第31話:試練終了!
生身の拳では鋼鉄の鎧を突破することは不可能で、逆に自身の拳を痛めるだけに終わるはずが、魔騎士を大きくのけぞらせた結果に殴った当の本人が目を丸くする始末である。
なんだ今の感触……殴った拳に残る違和感にライシは
剣術においては前世の記憶とアモンとの修練で磨きこそすれども、徒手空拳術においては修練はもちろんで、そもそもな話、純粋な悪魔でないライシの身体能力は素手で倒せるほど高くはない。
だから武器は必要不可欠であり、他にはないハンデをものともしない結果を招いた己が拳を、ライシは信じられずにいた。
――それだけじゃない。
――なんだろう……いつもより体が機敏というか、なんていうか。
――寧ろこっちの方が戦いやすい……?
体制を立て直した魔騎士が再び襲い掛かる。
ハッと我に返ったライシは、さっきまではギリギリ回避していたところをすべて寸分の狂いもなく正確に見切り嵐のような凶刃をひらり、ひらりと舞うが如く躱していく。
どうなってるんだ、俺は。まるで自分の身体のはずなのに、自分じゃないような錯覚に苛まれて、驚愕するライシの意志を他所にの肉体は無関係に敵手を倒すべく手足を動かす。
いける……内より炎のように熱く激しく燃ゆる闘気が、魔騎士に幾度となく
美しかった純銀の重鎧も、今やくっきりと拳の跡を残して見るも無残にボコボコに変形して、脅威でしかなかったはずの凶刃も最初の勢いはどこへやら。
目を瞑っていても避けられると豪語できるぐらい低速化した剣戟に、もうライシが臆することはなかった。
「これで、終わりだぁぁぁぁっ!」
ライシの体力はもう限界に近しく、もし万が一にでも魔騎士に立たれてはもはや後がない。
この攻撃ですべてを終わらせる! 右上段回し蹴りからの身体ごとくるりと回転させて、左胴回し回転蹴りによる二連撃の後、ライシはとうとう片膝を着いた。
全身が火で焙られたように熱く、呼吸することさえもままならない肺が息苦しさを憶える。
「はぁ……はぁ……」
――どうかお願いだから、起きないでくれ……。
――こっちはもうヘトヘトなんだからよ……。
全身が鉛のように重く感じる中、心から切に祈るライシの目の前では地に伏した魔騎士の姿があった。
起き上がる兆しは今のところはないらしくて、とりあえずほっと安堵する中で兜の隙間より聞こえたくぐもったその声に、ライシははたと魔騎士を見据える。
そんな、まさか……疲労困憊で休息を取るよう脳からの命令を無視して、ライシは恐る恐る魔騎士の方へと歩み寄る。
だがラクダ同然にまで
「アモン……!」
「ぬぅ……まさか小僧、この我が貴様に敗れる時が来るとはなぁ」
「まさか……アリッサ達が言ってた最後の試練って、アモンだったのかよ!」
それだったらどうして俺は最初に気付けなかった? アモンの魔力ならもう十年以上も感知してきているし、間違える方がどうかしている。
得意とする蒼い炎を出さなかったとしても、根本的な部分はどんなに強大な悪魔でも隠すことはできない。
なら、今のアモンはどうか。
根本となる魔力そのものの質ががらりと変わるなんてことは、絶対にあり得ない。
ひょっとすると、とライシは身体をゆっくりと優しく起こす傍らでアモンをジッと見やる。
これは仮説の領域内の話でしかなく、だがなんとなくライシの中ではしっくりとくる考察だった。
「もしかして、アモンって……魔力の性質そのものを変化させられるんですか?」
「いや、我にそんな力はないが……」
「あ、そ、そうですか……」
――なんだよそれ……。
――馬鹿みたいに考察した俺、めっちゃ恥ずかしい奴じゃん!
