そうして、でも結局、花は口をつぐんだ。


「羽住と九重にもあやまらないとな。言うなって言われてたのに、こんなボロボロと話しちゃって……」


 西谷くんがテーブルの一点を見つめて、ハハ、と乾いた笑い声を漏らしたからだ。


 どう考えても、西谷くんは隠し事をさせるには向いてない性格をしている。

 完全に羽住くんの人選ミスだ。羽住くんにしてはお粗末なミスだな、と思いながら花は苦笑いした。


 そして――。


「ねぇ、西谷くん。羽住くんたちにあやまるのは、ちょっとだけ待ってくれる?」


 西谷くんの目をのぞきこんだ。


「どうして、そんなことをしたのか。私から直接、羽住くんに聞いてみたいから」


 水族館デートが羽住くんと九重さんの計画だったことを花が知ったと、西谷くん経由で知った羽住くんから話を聞くのではなく。

 花から羽住くんに面と向かって聞きたかった。


 西谷くんもなんとなく花の気持ちを察してくれたらしい。大きく頷いた。


「わかった! 花がいいって言うまで黙ってる! 黙ってる、けど……けど……」


「わかってる、わかってる。早めに、でしょ?」


 西谷くんが背中を丸めてそわそわするのを見て、花は声をあげて笑った。

 本当に隠し事に向いていない。


 花の笑い声に西谷くんは目をしばたたかせたあと、えり首をかいて照れ笑いした。


「こっちは終わったよ」


「俺もこれで……最、後! 終わったぁ!」


 最後の一問に丸をつけて、西谷くんはバンザイした。


 時計を見ると十七時を過ぎている。

 図書室は閉まっているか、行ってもすぐに追い出されてしまうだろう。


 西谷くんの方は――。


「ギリ、いける! 気がする!」


 花の視線の意図を察したらしい。西谷くんは勢いよく立ち上がった。


「花のクラスの分も渡しとく! 手伝ってくれてありがとな! じゃあ、また明日~!」


 あとのことはやっておくと花が言うよりも先に、西谷くんは採点したプリントや赤ペン、教員用テキストを抱えて印刷室を飛び出して行ってしまった。

 バタバタと賑やかな足音はあっという間に遠退いていく。


 途中、ゴリ男が、


「西谷、走るな!」


 と、怒鳴るのが聞こえたけど、西谷くんのにぎやかな足音が止まることはなかった。

 花はくすりと笑ってカバンを肩にかけると、職員室を出て、そのまま昇降口へと向かったのだった。

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