第29話:大根役者達と演じる

 とりあえず最初の試練――と言えるものとはお世辞にも言えないけれど、とにもかくにも無事に突破したライシは先を急ぐ。

 時間にまだ余裕こそあるが、妨害があるとわかった現在いま悠長にしていられる時間はあまりない。



「……でも、こんなのが後どれぐらい続くんだ?」



 妨害行為自体については、ライシも特に異を唱えるつもりは更々ない。

 世の中は常に不公平で理不尽だらけで、本当の旅となるともっと過酷な試練が待ち構えていよう。


 今はそのための予行演習のようなもので、しかし張り合いがまったくなく三文芝居ばかりが続くとなるとさしものライシでも嫌気が差してしまう。


 どうせだったら、もっとやりがいのある試練にしてほしい。

 だからこそもし次があるとするならば、手応えのある試練をと望むライシの前に広大な平原が姿を見せた。

 目的のガチュア山までは、もうすぐ目と鼻の先にある。



「…………」



 平原とだけあって、建物はおろか岩や木などの遮蔽物の類は一切なし。

 いざ身を隠す場所がないのは欠点だが、逆に敵が潜んでいる可能性もぐんと低下する。


 しかしその心配もどうやら杞憂だったらしく、隠れもせず堂々とやってきては早速演技に入る新手にライシの顔には自然と苦笑いが浮かんだ。



「きゃああああ……誰か助けてぇぇぇぇぇぇ」

「げ、げっへっへ! もうどこにも逃げられないです……ぞお嬢ちゃん! さ、さぁさっさとこっちにきやがれ!」

「知れ者が! この私に触っていいのはライシお兄様だけですよ!」

「ちょ、ア、アリッサ様。そんなに大声出すとバレちゃいますから……」

「あっ……こほん。誰か助けてください~私はどこにでもいる至って普通の人間の娘です~」



 ――いやいやいやいや、いくらなんでも無理がありすぎやしないか!?


 自ら正体を明かした時点でもはや演技としては成り立たないのだが、それでも何事もなかったかのように振る舞う彼女らにある種尊敬の念を抱いたライシは、一先ず無視するべきか否か。目の前の状況に対し思考を巡らせた。


 本音を言うのなら、無視して進みたい。

 寧ろその方が断然いいに決まっている。

 しかし、アリッサを相手にそう簡単に事が進むかとなるとこれがまた難しい。

 物は試しとばかり横切ろうとするライシを、二人は丁寧にも立ち位置をすっと変えながら三文芝居を披露する始末で、否が応でも試練を受ける以外道はないと察したライシの口からは小さな溜息がもれた。



「あ~え~っと、その……ら、乱暴はよくないと思うぞ?」



 ――こいつらなら俺が出る幕なんてないけどな……。

 ――下手すりゃ俺なんかよりもずっと強いし……。



 アリッサを含む五姉妹の完全な実力と言うものは、同じ城に住んでいるライシでさえも未だ目にしたことがなく、未知数であるから侮りがたいがとりあえず今は味方であることがとても頼もしい。



「あぁ、そこの素敵な殿方! どうかお助けください!」

「あ、はい……」

「ななな、なんだてめぇはこの野郎~」



 演技するなら最後まできっちりしろよ……一刻も早くこの場から立ち去りたいとでも言わんばかりに、のろのろと繰り出されたパンチをライシは当然ひょいと軽やかに避けて軽く拳をとんと胸の辺りに当てた。

