幕間:史上最強の姉妹喧嘩ッッッ勃発ッッッ!!!

 今日の天候はいつもとは異なりあいにくの曇り空で、今にも雨が降り出しそうな雰囲気から自然と心もどんよりとする。

 今日は外に出て遊べそうにない……元から外で遊ぶ性分でなかったが、いつしかそれが好きなったのはやっぱり大好きな兄の影響だろう。


 窓の向こう、今にも雨が降りそうな曇天にエルトルージェは小さく吐息をもらす。

 城の中はなんだか退屈だ……最近になってそう思い始めてきたが、如何せん外の世界についてはまだどうしても不安が拭えない。

 だと言うのにほんの少しだけ憧れるという矛盾を抱えてるのも、きっと全部ライシの影響だ。


 ライシの外の世界に対する憧れは家族の中で並々ならなくて、よくアスタロッテや姉と衝突するのもこの城ではもはや日常茶飯事と言っても過言ではない。

 ボクをこんな風にした責任はちゃんととってもらわないとね! 将来晴れ晴れとした外で花嫁衣裳を纏う己の姿を想像しては、だらしなく頬を緩ませるエルトルージェに背後より声をかけるその者の目はどこか冷ややかなものだった。



「さっきから何をニヤニヤしてるのですか?」

「あ、アリッサお姉ちゃん! えっとねぇ、ライシお兄ちゃんとボクが結婚するところを想像してたんだよ。早くボクも成人して花嫁ドレス着たいなぁ」

「まぁ、その気持ちに関しては私も同感です。ライシお兄様と結ばれる、これほど幸せなことなんてきっと世界中のどこを探してもないでしょうから」

「だよね!」



 兄妹と言う垣根を越えて、姉妹全員がライシを心から愛している。

 心優しくて頼りがいのある兄をいつしか異性として恋慕していた。他の家庭が果たしてどうなのか知る由もないエルトルージェだが、きっと他所でも同じであるに違いないとそんな根拠なき自信が心のどこかにあった。


 ――ずっと一緒にいるからこそ、ライシお兄ちゃんの良さは誰よりもわかる。

 ――ライシお兄ちゃん以外にいい男なんていないもん。


 ツヴァルネア城には当然ながら、他にも数多くの悪魔オトコがいることにはいるが、どうもいまいちピンとこない。

 やっぱりライシお兄ちゃんしか勝たんと再び妄想の中で送る結婚生活に勤しむエルトルージェに、アリッサが呆れた様子で口を切った。



「――、エルトルージェ。わかっているとは思いますけど、ライシお兄様の正妻はこの私ということを忘れないように」

「……え?」



 それは生まれてはじめて、尊敬するアリッサに対して抱いた感情だった。

 姉妹全員でライシの妻となる、これはずっと昔から決まっていたことであるし、全員が分け隔てなく幸せになれるのならばと誰も異を唱えることはなかった。

 ただし、誰が最初にライシと結婚するか・・・・・・・・・・・・・・――これについて、そう言えばまったく話し合ったことがなかったと、エルトルージェは今更ながら気付く。


 ――アリッサお姉ちゃんが最初に結婚する……?


 年功序列を考慮すれば、確かにそうなるのが寧ろ自然と言えよう。

 それを素直に容認できるほど、エルトルージェは大人ではない。



「……ちょっと待ってよアリッサお姉ちゃん。いくらなんでもそれはズルいんじゃないかな?」

「何がズルいのですか? 姉妹の中で誰よりも早く生まれてきたのはこの私です。となれば先に成人するのも私なのだから、ライシお兄様の正妻となるのは必然でしょう?」

「そんなのズルいよ! ボクだってライシお兄ちゃんの一番最初のお嫁さんになりたいもん!」

「ワガママを言わないでエルトルージェ。これは既に決定事項です。成人を迎えた者からライシお兄様と結婚する……こんなこと、考えなくてもすぐわかる――」

「やだやだやだやだ! 絶対にアリッサお姉ちゃんなんかに譲らないんだから!」



 エルトルージェの右手から赤黒い炎が轟々と燃え盛る。【BloodyBloodyVampyrus】――一度触れれば最後、跡形も燃やし尽くすまで決して消えることのない魔力チカラをあろうことか大切な姉妹に向けて、エルトルージェは実力行使に訴えた。

 如何に悪魔であるアリッサでも無事では済まない。



「……やれやれ」



 と、まったく取り乱すこともなく、ふっと小さな吐息を一つ。

 攻撃とも防御とも言えないその行動は、しかしエルトルージェの【BloodyBloodyVampyrus】を一瞬にして相殺する。

 【絶零世界コキュートス】――炎ですらも凍てつかせる究極の冷気が彼女、アリッサの持つ魔力チカラにして、渾身で挑んだにも関わらずこうもあっさりと破られた現実は、エルトルージェの表情かおに驚愕の感情いろを色濃く滲ませる。



