第21話:それは運命かあるいは神の悪戯か
おろおろと見るからに動揺しているが、やがて騎士は槍を再び構え直した。
まさか、
「……最後のもう一度だけ言います。今逃げるんだったら、俺はアンタを追うことは絶対にしません。無駄に命を落とす必要はないんじゃないですか?」
「……例えこの命が尽きようとも、某はアスタロッテを討伐すると誓ったのだ。ここで退くわけにはいかん!」
「……そうですか。じゃあ、仕方ないか」
「改めて名乗らせてもらおう! 某はフレデリカ! 貴様の命、ここでもらい受ける!」
稲妻のような鋭い刺突は大気を
あれほどの重鎧を纏いながらこうも鋭い刺突を出すとは少々意外であり、しかしライシの剣は的確にフレデリカの攻撃を捌いていく。けたたましい金打音と火花を幾度と散らして、不意にライシは背後に大きく飛んだ。
――なんだ、この感じ……。
――なんだかわからないけど、ものすごく嫌な予感がする!
フレデリカの上段の構えは片手によるもので、石突の辺りをぎゅうと強く握り締めると言う基本にまったく準じていないそれは正に異形の型と呼ぶに相応しい。
同様に石突も握るのに適した形とはお世辞にも言い難い。
しっかりと握れない以上、生ずる
「我が槍をここまで受けて立っていた者は貴様がはじめてだ」
「そりゃどうも。だけど俺を仕留め切れてないようじゃ、母さんには届かない」
「母さん……だと?」と、フレデリカ。
「あぁ、知らなくて当然だな。遅れたけど俺の名前はライシ、魔王アスタロッテの息子だ」
「な、なんだと!?」
と、激しく動揺するフレデリカにライシは苦笑いを小さく浮かべた。
「ま、まさか子供がいたとは……だ、だからと言ってこのフレデリカ一切容赦しない! 今よりは放つ一撃は某の最大の攻撃であると知れ」
「……ッ」
どんという力強い足音に呆気に取られる間もなく、刺突ではなくて振り下ろしによる一撃にライシは咄嗟に剣で防いだ。厳密に言うなればフレデリカの槍があまりにも
みしり、みしり、と全身の骨が軋み上げやがて痛みに変わりライシの表情を歪める。
「ぐっ……!」
「このまま、押し潰れるがいい!! ――これが某の“
一際大きな力がぐんと剣に重く伸し掛かった、とライシが認識した時にはその身体は地面に叩きつけられていた。
地面が爆ぜるほどの衝撃をその五体にも当然受けたライシだったが、得物の質が同等であったからこそまだ生きている。もしナマクラであったなら刀身ごと今頃身体は真っ二つに両断されていた。
身体は、痛いけれども十分に動くことは可能。
出血量もそこまで多くはない、がこれ以上の負傷は不利になるだけ。
――次喰らったらさすがにまずいな……。
――それじゃあ、こっちも本気を出すとするか……。
「き、貴様今の一撃を受けてまだ立ち上がれると言うのか? 数多くの悪魔を屠った某の一撃を……!」
「……いやいや、かなり効いたよ。
ライシは剣を鞘に納める。
降伏のつもりか、とそう捉われても致し方なし。敵を前にして武器を収めると言えばそれぐらいしか思いつかないだろうし、しかしライシの場合は降伏という意味合いではない。
抜刀術――アモンさえも驚愕に至らせた技に、知る由もないフレデリカは怪訝な態度を示しながらもさっきと同じ構えを取った。
「先に言っておく――この一撃でお前は死ぬ」
「ならば某も宣言しよう――次なる雷で貴様は跡形もなく滅びる」
しばしの静寂が流れて、重軽と左右異なる足音が同時に破った。
まったく同じタイミングで敵手へと肉薄せんとする二人が、先の先を取ったのはやはりフレデリカで剣よりもずっと射程距離が長い槍が今一度、次はその頭ごとを斬ると無慈悲な凶刃を前にライシは限界までカッと目を見開いた。
絶対に目は閉じない、一瞬でも敵手を視界から外せば敗北は必須。さっきみたいに防いだとしても、恐らく身体が持ちそうにないことは自身の身体だからライシが一番よく理解している。
次で終わらせる! 稲妻よりもより迅速に、神速をもって鞘からライシは一気に抜き放った。
刃、一閃。真っ向から稲妻を弾き飛ばした一撃にフレデリカの顔に驚愕の
全身全霊の一撃は惜しくも本体まで届くに至らず、兜を両断するだけに留まった。
「なっ……!」
――俺と……同じ顔!?
別段かっこいいとも思わないし、醜悪とはあまり思いたくないがアリッサ達がかっこいいと言ってくれるから多少自分の顔が好きになった。
身嗜みの時に毎日目にしているからこそ、自分とまったく瓜二つの顔をした人間が存在したと言う事実に、ライシは困惑した。
「そ、某とまったく同じ顔だと……!?」
と、フレデリカも同様に酷く狼狽した様子でライシをジッと凝視ている。
世の中には同じ顔をした人間が何人かいるらしい、どこかで耳にした情報だがそんな馬鹿なことがあるはずがないと大してライシも気にしなかったから、いざ実際に直面したことによって生じた衝撃は凄まじく大きかった。
ライシもフレデリカも、この事態にどうすればよいか困惑していた。
「……えっと」と、ライシ。
「ぬ、ぬぅ……」と、フレデリカ。
双方共にこの事態にどうしたらよいものか思考が処理しきれず、時間だけがいたずらにどんどんすぎる中で終わりは突然やってきた。城の方、なんだかとても騒がしい。
そろそろ潮時みたいだな。ライシは太刀を鞘に納めると踵をくるりと返した。
「そろそろ逃げた方がいいぞ。どうやら城の方でも俺達のやり取りが気付かれたらしい」
「そ、某を見逃すと言うのか?」
「そうだ。ここは俺が何とかして時間を稼いでおいてやる、だから死にたくなかったらさっさと逃げろ」
「――、何故だ? 何故某にそこまで気を遣う?」
フレデリカの質問については、まったくもってごもっともだ。
悪魔が人間をこうも庇うなど天変地異が起きても恐らく一生ありえない。
フレデリカは立派な侵入者であるし、それならば仲間と共にここで討ち取ることこそ悪魔として正しい判断なのだが、生かすことこそ正しい選択であるという根拠なき自信がライシにはあった。
何故そのような思考へと至ったかは当の本人ですら理解していなくて、でもきっと正しい。なんとなくというなんとも曖昧な理由ながらもライシはそう信じて疑おうとしなかった。
「……礼を言うつもりはないぞ」
「いらないって。いいから、死にたくないのならさっさと行けよ」
「……また日を改めて。その時は必ず貴様もアスタロッテも倒す。そのことを忘れるな!」
「…………」
とりあえず脅威は去ったか。そう思うライシだったが、しかしその顔は依然げんなりとしたままで、彼の前には城から慌ただしい様子で飛び出した面々がライシの方へと駆け寄ってくる。
この状態はさすがに誤魔化せそうにない。案の定傷だらけの姿を目にした途端家族の激しい狼狽っぷりにはライシも苦笑いで迎え、半径500m内を浄土と化すと本気で宣った時のアスタロッテにはさすがに恐怖を憶えたのですぐさまライシは説得に入った。
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