第22話:妹達に春が来た……のか?

 平穏な日々は果たしてどこへと行ってしまったのだろう。

 ここ最近の思考がなんだかそればかりであると気付いたライシは、今日もいつになく騒々しい城内の様子に小首をはてとひねった。


 またファフニアルとシルヴィがくるのか? それならば忙しくするも彼らの表情かおが険しさを帯びるのには違和感がある。まるで大きな戦でも始まるかのような印象を感じたライシは、どたばたとやってきたアモンがなんだか不安げな面持ちであることに小首を再びひねった。

 いつも厳格な態度で堂々とするアモンがこんな顔をするなんて、かなり珍しいことに部類される。



「アモンどうかしたんですか? なんだか落ち着きがないようですけど」

「逆に聞くが貴様は何故そうも落ち着いていられるのだ?」



 と、訝し気に見やるアモンに、だがライシはなんのことだかさっぱりわからないので眉間にシワをきゅっと寄せた。



「――――」



 とてつもなく嫌な予感がする。

 具体的な内容を聞くのが少々戸惑うが、遅かれ早かれ知ることにはなるだろうし、なんならさっさと聞いといた方が対処もしやすい。



「とりあえず、何が起きてるのか話してもらってもいいですか?」

「……今日こんな書状がいくつも届いていた」



 そう言ってアモンが出したのはいくつもの書状だった。

 書状には語彙力が高いものからそうでないものまで。

 たった一言だけという個性的なものまであるが、唯一の共通点は“アスタロッテの娘に求婚する・・・・・・・・・・・・・”という内容に、これにはさしものライシも「はい?」と素っ頓狂な声をもらしてしまうのも、まぁ無理はないと言えよう。



「……これ、マジですか?」

「マジもマジだ。偵察兼案内隊が確認しにいったところ、既にこの書状の送り主がツヴァルネア城へと向けて進行中との連絡が先程入った。今日の正午ぐらいには到着するだろう」

「なるほど。それでこんなに城の中が慌ただしいんですね……しっかし、まぁ――」



 アリッサ達に結婚が申し込まれる? 仮にも兄でありずっと彼女らの成長を誰よりもずっと間近で見守ってきたライシにとってこの報告は願ってもない朗報だった。


 ――あれ? これってひょっとしてチャンスなのでは?

 ――とうとう兄離れさせるチャンスなんじゃあないか!?


 アリッサ達が強烈かつ異様なブラコンなのは今に始まった話ではなく、しかしいつまでもずっというわけにもいかない理由がライシにはある。これはまたとないチャンスだ、同時にこれまで散々面倒を見た兄としてほんの少し寂しい気持ちも否めないが、健全な兄妹としての関係を築くことこそライシが望む展開である。


 アリッサ達もある種の被害者とも言えなくはない。

 強烈すぎる過保護のアスタロッテによって外の世界を満足に知らぬまま、アリッサ達は成長をしてしまった。彼女らの身近な男性といえばアモンら家臣達のようなもので、その中でもより密接にある兄に恋慕を抱くのも致し方ないのやもしれぬ。


 もっともライシの場合は過去の出来事が最大の原因で、いずれも契約期間を満了すれば旅に出る・・・・つもりのライシはとにもかくにもこのチャンスを逃すまいと一人意気込んだ。



「……随分と嬉しそうだな」



 と、訝しむアモンにライシは小さく微笑みを返した。



「そりゃもちろん嬉しいですよ。なんて言ったってアリッサ達の未来の旦那様が見つかるかもしれないんですから」

「……貴様、それは本気で言っているのか?」

「そうですけど?」と、ライシ。



 本気だからこそ純粋に嬉しく思っているわけであるし、本気で応援したいと思うライシにアモンは未だ呆れた表情かおを示すばかり。あたかも今回の縁談は破局するとでもそんな風に言いたげだ。



「……アリッサ様達は貴様にぞっこんなのは誰の目から見てもそう映っている。実際にアリッサ様達に小僧に対する愛情は、まぁなんというかかなり歪んではいるものの嘘偽りのない純粋なものだぞ」

