第2話 ライフ始動?

 川が見え、高層ビルが並び、様々な見た目の車を追い越し、到着したのは妙に人通りが少ない道路を挟んで建っているコンビニである。黄色の禁止線が貼られ、そこに数名の警察官と野次馬の姿が確認できた。


「『A』ってコンビニ強盗の事ですかね?」


 学校に通った事はなく、だが社会経験として9年間本部に飼われていたのである程度の常識は分かるライフだが、英語はからっきしダメであった。

 警察官に敬礼されながら、ユーズと一緒に禁止線の中に入る。妙な高揚感を覚え、振り返って敬礼し返すがユーズに腕を掴まれその場から逃げるように進む。入った事で、野次馬を避難させようと声掛けをする警察官の声が背後で聞こえる。


 一歩二歩、と腕は掴まれていないが止まろうとしないユーズに引っ張られるように進んで行く。コンビニのドアから内部が見える程の距離になった時、ユーズが口を開いた。


「Arm、武器とか腕って意味だね。コンビニ強盗って線は正しいけど、中で閉じこもっているのは『A』だけだよ」


「それなら、」


「人質だった四名の客と、二人の従業員は殺されちゃって・・・」


「炙り出すとか壊すとかした方が手っ取り早いんじゃないすか。建物はそのままで解決したい?」


 結構欲張りなんだなぁ、と溢すライフを見て驚きの表情を見せる。


「やっぱりどんな容姿でも魔人は魔人なんだね。壊さないようにって命令は来ていない。ただ、少し前までは人質の命があったから維持しているだけだよ。ある程度の距離で避難が完了したら適当に戦ってもらって大丈夫」


「ならでっかい鉄球で取り壊すって作戦は・・・」


「実戦で役に立つか見るためだから却下。重機借りるの能力を発動させるための許可よりも取得めんどくさいんだよ」


「命と天秤にかけられる重機取得ぅ。本音そっちじゃないっすか」


「どんな人でも面倒事は避けたいよねって事で。はい、突撃ー」


 銃器よりも軽い命なのか、と戦々恐々しながら背中を押され入店する。何十回と実験させられたのを思い出し「そりゃ軽いよなー」と思いながら場違いなほどに能天気な入店の音楽が響く。入った瞬間に待ち構えていて、脳天をバットでぶち抜かれるとか。そんな想像をしていたライフは意外にも呆気ない程に店内をじっくりと見れる事に驚く。


 争った形跡がこれでもか、と店内を荒らすようにして自己表現している。店内に飛び散った鮮血と、床に散らばった商品と雑誌。それに紛れるようにして転がっている肉の残骸。調理前の肉塊かな? と夢を見るが少し視線を逸らすと生首が白目を剥いてレジに置かれているので想像通りの物体だろうと確証が得られる。

 そんな残骸にご愁傷様です、と労りながらこれでもかと踏みつけて進んでいく。わざわざ踏まないように進む理由はないのだ。なら気配がある場所まで一直線で行った方が良いだろう。特に深い考えもなくライフは向かう。


「あのー、居るのは分かってっから出てきて欲しいんだけどー」


 流石の足場の悪さにテンションが下がっていくのを感じ、向こうから来る事を願って声を上げる。

 能天気なライフの声は店内に響き、犯人の神経を逆撫でする。こちらは入店してから1分弱であるのに対し、相手側は数時間ほど入り浸っているのだ。その中で人を殺し、立て篭っている。正常な精神は持っていないだろう。

 ゴソゴソと何か物音が聞こえ、そちらの方に顔を向ける。耳を掠るようにして銃弾が飛んできた。窓ガラスがある、雑誌コーナ側を歩いていたので背後で軽快に割れる音が聞こえる。


「んだよ、いんなら返事くらいしろよ」


 いまだに返事が射撃な事に苛立ちを覚えながら適当に手に取ったシャンプーを持ち、撃たれた方角に向け投げる。商品棚に当たる音が聞こえる。固形石鹸を手に取り少し角度をズラして投げる。


