第34話:人生初にして最大級の家族喧嘩を

「アスタロッテ様……」

 と、アモンのこの介入はアスタロッテでさえも予期せぬ展開だったらしく。

 一瞬だけ驚愕の感情いろを顔に示すと、すぐに元の冷酷な魔王としての一面を取り戻す。


 対峙するアモンに対する視線は、なんて冷たく恐ろしいのだろう。今のアスタロッテならば、例え長年仕えた右腕であろうとも容易に殺してしまう。

 そんな最悪の結末が浮かび上がる中でアモンはと言うと、まるで動じなかった。

 不動たる姿はまるで大山の如く。雄々しく頼もしい後姿をジッと見つめるしかできないライシを他所に、アモンがついにくちばしを開いた。



「アスタロッテ様、我とこの小僧……ライシとの間にはある契約が結ばれております」

「契約? そんな話は一度も――」

「その契約は、ここにいるライシが成人するまでの間、このアモンがあらゆるものから守り抜く、とそういうものにございます」



 アスタロッテの言葉を遮ってまでそう言及したアモンに、まさか……ライシはハッとした顔で彼を見やった。



「アモン、まさか……!」

「従いまして、アスタロッテ様。その契約が生きている限り、このアモン。ライシを守らせていただきます」



 義理堅い言えば確かにそうであるし、アモンがどの悪魔よりも優れた人格者であるという事実を今一度再認識できたが、しかしそれは主人を裏切るということでしかない。

 自らの意志で裏切った者が如何様な結末を辿るかは、幼子でも容易に想像がつく。

 裏切りはどんな罪よりも重いもの。まだ敵として相対した方が、楽に死ねたかもしれない。



「……本気で、言っているの?」

「むろん、覚悟の上です――ライシ!」



 不意に名を呼ばれたライシは、びくりと大きく身体を打ち震わせた。



「ここは我が時間を稼ぐ! その間に貴様はできるだけ遠くへ逃げろ!」



 アモンが言い放ったのと、それはほぼ同時。凄まじい衝撃が修練場を荒らし、発生源である二人の拳は真正面から激突した状態を中空で維持している。



「この私に逆らおうと言うの、アモン!」

「アスタロッテ様……あなた様は我が命に代えても止めさせていただきます!」

「――、いいわ。こういうのもやっぱり家族には必要よね。それじゃあ今日は思いっきりやりあいましょう!」



 アスタロッテとアモン、両者の魔力チカラが再び激突した。

 その一撃で修練場は完全に崩壊。凄まじいエネルギーの奔流によってライシの身体も、部屋の外へと強制的に退室させられる。

 壁を突き破った時の鈍痛が背中に残るが、今のライシにそれを気にするだけの余裕はこれっぽっちもない。


 まさか、こんなことになるなんて……! 愚痴をいくら吐いたところで事態が進展するはずもなし。

 だからライシは既に行動に移していて、しかしその足取りはさっきからずっと城外を目指そうとしていない。

 城内を駆け回るライシには、やるべきことがまだあった。

 それを遂行するべく、ある場所をひたすら向かっている。



「お待ちになってくださいライシお兄様!」

「アリッサ?」



 と、妹の声にはたと振り返るや否や、ライシはたちまち顔を青くしてすぐに正面へと向き直した。



「どうして止まらないのですかライシお兄様!」

「お前、ふざけるな! そんな物騒な物持ち出しておいて素直に止まるか!」

「そんなことしませんよぉライシ兄上様ぁ!」

「そう言いつつ弓を射るな! どこがそんなことしないだよエスメラルダ。もうしてるんだよ!」

「えへへ~そうでしたぁ。でもでもぉ、こうした方がライシ兄上様はもうどこにも行かなくて済むからいいかなぁってぇ」

「次女の発言が怖すぎる!」 



――あいつら全員で俺を殺すつもり満々じゃねぇかよ!



 五姉妹の手には、各々が得意とする武器がしっかりと握られている。

 どれもこれも、殺傷を目的としているので威力も極めて高い。

 付け加えて制作者があのハルファスなのだから、見た目がどれだけ地味で普通でも質までは計り知れない。

 すべてが危険だと認識すればいいだけのことで、だったら猶更のこと捕まるのは非常によろしくない。


 なんとしてでも逃げ切ってやる! ライシは、すぐ後ろから迫る五人の追跡者との一向に距離が空かない事実に心中にて悲鳴を上げつつ、目的地へひたすら走り続ける。

 そしてようやく、目的地へと着くことができた。

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