「それは俺だってわかってますよ」

「ならばこの縁談、貴様は本当に成功すると思うか?」

「それは、やってみないとわからないじゃないですか。実際に会ってみたら案外すんなりとうまくいくかもしれないですよ」

「絶対にないな」「絶対にないと私も思いますよライシ様」「右に同じく」「異議なし」



 いつの間にかアモン以外の悪魔達もうんうんと激しく首肯した。

 どうやら自分だけしか成功すると思っていなかったらしい。



「……そんなの、やってみるまでわからないじゃないですか」



 自分しか賛成派がいなかった事実にライシの口調にも不服さが宿り、とにもかくにもこうしている場合じゃないとライシは急ぎその場を後にした。

 兄としてせめて、かわいい妹達が幸せに暮らしていけるよう最大限のサポートをするべくライシも独自の準備を始める。

 将来の伴侶となるからには家族になるということ、共にするのであれば当然それ相応の人格者でなければさしものライシも認めるつもりは毛頭ない。



「さすがに、適当な輩にかわいい妹達はやれないしな」



 そんな奴がきたら俺が真っ先にぶっ飛ばしてやる! 厳選な精査が必要なのは間違いなく、よって前世の記憶を頼りにライシが準備に勤しんでいるところ、とことことやってきたアリッサ達の顔は明らかに穏やかじゃない。


 不機嫌さはもちろん、彼女ら五人の表情かおは憤怒の感情いろがこれでもかと色濃く浮かぶものだから、ついついライシも「うおっ!」と狼狽して道具を落としてしまった。



「ライシお兄様……」

「ど、どうしたんだ? えらく顔が怖いぞ……」

「どうしたもこうしたもないよ! だってボク達と結婚したいって言うヒトがくるんだよ!? こんなの落ち着いてられないよ!」



 と、エルトルージェに賛同する声が全員からあがった。

 案の定アリッサ達は今回のお見合いにえらく否定的で、しかしライシは妹達のためを思って説得に入る。

 むろんここで言葉を誤ろうものなら、対面さえも困難になりかねない。そういう意味では母はどういう心境なのだろうと、ライシはそんなことをふと思った。


 ――よく母さんも賛成したな……。



「まぁまぁ、お前らの言い分はよくわかる。いきなり見知らぬ男がやってきて結婚しろって言うんだからな」

「それじゃあ今からエスメラルダ達と一緒にお母様を説得してくださいよライシ兄上様ぁ……」

「あぁ、それなんだけど……母さんは因みにこの件についてはどういう考えなんだ?」

「……それがお母様はあろうことか今回のことに賛成したんです。これもいい機会だからって」

「……それ言ったの、本当に母さんか?」



 いくらなんでも信じられない、だってあの母さんだぞ? 子供達に過剰すぎるほど過保護だったアスタロッテが賛成したと言う事実を改めて前にしたライシは小首をひねった。

 何か意図がある、そうとしか思えないがいずれにせよ計画を破棄する気は毛頭ない。



「まぁ、これもいい機会じゃないか? 何事も経験しておいて損はないと思うぞ」

「ですが! 我々にはライシお兄様がいます! お兄様以外の男と結婚するなんてありえません!」

「いや、俺達は結婚しないぞ?」

「は?」「なんでですかぁ?」「どうして?」「なんでだよ」「クーは結婚するもん!」

「え~……めちゃくちゃ食いついてくるなお前ら」



 小さい頃ならばいざ知らず、大きくなっても幼少期のまま同じ夢をこうも愚直に守る妹達に、やはり一筋縄ではいかないかとライシはつくづく思い知らされた。

 いつかは現実を直面して正常な思考を持つだろうと言う期待はとうの昔に捨てたはずなのに、それでもいつかはと心の奥底にくすぶらせた微かな希望ももはや潰えた。

 気乗りはあまりしないけど、将来のためにやるしかない。ライシは咳払いを一つして――



「兄妹での結婚はできないんだぞ?」



 と、至極当たり前すぎる現実を告げた。



「ちょっと何を言っているかわかりませんね」

「なんでだよ」



 実に都合のいい耳にライシは深い溜息を吐いた。



「……どっちにせよ、母さんが了承した以上はお前らも従うしかないだろう。別に今日中に結婚相手を見つけろって言ってるわけじゃないんだ。とりあえず顔合わせだけでもしておけば母さんの面目も立つ」

「それは……そうかもしれませんけど」

「まぁとりあえず俺に任せておけ。どれぐらいの人がくるかは知らないけど、ある程度は俺がしっかりと厳選しないとな」



 机と椅子を設けたライシは、まだ不満そうにするアリッサに口元をそっと緩めた。

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