第23話:ただいまより面接を開始します

 そうこうしている内に時間はとうとう正午となり、いつもなら人の出入りが極端に少なくしんとしている一階エントランスホールはこの日、かつてないほどの賑わいを見せた。左右どちらを向いてもおどろおどろしい異形……悪魔達が視界に映るばかりで、彼らを精査するライシの顔付もいつになく真剣みを帯びた。


 この中にもしかすると将来妹達の伴侶となる悪魔がいるかもしれない。

 そう思えば自然と気合が入るのは必然で、先程から隣で怪訝な眼差しをジッと向けるアモンは明らかに何か言いた気だ。


 ――だって、俺一人だと怖いし……。

 ――アモンがいてくれるなら問題が起きても大丈夫だろ。


 高い知能と人語を理解するとは言っても、全員が大人しくコミュニケーションが図れるかと問われたらそうでもない。悪魔なんてものは基本唯我独尊な性格ばかりで、ライシの目に叶わず退室を命じられた悪魔は案の定納得がいかないと激しく抗議した。



「おかしいだろ! どうして俺様が不合格なんだよ!」

「ではもう一度聞きますが趣味は?」

「そんなもん人間虐殺しかねぇだろ」

「……家事はできますか?」

「あ? そんなのやる必要ないだろ。他の奴らにやらせりゃいいんだよ」

「……最後に。もしあなたの妻が病で床に伏せてしまいました。その時あなたならどうしますか?」

「そんなのほっときゃ勝手に治るだろ」

「話になりませんね文句なしで不合格です回れ右してお帰りください」

「ふざけんなよテメェ! だいたいなんの権限があってテメェがそんなこと――」

「お前が結婚したいと思う相手の兄ですけど何か?」

「あ、兄……?」



 と、ここようやく悪魔も失態を犯したことに気付いたらしいがもう遅い。

 にっこりと笑って対応するライシだったが、何故この悪魔は顔を青ざめてでかい図体をガタガタと震わせているのかがまったくわからない。

 その感情は紛れもなく恐怖であり、純粋な悪魔をも恐怖させるほどの貫禄が身に着いたのかと隣に視線で問えば深い溜息が返されて、どうやら違うらしくならば何故とライシは小首をひねる。



「あ、あれが噂の魔王アスタロッテの息子か……」

「……ん?」



 不意に、悪魔達の会話が耳に入った。



「噂によると齢5歳の時には既に1000人も人間を殺ったって話らしいぞ」

「俺は腰の剣を抜いた瞬間、100人の首が一斉に飛ばすほどの達人って聞いたことがある」

「一見すると人間と大差ない姿だが、真の姿は山のように大きく吐息は猛毒であらよる生命を一瞬で死滅させるとも――」



 いやなんだよその噂!? まったく身に憶えもなければ誇張しすぎた噂話にライシも酷く困惑した。

「――、と、とにかくあなたが不合格であるという事実は覆せませんし、その理由につきましては私共からお答えすることはできません。また来年、何がいけなかったのかよく吟味して出直してきてください」



 こいつはすべてにおいてだめだな。醜悪な容姿もむろん理由の一つではあったが、如何せん品性があまりにもなさすぎる。身嗜みから振る舞いまで何もかもが粗暴であるし、それ以前の問題としてアリッサに彼が抹殺されかねないと危惧したライシなりの配慮でもあった。



「次の方どうぞ――」



 面接についてはアスタロッテからも多大な支持を受けた。

 もっとも、当人らについては当然ながら支持率は極めて低い。どうせだったら全員不合格にしてほしいという声まであがったぐらいだが、それでも一応ライシの面接を通った悪魔は数名いるので先程から無言の圧力がずっと背中にずしりと重く伸し掛かっていた。


 ――相当恨まれてるなこれは……。

 ――でも、これもみんなお前らのためなんだ。


 アリッサ達もいつかきっと理解してくれるに違いない、多分。

 根拠なき自信を胸に一人、また一人と面接をしては落としていくライシだったが、不意にアモンから愚痴が飛んだ。



「やれやれ。突然手伝ってほしいと言うから何事かと思えば、まさかこんなことに付き合わされることになるとはな……」

「それについては、なんかすいません。だけどこうした方がアリッサ達も気軽に接することができるんじゃないかなって思ってですね……」

「その結果、呪い殺せそうなほどの鋭く重苦しい視線を浴びているのだろう?」



 と、ちらりと横目にしたアモンも思わず顔を青ざめるほどで、その視線を一身に浴びるライシが感じる重圧感プレッシャーは半端ではない。もし常人だったならば今頃は卒倒してそのまま帰らぬ人になった、なんて可能性も十分にあっただろう。