「ボクの炎が……!」

「妹のワガママを律し道を正していくのも長女の務め。来なさいエルトルージェ、久しぶりに教育してあげます」

「……アリッサお姉ちゃん。ボクはもうあの時みたいに弱かったボクじゃないんだ。いくらアリッサお姉ちゃんだってボクを止めることはできないんだからね!」



 思えば多分、これがはじめてアリッサお姉ちゃんと喧嘩なのかもしれない。

 先の先を取ったエルトルージェは自らの得物である大剣を召喚し、右手でしっかりと柄を強く握る。基本悪魔が武器を使うというのは極めて稀で、武器なんか使わなくても十分に戦える。


 そういう意味だと、彼女らが敬愛するライシは生まれた時から数多くのハンデがあった。

 魔力は弱くて力もか兄妹の中だと恐らく一番弱い。そんなハンデを武器と修練によって克服し、今やアモンと双肩を並べるほどの実力者となった兄の姿にここでも姉妹達は影響を受けた。


 ――本当なら武器なんか必要ないんだけどねぇ……。

 ――でも、ライシお兄ちゃんとおそろいが一番いいや!


 武器が欲しいと言った時のハルファスは今思い出しても気持ち悪かったけど……なにはともあれ、ライシの真似をしたエルトルージェの剣を、鋭い突起が着いた鉄球が正面から激突する。

 けたたましい金打音をその場に奏でて対峙するアリッサの右手にあるそれに、エルトルージェは不敵な笑みをもって見据えた。



「アリッサお姉ちゃんの武器ってさ、相変わらず物騒だよね」

「それを言うのならエルトルージェ。あなたのそれは規格外すぎます。そんな馬鹿でかい剣をぶんぶんと振り回せるのはエルトルージェ、あなたぐらいなものでしょ」



 鉄球鞭モーニングスターを巧みに操り、縦横無尽に蠢く鎖はまるで大蛇のよう。

 あの毒牙鉄球を受ければいくら悪魔であろうと無事では済まされず、しかし当たらなければどうってことはない。ひょいひょいと軽快なステップはさながらダンスのよう、そして――



「よいしょっとぉ!」



 豪快な一撃は小規模ながらの台風を発生させる。

 力任せの一撃は正しく剛剣と呼ぶに相応しく、アリッサの顔にもわずかばかりに焦りの感情いろが浮かんだ、のも束の間。

 ぱきぱきという音の正体はアリッサの足元からで、彼女を中心として地面や壁がどんどん瞬く間に凍てついていく。その毒牙はエルトルージェの足をも絡めとり、あっという間に身動きを封じた。



「あ、あれ?」

「終わりですエルトルージェ。ここで少し反省しな――」

「お前もだアリッサ。お前らはこんなところで何を暴れてるんだ」



 姉妹喧嘩は好きな人の乱入と言う形で驚くほどあっさりと終わりを迎えた。

 頭頂部に鋭い拳骨を一発、もだえ苦しむアリッサの様子からさぞ痛かったに違いない。かく言うエルトルージェもまた同じように涙目で頭頂部を擦った。



「うぅ……痛いよぉ」

「お前らが考えもなしに暴れるからだろう。喧嘩するなとは俺も言わない、兄妹っていうのは喧嘩の一つや二つぐらいして当然ぐらいなもんだからな。だけどな、関係ないヒトを巻き込むぐらいの喧嘩はこれからも絶対にするな」



 そこまで言われてようやく、エルトルージェは周囲の状況にハッと気づいた。

 ボロボロになった廊下、あちこちでは仲裁に入ろうとしたであろう家臣達が無造作に転がっている――大なり小なり怪我こそしてるけど、全員呼吸だけはしっかりとある。

 とりあえず生きているらしいし、この程度でくたばるようならアスタロッテの家臣として相応しくない。



「――、えへへ。ちょっとだけやりすぎちゃったかな?」

「これのどこがちょっとなんだ……。とにかく、このことは母さんの耳にもしっかり入ってるから、後でちゃんと怒られてこい」

「そ、そんなぁ……ねぇライシお兄ちゃん一緒に謝ってよぉ!」

「なんで俺が謝るんだよ。謝りにいくのはお姉ちゃんとだ」

「そんな……ライシお兄様は、私を見捨てるのですか!?」

「こればっかりは庇い様もないし、今後のお前らのためだ。甘やかさない方がいいだろうからな」

「うわぁぁぁぁん! お願いだからライシお兄ちゃん助けてよ~!」



 無情にも去っていくライシの背中にエルトルージェはアリッサと共に、ひしっとしがみついた。

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