「うげっ」


 鈍い声が聞こえ、ヒットの実感を得る。

 少し姿勢を低くし、一気に駆ける。通路を抜けるとそこには顔に当たったのか、両手で押さえている天パの男が居た。手には拳銃を持っているので取り敢えずのハイキックで蹴落とす。

 間抜けな声を上げ、ライフの方を向くが時すでに遅し。何か反応を見せる前に振りかぶった拳が天パの顔面にクリーンヒットし、思わず彼は倒れてしまう。そんな彼にライフは馬乗りになり不規則なリズムで顔面をタコ殴りにする。


「俺が、好きなのは、自由で生きる事。んで、嫌いなのは、問に対してすぐ返さねえバカと。俺を邪魔するアホ、オッケー?」


「・・・お、おけ」


「んだよ、まだ息あんのか」


 腫れた顔面で返事をする彼の生命力の強さに感心を抱きながら鼻骨に向け肘を叩き付ける。気持ちの良い感触が肘を伝って感じる。その後にダムが崩壊したような勢いの鼻血が彼から流れ出す。素直に「きめえな」と言葉に出しながら一歩下がる。

 数秒経っても起き上がる気配のない彼に疑問を感じながらもうちょっと待つ。胸は上下に動いているので死んではない事は確認できる。気絶しているかもしれないが。


 ライフの信念は生きる事である。

 生きる為に心痛みながら両親を殺したし、胸が締め付けられる思いで初任給で買った中華まんを頬張った。潜入した先で仲良くなった敵の情報を生きる為に仕方がなく売ったし、その報酬で体が痛くなるほどの惰眠を貪れる休暇を貰った。

 生きる為ならしょうがない、と割り切った考えのライフだが人の心がないわけではないのだ。人を殴ったら手が痛くなるので、進んで殴りたくなしい、殺さずに済むなら出来るならそっちを選びたいと考えるほどの平和主義者である。

 でも、世の中にはそれで上手くいくような聖人君子は天田に存在していない。目の前にいる男が最たる例だろう。ただ声を掛けただけなのに撃ってくる。危ないどころのはないじゃない。だから容易に人を殺してしまうのだ。


 殺された人の無念を晴らそうと、いきなり撃たれた事でびっくりした腹いせにクソほど殴ったわけだが・・・どうやら意識は失ってしなかったみたいで、ゆっくりと起き上がった。その表情は笑っていた。


「いやー、すんません。ちょっと、錯乱してしまってようで・・・ですが、貴方様に殴られた事で改心いたしました! 私は人殺しという大罪を犯してしまったのです。これは私の人生を持って償わないといけないと思います。素直にお縄に付きます・・・」


 と、そう言って両手を差し出す彼の姿を見て、見てるだけってのはちょっと可哀想だな、と思ったライフは少し探してビニール紐を手に取り近付く。手錠の代わりになるだろうな、と思っての行動だったが・・・どうやら彼の作戦の範疇だったようで、彼の表情がより際立った笑顔になった。


「はっはっは!!!!! バカだ、バカだ、バカじゃねえのか!!! なあああ!!??」


 差し出していた右手がぐにゃっと、粘土のように溶け、先ほど蹴飛ばした拳銃によく似た形になった。店内に響くような引き笑いと、永遠とも言える銃声。何度も何度も体に撃ち、撃って、撃ち込む。

 彼、『A』の能力は腕を銃器に変える能力である。銃に変えるだけで銃弾の制限はないのだ。延々とも言える銃声の演奏が響き渡る。


 左手で支え、トリガーを引く事100回近く。時間にして数分程の乱射が終了した。残ったのは入れ替わるようにして倒れたライフのぼろぼろになった姿と、肩で息をしているAである。完全な形勢逆転に思わず高笑いをしてしまうA。能力が発動してしまった時は、どうして自分が? と悲観的になってしまったが、この今の状況を見ると、自分に宿った高揚感とを合わせ全知全能の神になったような気持ちになる。