 ――でも、ここで投げるわけにもいかないしなぁ。

 ――だって俺はあいつらのお兄ちゃんだからな……。


 深呼吸を一つして、ライシはふっと笑みをアモンに返した。



「――、俺なら全然問題ないですよアモン。それに俺にはアモンがいますからね」

「結局我頼みか。他力本願にも程があるぞ小僧」と、アモン。

「でも、俺のこと守ってくれるんでしょ?」

「それは……確かにそうだが」

「というわけですから残り後少しですけど、俺のことよろしくお願いしますね?」

「……もう我に守られねばならぬほど貴様も弱くないだろう。あの頃に比べれば貴様は遥かに成長した方だ小僧。このアモンが心配をする必要もないぐらいにな……」

「…………」



 茶化しているわけでもなく、真剣そのものの発言にはライシも目を丸くした。

 あのアモンがこうも褒めるなんて珍しいなんてどころじゃない。過去から現在に至るまで、アモンはあまり他人を褒めたことがない。

 極めて稀に称賛された家臣を目にしたことがあるライシだが、修練で褒められたかといざかえりみればまったくないことにようやく気付いた。



「……明日は槍が雨代わりに降ったりするかも」

「何故そうなる」

「いや、だって……突然どうしたんですかアモン。俺のことを褒めるなんて珍しいですね」

「我は素直に思ったことを述べただけにすぎん。それ以上もそれ以下もない」

「……そうですか」

「――、あの。さっきからずっと待ってるんですけどまだですか?」



 目の前の悪魔におずおずと言った様子で尋ねられて、ライシはハッとした。



「すいません、ちょっとぼんやりしてました! それでは引き続きまして面接の方を再開したいと思います」



 とりあえず、礼儀正しそうだから合格寄りにしておこう。残り少ない悪魔達の面接にライシは注力した。

 ざっと10人はいた悪魔もその数は今や四分の一以下にまで減少し、エントランスホールも少しばかりいつもの静けさが戻る。

 その中でライシは疲労から吐息をもらす傍らで、将来の義弟候補を改めて一瞥いちべつする。



「俺がアリッサの夫になるんだ」「オレはエルトルージェちゃんを狙うぞ」

「そ、某はその、ク、クルルたんを……!」「……貴様面接の時と随分と口調違わなくないか?」



 とりあえず面談をしてみていいと思った連中だが、問題はアリッサらの心にどう響くか否かで、ここで全員お目に叶わず終わってしまう可能性は極めて高いのでせいぜい頑張ってほしいとライシも強く願う。


 ――後は神頼みだな……魔人が神に頼むってのもおかしな話だけど。



「……とりあえず20人弱と言ったところか。しかし、本当にこの中かからアリッサ様達の伴侶が見つかるとは、やはりどう考えても思えんのだが……」

「……とりあえず、やるだけやってみましょうよ。何事も経験ですって」

「クルルたん……デュフフ、デュフフフ……」

「……アイツはやっぱり落選にした方がいいかも」

「異議なしだ」



 エントランスの奥、階段を通じてやってきたその人物の登場に誰しもが口を固く閉ざした。

 一瞬にしてしんと静まり返る中を悠々とした足取りながらも、形容しがたい威圧感を発する姿にはライシも思わず姿勢を正してしまうほどで、その後ろを歩く五人の妹らの姿につい見惚れてしまった。


 元の素材がいいのだから、着飾ってやればより彼女らの輝きは増すのは道理で、普段着とは異なるゴシック調が強いながらもどこか神聖さを感じさせるドレスを見事に着こなすアリッサ達の登場には、エントランスホールにいる誰しもが感嘆の声をもらす。



「ぼんやりと見惚れている場合か。さっさと我らも机や椅子を撤収するぞ」

「は、はい」



 ――あいつら、やっぱりきれいだなぁ……。


 ありえもしないifもしを想像してしまう。

 もし、出会う形が異なっていたらその時はやっぱり自分も求婚していたのだろうか。

 ありえなくは、ない。兄としてずっと見てきた自分でさえも、今やアリッサらの魅力に夢中になっている。邪念を振り払うように撤収作業に集中するライシは、次の瞬間先程までの冷静さはどこへやら一斉にわっとアピールを始めた。



「――、静粛に」



 それはまるで玲瓏れいろう、球を転がすような声がエントランスホールに静かに鳴った。

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