第25話:静かなる決意
昼間の喧騒もすっかり収まって、しんと静寂に支配された中庭にライシは寄った。
人っ子一人気配はなく、だからこそ今のライシには都合がいい。
小さな溜息と共に漆黒の空にぽっかりと浮かぶ白い月をぼんやりと眺めているところに、新たにやってきたその来訪者は何も言わぬままどかりとライシの真横に腰を下ろした。
「こんな時間まで起きているとは感心せんぞ小僧。さっさと眠るがいい」
「アモン……そうしたいのは山々なんですけど、どうも寝付けそうにないものでしてね……」
「……今日の出来事だろう?」
「はい」
と、力なく笑うライシにアモンは無言で夜空を静かに見上げる。
「……正直、今日のことで如何に自分がみんなと違うんだってことを改めて思い知らされた。そんな気分です」
所詮は魔人……後天的に悪魔になったものと純粋な悪魔とは根本的に何もかもが違う。
そんなことは、実に今更過ぎる。わかりきっていたのにいざ直面した途端、覆しようのない現実がライシを叩きつける。
「……もうすぐ契約も終わっちゃいますね」
「……そうだな」と、アモン。
視線は相変わらず夜空を向いたままで、穏やかな口調にライシもふっと微笑む。
「……もしかして寂しいとか思ってます?」
「本気でそれを言っているのなら貴様を燃やし尽くしても構わんが?」
「すいませんでした」
ちょっとした冗談なのに!? 右手で蒼き炎をゆらゆらと揺らすアモンにライシは慌てて謝罪をして、
「それで小僧よ。貴様契約が切れたらどうするのだ? ここに残るのか?」
「え?」
と、ライシが素っ頓狂な声をもらしたのはアモンの言葉が意外なものだったから。
てっきりさっさと出て行けとそう言われるものとばかり思っていただけに、真逆のことを発言するアモンにライシははてと小首をひねる。
「そんなに難しい話ではない。貴様の存在はもはやこの城……もとい、アスタロッテ様とアリッサ様達にとってもはや欠かしてはならない歯車も同じ。もしここで欠けようものならすべてが狂ってしまうと言っても過言ではなかろう」
いやそんなまさか、とはライシも言えなかった。
あのブラコン気質を前にすれば否が応でも思い知らされるが、かと言っていつまでもこの環境に甘んじるつもりは今のライシにはもう微塵もない。
「――、契約が終了したら俺、この城から出ていきます」
それはずっと以前から、アスタロッテの息子のフリをして生きると決めたあの頃からずっと抱いた思いをライシは静かに、しかし強い意志を言霊に乗せて言った。
最初こそとにもかくにも自分が生きることがすべてだった。
生きて自由の身になる。その一心だけで必死に魔王の息子として演じてきた。
その考えをがらりと大きく一変させたのがアリッサ達妹の存在で、もし妹ができなかったから今頃何の感慨もないまま上辺だけの関係を築いていたのだろうか。そんなことをライシはふと思った。
アリッサ達が生まれてから、いつの間にか自分がこの娘達を守ってやらないといけないと思うようになったのは、恐らくこれが父性なのかもしれない。自分が純粋な悪魔だったならばきっと、とありもしない
「そうか……」
と、一言だけ。静かにそう呟いたアモンだが、心なしか快く送り出そうするようにライシは感じた。
「――、仮にここを出たとしていくあてはあるのか?」
「そんなものないですよ。とりあえずのんびりと旅をする予定です。でも、そうですね。強いて言うのなら――生まれ故郷に行ってみるのもいいかもしれませんね」
ほんのわずかな期間でこそあるがライシには確かに、本当の両親と過ごした時間がある。
自分を捨てた両親は今どこで何をしているんだろう? 恨みや憤りは少なくともなく、ただ詳細を知りたいという気持ちがライシの心中ではくすぶっていた。
「貴様の両親を探す旅……か」
「えぇ。どこにいるかはわからないし、そもそも今も生きてるかどうかすらわかりませんけどね……」
そう言ってライシは再び夜空を見上げた。
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