 これなら何でもできそうだ、と。職場で虐めら、自主的に退社した原因のあのクソ上司をまず殺そう。その前に店の外にいるだろうウザったい野次馬を皆殺しにしよう。


 この彼は何も言わなかったが、想像を遥かに超える位に良い悲鳴をあげてくれるんじゃないだろうか、とそんな期待を込めながら現場から離れようと一歩踏み出した時、妙な金属の感触を足に覚えた。


「ひぇ、」


 視線を下に向けると鎖が足に絡みつき、蠢くように這い上がっているのが分かる。その蠢く先がどこか判断付く前にそれ以上のインパクトが鎖の元にはあった。今の今まで銃の的になっていた彼の体を覆い尽くすように、傷口を隠すために血が体表を覆うようなそんな光景が目の前で起こっていた。それはウジムシのようなウネウネとした回転と、癒着と、移動を繰り返しながら人形を形成していった。


 逃げなきゃ、と思った頃には全てが遅かった。


 反射的に両手を対物ライフルに変えた事で体重を重くする事に成功し、足に絡まっていた鎖の引っ張りに対抗することができた。が、それだけである。Aの体重60キロと、両手のライフルを合わせた80キロを容易に引っ張り、そして引き上げられる。徐々に上がっていく視界に言葉が出せず、足首を潰されるような圧迫感に必死に耐えながら、これからどうなるのか。その現実から必死に逃れようと思考が纏まらない。


 一瞬内臓が抜き取られたのか、とそう思ってしまうような急激な浮遊感を感じ、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。両手のライフルは折れ、やっと止まってきた出血がぶり返し、視界がチカチカと点滅する。死んでしまうのか? と一瞬考えてしまったAの期待に応えるようにもう一度引き摺り込まれ、腹部に強烈な熱さと寒さを感じた。何事かと視線を下に向けると


「・・・あ、アアア! アア、あああ、あ!! あああ、アアアアアああ!!!!!!」


 内臓が溢れ、地面で転がっているのが分かるほどの穴が腹部に空いていたのだ。強烈な脱力感と、眠気がAを遅い、引き戻されるように四肢に鎖が突き立てられる。それは徐々に生えている方向の逆に引っ張られていき・・・


「ま、待って、待って! お、俺が悪かった! あや、謝るからゆるじてくれ!!!」


 言葉が通じないのか、それとも通じているのを敢えて無視しているのか。

 どちらとも取れる無言の視線がAに向けられる。鎖が顔を覆い、スリットのようにして視界を確保している彼の容姿からは感情は窺えないが、見える瞳は無であり、虚空だった。


 Aは無言の視線を向けられながら四肢を引っこ抜かれ、盛大な絶叫の末に意識を失ってしまう。

 どうやら魔人というものは総じて再生能力が高いのか、腹部に空いた穴は徐々に塞がってきており、抜かれた四肢からは出血の量がだんだんと少なくなっていっているのが窺えた。近づき、再生すら許さないように腕に巻いた鎖で殴ろうか、と。足に巻かれた鎖で踏み砕こうかと、徐々に近付く。


 頭部に足を乗せ、醜いAの表情を見ていると、もう一度気の抜けた入店を告げる音楽が流れた。


「沢山撃たれてたみたいだけど無事おわ・・・てはないね」


 ここ冷房入ってる? と、Tシャツの襟をパタパタと動かし、空気を入れるユーズ。上部を見て、エアコンが破壊されている事に気付く。はぁ、と溜息を吐きながら先程のAが撃って空いたガラスから、徐々にユーズの背後まで移動させた鎖の襲撃を回避する。