――これはいくらなんでダサすぎるだろ、俺……。
羞恥心より顔をほんのりと赤くするライシを他所に、アモンはまだダメージが蓄積しているのだろう。
ヨロヨロと力ない動きで自らを覆う鎧にそっと触れた。
「この鎧は遥か昔にハルファスが我に送ってくれたものでな。アスタロッテ様を敵視する人間はむろん悪魔は昔から多く、その命を脅かそうとする存在を排除するのが主な役目だった」
「それはつまり、
「人間で言えばそうなるな。暗殺するのであれば当然、足がつかないようにする必要がある。そこでこの鎧をハルファスが我とアスタロッテ様のためにと作ってくれたのだ。纏ったものの魔力の性質を偽装し、更には身体能力を飛躍的に向上するだけでなく、上級魔法もある程度であれば無効化すると言う極めて優れた代物だぞ」
「えっ、なんですかそれ。ちょっとズルすぎやしないですかね?」
そんなすごい鎧があったなら誰だって強くなれる。
ことアモンに至っては魔王の右腕と言う肩書があって、実力も決してコネや誇張ではない。
本物の強者として存在していながら、何故今まで鎧をまとわなかったのかが、ライシはわからなかった。
「……この鎧は確かに優れている、がどんなに優れていようと道具に頼りっぱなしでいるようでは真に強くなどなれるはずもない。何よりも我は悪魔だ、余程の理由でもない限り使うなどあるはずもなかろう」
「じゃあ今回は俺の試練のためにわざと……?」
「そういうことだ。特に小僧、貴様の真の実力を図るためという意味合いも今回はある」
「俺の実力?」と、ライシ。
実力についてならば、修練の時に散々披露しているつもりでライシはいた。
満足にアモンから勝利を手にしたことは一度もなく、認めてほしいと言う思いから手加減をしたことはもちろんない。
いつも全力で挑んでいるから、アモンの言い分にはさしものライシも理解できず小首をはてとひねる他なかった。
「貴様は自覚がないのだろうが……我との修練の際、いつもどこか一線を引いていた。それは我に対する恩か、あるいは別の感情か。全力で挑んでいるようで一歩引いている。今回アスタロッテ様達から試練の妨害をするよう命じられた時、いい機会だと思った」
「アモン……」
「結果、我の予想通り……いや、予想以上の結果となったがな。まさか無手でここまで我が一方的にやられるとは思っていなかったぞ小僧」
にこりと、その笑みはとても小さく。しかし成長を喜んでくれているアモンに、ライシは照れ臭さから目線をそっと伏せた。
――あのアモンがようやく俺のことを認めてくれた……!
内心から湧き上がる喜びに打ち震えるライシは、もうあまり時間も残されていないとしてアモンに肩を貸しながらガチュア山を下りる。
この頃にはもうアモンも自力で立てる程に回復こそしたが、万全には程遠いし何よりもここは城外だ。
如何にアモンと言えども、疲弊している今冒険者達と出くわすことは喜ばしくない。
「……我を置いていけばいいものを」
「そんなこと、できるはずがないでしょ。いいから、このまま早く城まで戻りますよ」
「――、時に小僧よ」と、アモン。
「どうしたんですか? どこか痛みますか?」
「先程のあの動き……あの力はいったいなんだったのだ?」
「それは、その……」
アモンからの問い掛けに対してライシは口籠る。
その質問については寧ろライシの方が誰よりも答えを知りたいところで、改めてアモンとどのようにして戦ったのかもう一度脳裏に鮮明に当時の光景を蘇らせる。
鎧を大きく陥没させるだけの破壊力を生んだ肉体と、やったことのないはずが妙に馴染んだ徒手空拳術……これも前世に関与しているのかもしれない。
ふとそう思うライシだが、しかし該当する情報が一つも出てこないので更に謎が深まるばかりに終わってしまう。
――俺の前世は剣士、じゃなかったのか?
