第20話:一難去ってまた一難

 ――数は、五人か……前の時よりも多いな。


 快晴の下、微風が吹き抜ける穏やかとは裏腹にその者達が纏う殺気は凄まじい。

 どうやらかなりの手練れみたいらしい。

 素人ならば殺気と交渉術だけでどうにかできたが、今回ばかりはそうもいかないらしいと判断してからのライシの行動は迅速だった。

 とりあえず敵手の目的は確認するまでもなく、アスタロッテの首級一つのみ。

 もっと外にも防衛システムを導入した方がいいのかもしれない。

 そんな改善策を脳裏の隅に、ライシは冒険者らと対峙した。



「はいそこまで。それ以上踏み込んだら死にますよ?」

「な、なんだお前は!」「アスタロッテに従う悪魔か!?」

「まぁまぁ」



 と、あくまで低姿勢を見せるライシに冒険者らの反応は困惑気味だった。


 ――一応、心は人間のままだからな、俺も。


 ライシはもうアモンの血を長年摂取していないのは、肉体が既に人間としての域を逸脱したからに他ならない。半人半魔……魔人のライシだが、しかし魂は人間のまま。戦いをあまり好まないライシだからこそ、冒険者には警告を必ず発する。

 これで彼らが素直に退いてくれるのならば言うことなし。

 両者共に不必要な血を流さないに越したことはないのだから。



「とりあえず、これ以上踏み込むことはあまりオススメしません。今すぐ来た道を戻られるのなら俺も追いませんので」

「なんだと? 貴様一人だけで十分とでも言うのか?」

「いや、そうじゃなくてだな……。実は今、この城には特別ゲストが来てるんですよ」

「特別ゲスト?」と、メガネが似合う女魔術師。



 ツヴァルネア城の主は魔王アスタロッテである。その認識は間違いではないのだが、彼らは不幸にも攻めるタイミングがあまりにも悪いと、さしものライシも同情せざるを得ない。もし、自分が冒険者であれば次に発する言葉に大人しく従うように、彼らもそうであってほしいと心より祈った。



「今ここにはアスタロッテの盟友、ファフニアルも来てるんです。これがどういうことか、さすがに理解できますよね?」



 冒険者らの顔色が一瞬にして強張った。

 当然だろう。魔王一人でも脅威だと言うのに、それが二人も同じ場所にいるのだ。

 如何に強大な力を有していても、魔王二人を同時に相手にするリスクがどれほど高いかは容易に想像できるし、死亡するリスクが高いとわかった冒険者らの間で意見がきれいに二つに分かれたのをライシは見逃さない。



「お、おいどうする!?」「ど、どうするって言ったって……」

「話が違うじゃないですか! 魔王が二人もいるなんてこっちは聞いてないですよ!」

「私だって聞いてないわよ!」



 ――どうやら即興のパーティーって感じらしいな。


 すぐに言い争いへと発展する辺り彼らの中に連帯感や仲間意識はさほどない。

 これはチャンスだ。ライシは咳払いをして自身に再び注意を向けさせた。



「言い争うなら他所でやってもらえませんかね? どっちにしろここまで来たのならアンタ達に与えられた選択肢は二つ――ここで回れ右をして帰るか、それともここで無様に死ぬか。今アスタロッテとファフニアルの目はここにはないけど、もしここでドンパチ始めたらすぐに気付く。そうなった時アンタ達は果たして生きていられるかな?」



 と、わざとらしくにしゃりと不敵に笑うライシに、恐らくはこの即興パーティーのリーダーなのだろう。逆立つオレンジ色の髪が特徴的な屈強な男が様子をうかがいながら口を切った。



「……もし、ここで我々が撤退すれば見逃してくれるのか?」

「もちろん」と、ライシ。



 無益な殺生はやっぱり性に合わない。

 ここで退くのであれば追う理由もなくなる。お互いにとってこれほどいい選択肢はなく、交渉が成立するとライシもホッと安堵の息をもらしたのも、束の間。



「皆何を恐れている!」



 雄々しく覇気のある声を響かせて、颯爽と前に躍り出た騎士をライシは訝し気に見やった。


 ――誰だこいつは……?


 頭から爪先まで、重量感溢れる甲冑で身を包んだ騎士の登場に、ふと他のメンバーがそろりそろりと後退していく姿がライシの目に映った。どうやらこの騎士を囮にして自分達は逃げようと言う算段のようで、当然ながらライシと対峙する騎士はまったく気付く様子がない。


 教えてやった方がいいのか? そう思うライシだったが騎士が先に右手にした一条の槍をぶんと振るって高らかに名乗りをあげた。



「我が名はフレデリカ! 魔王アスタロッテを討つべく此度の討伐に加入した! さぁ皆の者、今こそ共に力を合わせて目の前の障害を打ち砕く時!」

「あ~もしもし?」

「我が愛槍のフリュンゲルグ、この穂先に狙われて生還した者は一人として存在しない。覚悟しろ魔王の手先め!」

「人の話をまず聞いてもらえます?」



 と、いくらライシが呼び掛けても騎士はすっかり自分の世界に入り込み全然聞く耳を貸す様子がない。十文字槍の穂先がぎらりと怪しく輝き、これにはもうやる以外に道はないとしてライシも剣を構えた。

 しんと静寂が流れ、しばらくして――



「……? 皆どうしたのだ? 先程から黙っているが……まさかここまで来て怖気付いた訳ではあるまいな!」



 ――こいつ、まだ気付いてないのか?


 どうやら騎士はまだ後ろに仲間がいると思ってるらしい。



「あの、大変申し上げにくいんですけど……もうお仲間いないですよ?」

「何を馬鹿なことを……そんな見え透いた嘘でこのフレデリカが騙せると思っているのか!?」

「いや本当なんですけど……じゃあ俺は後ろを向きます。その間に確認してみてください」

「き、貴様正気なのか!? か、仮にも某は貴様にとっては敵なのだぞ!?」

「でもこうでもしないと確認しないでしょ……」



 本来ならこんなことをする義理はないのだが、騎士があまりにも不憫だったからくるりと踵を返すライシの背後にて「そんな馬鹿な!」と悲痛な騎士の叫びには、つい苦笑いを浮かべてしまう。ようやく現実を直視したようなので、ライシは再び騎士と対峙した。

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