第24話:お見合いは赤色で飾られる

 さすがは魔王と言ったところだろう。

 アスタロッテの一言によって再び静寂が訪れたところで、



「ここにいる全員が、我が愛する息子が認めた男達……で間違いないな?」



 その口調は未だかつて聞いたことがないほど冷たく、重圧感あふれる声にはさしものライシも思わずアモンに耳打ちする。



「……なんか母さん、いつもと雰囲気違くないですか?」

「当たり前だろう。貴様や我らに見せるのは本当に心から気を許した相手のみだ。あの雰囲気こそ本来のアスタロッテ様であると言っても過言ではない」



 そう言えば一度だけ俺も見たな。あの時は瀕死の重体で意識も朦朧としていたからよく覚えてなかった。改めて魔王としての一面を目の当たりにして困惑しているのが自分だけであると知ったライシを他所に、高らかなその声は突如として静寂を切った。



「も、もちろんだ! お初お目にかかる魔王アスタロッテ様。私の名前は――」

「静粛に、と言ったはず……。今はこの私が話しているだろうに」

「も、申し訳ありませんでした……」

「――、さて。まずは遠路はるばるよくここに来たと言っておこう。ここにいる我が最愛の娘達の伴侶となる者がこの中にいるか否か……それを見極めるためにもお前達にはこれから試練をこなしてもらう」



 ――母さんも何か用意してたんだ……。


 とはいえ、肝心の内容についてはまったく知らないのでライシは静観していると、当事者の視線が急にこちらに向いた者だから思わずびくっと身体を震わせる。

 なんだか猛烈に嫌な予感がする。ライシが恐る恐る逃げようとするよりも先に、アスタロッテが言葉を紡いだ。



「そこにいるのは私の愛する息子ライシ。このアスタロッテの血を引く者にして、ツヴァルネア城の中で誰よりも強い悪魔だ。そのライシから見事勝利を収めることができた者から私からは認めよう」

「はぁ!?」と、ライシ。



 まさかかの提案にはさしものアモンも目を丸くしてて、当事者であるライシは早速襲い掛かった悪魔を剣で斬り捨てた。咄嗟のことだったから当然加減なんてできるはずもないし、何より悪魔も将来の義兄に対してまるで遠慮や躊躇がない。


 手加減なんてしたらこっちがやられる!? 殺意や敵意、下心とありとあらゆる感情を前にした悪魔にライシは剣を振るった。

 きれいに清掃が行き届いたエントランスホールはたちまち血と断末魔によって阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり、後方で「がんばってライシお兄様!」などとアリッサ達からの声援に応えるだけの余裕なんて微塵もないライシは、ひたすた剣を振るうことだけに全神経を集中させた。


 ――母さんはいったいどういうつもりでこんな……!


 わけもわからぬまま、とにもかくにも目の前の敵に集中する。

 幸いにもアモンと比較すれば彼らの実力は差して脅威ではなく、自分の力量がようやく悪魔と対等に渡り合えると実感したことでライシの剣は加速と重さを重ねていく。

 嵐のような剣戟の前には如何なる悪魔も無様にひれ伏し、ついには最後の一匹までも地に崩れた。



「はぁ……はぁ……」



 とりあえず、なんとかはなった。

 激しい戦闘の末、エントランスホールはものの見事に荒れ果てて、嵐がここにだけ発生したのかとそう問われてもなんら違和感のない現状を前にしてもアスタロッテの表情かおは、もうさっきまでの魔王としてのそれではない。

 いつも目にする母親としての穏やかで優しい顔をしたアスタロッテに、ライシはぜぇぜぇと激しき乱れた息を整えてようやく直接本人に問い質した。



「……母さん、これはいったいどういうつもりだ?」

「どういうつもりって、どういうこと?」



 と、言っている意味がまるでわからないとそう言いたげな挙措のアスタロッテにライシは感情を爆発させた。



「どうしてわざわざこんな無意味なことを俺にやらせたんだよって話だ!」

 育ての親に対してこうも強く反発したのは、多分これがはじめてことで、しかしエントランスホールの惨状を目の当たりにすればどうしてもライシは問わずにはいられなかった。



「そんなのとっても簡単なことよ」



 と、あっけらかんと答えるアスタロッテの口調はまるで悪びれた様子もなく、悪魔なのだからごく普通の反応と言えなくもないが納得はできない。



「アリッサちゃん達に悪い虫が寄ってこないように排除するためよ」

「何……?」

「アリッサちゃん達はとってもかわいいわ。だからこそ他の悪魔オトコ達がこぞって狙おうとするのは目に見えてる。これはそのための言わば掃除のようなものよ」

「なっ……!」



 最初から結婚なんてさせる気がなかったのか!? 愛する娘のためとは言ってもこうも簡単に命を奪うアスタロッテにライシは驚愕に目を開くしかなかった。

 誰の目から見てもアスタロッテの愛情は酷く歪だ。やはり過去の出来事トラウマが大きく関与している明白で、どうしようもないほどに歪んだ愛情をアスタロッテはアリッサ達へと振りまく。

 今回は母親の思いきりすぎた行動にはさしもの五姉妹も、その顔に動揺の感情いろを隠し切れていない様子だったが、



「大丈夫よアリッサ、それにみんなも」



 穏やかな口調は、荒れた心を一瞬にして落ち着かせてまるで魔性の言葉だ。

 どんなことが起ろうともすべてアスタロッテの言葉が正しい、そう安堵してしまった己に対してライシは恐怖を憶える。


 何が大丈夫なものか。目の前に広がる惨状にライシは歯をぎりっと食いしばった。



「アリッサちゃん達には誰よりも、この私よりもずっと幸せになってほしいってそういつも願ってる。だから駄目、こんな他所の悪魔おとこなんかじゃアリッサちゃん達はきっと幸せになれない」

「お母様……」

「でも安心して。ママが必ずアリッサちゃん達の結婚相手を見つけてあげるから」



 と、何故かこちらに視線を送るアスタロッテにライシはこの時、言い様のない悪寒に見舞われた。

 なんだかとてつもなく嫌な予感がする。

 その正体についてはまだ語ろうとしないらしく、優しさの中にどこか含みのある母の微笑みにライシは目線をそっと反らした。



「あ……」



 エントランスホールに平穏な場所などどこにもない。

 生存者はなし。奇跡的に生還者がいるかもしれない、などとい可能性が皆無であることは当事者が一番よくわかっていることだろう。首や心臓、果てには両断と等しく皆致命傷だ。


 不意にライシはハッとした顔で、はたと己を見やれば返り血をたっぷりと浴びてすっかり朱に染まっていたことにようやく気付いた。

 強烈な鉄の臭いがつんと鼻腔を突いて、すっと差し出されたタオルをライシはおずおずと受け取る。送り主の顔は、過去一番妖艶な笑みを浮かべていたとライシはそう思った。頬は色濃く赤らみ熱を帯びた視線に目線を外しつつ、ライシはその場を後にする。



「どこでいくのライシちゃん」

「自分の部屋に帰る。俺は今ものすごく気分が悪い」

「……そう。それじゃあゆっくり休んでねライシちゃん。今日はお疲れ様」

「……ッ」



 ――やっぱり、俺は所詮人間ってことか。

 ――合わなくて当然だわな。

 ――もし、俺が生まれた時から悪魔だったら、今頃は何も思わなかった……のかな。


 そんなことを思いながら、ライシは自室へと戻った。

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