――もしかすると、俺でもまだ知らない記憶があるのかも……。
――……相変わらず、面倒な人間だなぁ俺って。
過去に意識を漂わせるライシ。その横でアモンがもそりと言葉を紡いだ。
「――、貴様があれほど徒手空拳術に優れていたのは驚きだが、しかしそれよりも更に驚いたのは貴様自信の
「俺自身の、
「そうだ。小僧、貴様は自覚がないのかしらないが。先のあの蒼白い稲妻には我ら悪魔がどの系統の
「神聖属性……!?」
まさか、俺に!? 神聖属性は人間のみが、また信仰が誰よりも強く熱い選ばれた者のみが使用することを許された
曰く、神聖属性は誰しもが羨む力であると同時に一種の価値観として高く、昨日まで貧民街暮らしを余儀なくされたものが大豪邸に住むことだって夢ではない。
悪魔を狩る力だから、神聖属性持ちはどんな役職よりもずっと優遇されるらしく、その逆に妬みの対象となるのもまぁ頷けよう。
神聖なる力は悪魔を退ける。故に古来より悪魔にとって神聖属性は天敵にして、如何なる強者でも容易に手を出すことさえ躊躇う。
問題は、どうしてその
「神聖属性は確か魔法とは異なる系統の力……生まれながらにして神からの慈愛を受けた、選ばれた者のみが行使することを許された力……それが、俺にだって?」
「我も信じ難いがな。さすがに……この力を実際に味わっては疑う余地もあるまい」
「そんな……」
なにかの冗談だろう。そんな馬鹿な話が、あるはずがない。ライシは自嘲気味に小さく笑う。
魔王の息子としてより完璧に偽装できるようにと幾度となく、
人間に非ず、されど魔でも非ず。中途半端な存在へと成り果てた自分が神聖属性を授かるなど、あっていいものではない。
――悪魔が忌み嫌う力を俺が持つことになるなんて……。
――人生っていうのは、本当に何が起きるかわからないもんだなぁ。
「神聖属性は遺伝や血筋は一切関係ないと聞く。どうやら小僧、貴様は選ばれた人間だったようだな」
「って言われましてもねぇ。選ばれたからって、別に悪魔を滅したいとか一切思わないんですけど……」
「……何はともあれ小僧、今日の試練は貴様の勝ちだ。正面から戦いを挑みこの様なのだ、素直に認めるしかあるまい」
「勝ち……ですか」
「どうした? 不満そうだな、小僧」
「まぁ、ちょっとだけ……」
と、ライシは小さく苦笑いを浮かべた。
傍から見ればあの戦い、確かにライシが勝ったと言って差支えはなかろう。
しかしライシ自身あの戦いでアモンが全力でなかったとそう不満を抱くのは、彼の代名詞とも言える蒼い炎を一度も行使してないから。
ガチュア山の頂と言う場所は、アモンにとって大いに不利な場所だった。アスタロッテが花を植えていなかったならば、今頃結果は逆だった可能性は大いにありえよう。
「――、小僧よ、憶えておけ。戦いに限らず世の中は不平等で成り立っている。地位、富、性別、種族……ありとあらゆる分野において真の平等などありえない。故に自身が持つ、与えられたものを最大限生かして勝たねばならない。今回、我にはそれができなかった……ただ、それだけのことよ」
「アモン……」
「……さて、ようやくこの試練もようやく終わりを迎えたようだな」
茜色だった空が徐々に漆黒に染まって星が見え始めた頃、遠くに見えるツヴァルネア城――その門前に集結する大勢のギャラリーにライシもふと頬を緩める。まだ距離は少しあると言うのに彼らの歓声は大変よく聞こえた。
たかがおつかいなのに……大袈裟すぎる気がしないでもないライシだったが、アモンとの死闘を演じた後ではその考えもすぐに消え失せて、照れ臭さを憶えながらも小さく手を振って彼らの歓声に応えてみせた。
一部だけが、その美しい顔に影を落とし不安の
この中で誰よりも失敗を望んでいるのだから、この反応も当然と言えば当然か。しかし本音を吐露すれば家臣達と同じように喜んでほしかったところで、家族の相変わらずな反応にライシは苦笑いを浮かべつつも、これ見よがしに右手でずっと大切に掴んでいたリエサークを高らかに掲げた。
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