 むろん本気でないので本来ならば敵を打倒するなど到底不可能でも、演技だからそれも可能となる。



「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁ! や、やられたぁぁぁぁああああ!」

「まぁ、なんてお強いのでしょう……さすがライ……ンンッ!! です」

「…………」

「ぐっ……お、憶えてろよ~!」

「うわぁ……なんて典型的な負け犬の台詞」



 ぐだぐだとはしたものの、最後まで演じきった家臣の顔の安心感に思わず苦笑いを浮かべて、さてここに残る問題を如何にして処理したものやら。

 ライシは違う意味で頭を再び悩ませた。

 寧ろ今からが本番だと言っても差支えはあるまい。

 アリッサと言う最大の関門を前に、ライシは固唾を呑んで彼女の動向を見守った。



「危ないところを助けて下さり、どうもありがとうございます。私はこの近辺に住む村のものですが、薬草を取りに来ていたら先程の暴漢に襲われていまして……」

「は、はぁ……」



 ――それでいつものドレスじゃなくて、そんな質素な服装だったのか。


 蒼を主としたドレスが日常風景だったから、白の上衣と青のスカートというシンプルな出で立ちにライシは逆に新鮮さを憶えた。

 たまにはこのような服装を見るのもいい刺激となるし、アリッサを含む妹達は誰にでも自慢できるぐらい元の素材が極めていい。

 どんな衣装でも見事に着こなし、尚且つ美しさは失われないだろう。


 それに比べて俺は……自嘲気味に小さく笑ったライシに、アリッサが不思議そうに小首をひねった。



「どうかされましたか?」

「あぁ、いや。なんでもない。なんでもないよ、うん。ちょっと色々と考え事して、世の中って不公平だなぁってね」

「は、はぁ……。ま、まぁとりあえず私を助けてくださったので、是非ともそのお礼がしたいのです。よろしければ是非このまま私の家に来てくださいませんか? 本当にすぐ近くですので」

「いや別に……遠慮しておきます」

「まぁまぁ、そう仰らずに……!」

「いやだから結構だって……うわっ、力強っ!」



 ずるずるとガチュア山とはまったく正反対の方角へ引きずられて、このままではまずいとライシは咄嗟に言葉を紡ぐ。



「もし今ここで俺を見逃してくれたら、特別に二人っきりでデートする時間を設けようと思うんだけど――」

「もう仕方ないですねライシお兄様は」

「いや恐ろしいぐらい切り替え早いな!」



 呆れるほど現金なアリッサは、ものの数秒で手のひらを返した。

 もはや自らアリッサだと正体もバラして、しかしまったく気にする素振りを見せないことから、よっぽどデートが嬉しいのだろう。


 ライシからすればたかがデートにすぎず、アリッサにとっては妨害行為を放棄してまで重要な価値があるらしい。

 いずれにせよ拘束から逃れたライシに、もう隠す意味などないと理解してアリッサも妹として振る舞った。



「――、それにしてもさすがはライシお兄様です。よくこの私がアリッサだと見抜かれましたね」

「そりゃあな……」



 ――あれでわからない方がどうかしてるだろ。

 ――まぁ、服装に関しては新鮮な感じでよかったけど。



「でもまぁ、あれだ。普段と違って新鮮だったし、それに結構似合っててかわいいぞ」

「ほ、本当ですか!? 変装するためだけの衣装でしたけど、ライシお兄様がそう仰ってくださるのならこれからも色々と試してみるのもいいですね。例えば裸にエプロ――」

「じゃあ俺、そろそろ行くわ。約束はちゃんと守ってやるから安心しろアリッサ」



 それ以上先は何がなんでも言わせない。危険な言葉をあっけらかんと口走りそうになるアリッサを制して、ライシはガチュア山へと再び目指す。



「あ、ライシお兄様」と、アリッサ。

「なんだ?」

「私はこれで退きますが、試練はまだ終わっていません。それこそ最後の関門は今までにないぐらい高難易度と言っても過言ではないでしょう」

「へぇ……それは、挑みがいがありそうだな」

「ハッキリと申し上げておきます。私は……いえ私達全員はライシお兄様の旅に今も反対です。ですので私達も全力でライシお兄様の妨害をさせていただきます。どうかそのおつもりで」

「望むところだ。どんな試練だろうと最後に勝つのは、この俺だ」



 不敵な笑みを残してライシはアリッサと別れた。

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