「その様子だとまた意識がないように見えるけど」


 もしかして、と手を軽く振ってみるが帰ってきたのは熱烈な鎖の花束である。コミュニケーションの取り方に難がある彼を見て、拳を構える。


「戦いの中で成長してほしい、って思っていたけど想像以上に『L』が強くて、使いこなせないみたいだね。まあ、野外演習って事で」


 向かってきた鎖の束を殴り付け、丁度打つかる寸前で行動したのか頭上に移動していたライフの踵落としを避ける。地面にデカデカとヒビが入ったのを確認する前に埋まっているだろうと判断したユーズは一歩でライフの胸元まで移動する。振りかぶる。空を切った。どうやら天井に鎖を打ち込んでいたみたいで、それを巻き取る事で回避したようだ。


「本体はアレだけど『L』自体は学習してるのかな? それともライフ君自体の成長の結果? うーん、どっちにしろ戦いづらいなぁ」


 天井に避難したライフを追おうと足に力を入れるが、視界の隅に違和感を感じ一歩下がる。地面を這わせていた鎖がユーズのさっきまでいた場所を通過した。その中の一本を掴み、引きずり落とそうと力を込めるが、トカゲの尻尾切りのように急に呆気なく引っこ抜ける。体勢を崩した瞬間、ライフが降り、濁流のような鎖を纏った拳をユーズに打つける。クリーンヒットである。

 商品棚を薙ぎ倒し、スタッフルームを突き破り、衣服を散乱させながらコンビニの壁を突き破って外に飛ばされる。地面で二転三転し、やっと勢いが無くなる。


 肋骨全般と、内臓大半がやられていると立ち上がる前に実感し、自身の流れた血を舐める。青かった顔色が急激に良くなる。


 深呼吸を一つ入れ、空いた穴から余裕そうに出てくるライフを見ながら呟く。


「・・・能力一つ縛りは結構キツいね、これ。成長は嬉しく思うけど、自我がないとなぁ」


 自分を保っていれば後は完璧なのだ。室内戦で彼に勝てるのは中々居ないだろう。張り巡らされた鎖の一つ一つを覚える事、見つける事は彼の猛襲を受けながらでは出来ないし、どちらかを疎かにしていれば容易に打撃で全てを粉砕してしまうだろう。距離を取っても鎖が飛ばされ、近距離では降り掛かる制限が多い。

 味方であればこれ程心強いものはないだろう。味方であればの話だが。


 ユーズは羽織っていたローブを脱ぎ捨て、もう一度構える。嘲笑うようにしてライフの鎖がジャラジャラと鳴り、振りかぶったライフの反動で急加速する。瞬間移動したかと見間違う程、高速の鎖が目前まで飛来する。当たる寸前、文字を一つ開放する。


 手応えながない自身の鎖に疑問を覚えながら、射出した鎖を地面に這わせて罠とする。罠の設置はとても有効的であるが、移動がし辛いとのデメリットがある。それすらも塗り替えるほどの実力者がこの両者の中にあるだろう。手応えを感じ、そう認識したLは余裕を見せながら一歩進む。直後、強烈な衝撃が背後で感じた。背面を守っている鎖が何十にも破壊された、そんな威力だ。

 罠として這わせていた鎖を中心として、巻き取って高速で避難する。


 何が原因か、この一瞬で移動できる筈がないと考えるLは彼女が自分と同じように罠を設置した可能性を見付ける。であれば、移動した先なら取り敢えずは安心だろう。そう考えながら巻き取りを止める。直後、同じような抉る衝撃が背後で感じた。鎖を放出しながら振り返る。彼女の不敵な笑みがあった。


「『B』の能力、Backだよ。純粋に君の後ろに瞬間移動出来る能力なんだけど、君って未来予知は出来ないよね?」


 そんな言葉を理解する前に今後は後頭部に打撃を感じ、何か抵抗する前に意識を刈り取られる。

 再度同じように、意識を失い、痛みで意識が戻り。を繰り返す鎖の撤去作業が行われ始めた。

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